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鬼指導、グランツ教官

「おわっ!!」


遥の身体が宙を舞った。

そのまま地面を二度、三度と転がり、ようやく勢いが止まる。


「……いってぇ」


「早く立て、赤城遥。そこで寝転がっていても成長しないぞ」


「鬼かよ……」


遥は顔を上げる。


一週間が経過した。


マッハ君から放たれる魔弾にも、最初の頃に比べれば随分と対応できるようになっていた。


しかし、それはあくまで一定の速度で飛んでくる魔弾の話。


現在、遥が相手をしているのはグランツ。


実際に魔力を纏わせた武器を振るう魔導士だった。


エドワードとの戦いを想定した、最終段階の実戦訓練。


「……も、もうちょっとだけ休ませて――」


「休憩は終わりだ」


「あーもう!」


グランツは冷静に構え直す。


「決闘まで残された時間は少ない。お前がエドワードの動きに対応できなければ、作戦そのものが成立しないんだ」


「分かってるけどさぁ……」


遥は立ち上がりながら、全身の痛みに顔をしかめた。


少し離れた場所では、エルミナもまた修行を続けていた。


「万物を噛み砕く……緋色の……牙……」


詠唱を続けようとする。


しかし、途中で言葉が途切れた。


「はぁ……はぁ……」


「ブレとるぞ」


後ろからババ様の声が飛ぶ。


「もっと早く、そして正確にマナへ命令するんじゃ」


「は、はい……!」


エルミナは荒い息を整え、再び詠唱を始める。


遥はその様子を眺めながら、ふと思った。


自分だけが苦戦しているわけではない。


エルミナもまた、決闘へ向けて必死に戦っている。


しばらくして、ようやく休憩の時間が訪れた。


遥はその場に座り込み、手渡された水を一気に飲み干す。


「……なぁ、エルミナ」


「なんですの?」


「詠唱、どうだ?」


「そちらこそ、グランツ先生の攻撃を……」


エルミナは遥の顔を見る。


頬は腫れ、額には絆創膏。


「……聞かなくても、その顔を見れば分かりますわね」


「あとひょっとだったんばよ!!」


「はいはい」


呆れたように返すエルミナ。


そのやり取りを見ていた遥は、ふと以前の話を思い出した。


「そういやさ。時間停止って、同時に使ったらどうなんの?」


「……え?」


エルミナが目を瞬かせる。


「だから、エルミナの親父とエルミナが同時に時間停止を使ったら、どうなんのかなって」


「そ、それは……」


エルミナは少し考えるように視線を落とした。


「破綻しますわ」


「破綻?」


「同じ命令を受けたマナ同士が、互いに干渉し合って相殺するんですの」


「相殺か……」


「えぇ」


エルミナは頷く。


「実際、兄と姉が魔導大会で戦った時にも、互いに固有魔法を使用することはなかったと聞いておりますわ」


「へぇ……」


遥は腕を組みながら考え込む。


「……つまり、時間停止同士なら相殺できるのか」


「そういうことですわ」


「でも――」


エルミナは少しだけ困ったように笑う。


「私にそれはできませんわよ?」


「あ、あぁ……だよな」


「……」


「……」


エルミナの眉がぴくりと動いた。


「だよな、ではありませんわ!!」


「イデデデデデ!!」


エルミナに頬を思い切り引っ張られる。


「お前ができないって言ったんだろが!」


「貴方に言われると腹が立ちますのよ、赤城遥!」


「理不尽すぎるわ!!」


エルミナに頬を引っ張られ続け、遥は必死にその手を剥がそうとする。


「いだ、いだだ……ちょっと、はな……せ!」


ようやくエルミナの手を外そうと、遥はその手へ自分の手を添えた。


その瞬間だった。


「きゃっ!」


エルミナが小さな声を上げる。


「何が『きゃっ』だよ。可愛い感じに言っても根っこは――」


「ボヘッ!!」


その小さな悲鳴をいじろうとした瞬間。

突然、遥の顔面へ魔弾が直撃した。


「何……すんだ樋川!」


遥は地面へ倒れ込みながら、魔弾の飛んできた方向へ叫ぶ。


そこにいた樋川は、マッハ君の前で小さく首を傾げていた。


「あっ、ごめん」


「なんか――イラっとしたから」


「なんじゃそりゃ!」


遥は思わず声を荒らげた。


「そんな曖昧な理由で攻撃してくんな!」


「……」


しかし樋川は何も答えなかった。


ただ、静かにマッハ君へ魔力を流し始める。


「……え?」


遥の背筋に嫌な予感が走った。


樋川が魔力を流し込むと、魔導具に刻まれた魔法陣が一斉に輝いた。


「ちょ、待て樋川――」


次の瞬間。


大量の魔弾が、遥目掛けて一斉に放たれた。


「うぎゃああああああ!!」


情けない悲鳴が、演習場いっぱいに響き渡る。


無数の光弾が遥の身体を次々と打ち抜き、やがて最後の一発が地面へ落ちた。


しばらくして。


「……」


そこには、仰向けに倒れた遥の姿があった。


頬を腫らし、髪を乱し、身体をピクピクと小刻みに震わせている。


もはや生きているのかすら怪しい。


そんな遥を見下ろしながら、グランツはいつもの調子で告げた。


「休憩は終わりだ」


「休めて……ません……」


地面に伏せたまま、遥が力なく答える。


しかし、グランツは一切動じない。


「どうした?赤城遥。そこで這いつくばっていても、時間は待ってはくれないぞ」


「こ、この鬼教師……」


遥は呻きながら身体を起こす。


痛む身体を引きずるように立ち上がると、恨めしそうにグランツを睨んだ。


「絶対、根に持つタイプだろ……」


「何か言ったか?」


「何でもありません!」


即座に視線を逸らし、遥は渋々構えを取った。


だが、その時。


ふと、頭の片隅に引っ掛かっていたことを思い出す。


「なぁ、先生」


「なんだ?」


「やっぱり先生がエルミナに魔力纏を教えた方がいいんじゃないか?」


「……なぜそう思う?」


遥は少し離れた場所にいるエルミナへ視線を向ける。


そこでは今も、ババ様の指導を受けながら詠唱の練習が続いていた。


「長文詠唱って、結局本人の才能とか、マナとの相性とかもあるんだろ?」


「ばぁちゃんでも、教えきれない部分があるんじゃないか?」


「学園長だ」


グランツは眼鏡を押し上げながら、小さく息を吐いた。


「……魔力纏も、そう簡単なものではない」


「アレの習得も、言うなれば本人の才能に依存する部分が大きい」


グランツは自分の手へ僅かな魔力を集める。


薄い光が指先を包み込んだかと思うと、それはすぐに消えた。


「未熟な者が扱えば、魔力を纏わせる前に――」


グランツが手を開く。


「拡散してしまう」


「……拡散?」


その言葉を聞いた瞬間、遥の動きが止まった。


何気なく聞いたはずの言葉だった。


それなのに。


なぜか、その一言だけが頭の中に引っ掛かった。


「それって……さ」


遥はゆっくりとグランツへ顔を向ける。


「わざと拡散させることは、できるのか?」


「何?」


グランツの眉が僅かに動いた。


遥は自分の考えを整理するように言葉を続ける。


「いや、その……武器に流して、意図的に魔力を拡散させるっていうか……」


「そういうことはできるのかなぁって」


「……無論可能だ」


グランツは即答した。


「そもそも、魔力を制御できていなければ勝手に拡散する」


「しかし、そんなことをして一体何の意味が――」


そこまで言ったところで、グランツの言葉が止まった。


遥が何かを考えている。


先ほどまで疲労で顔を歪めていた少年が、今は妙に真剣な目をしていた。


「ならさ」


遥はグランツを真っ直ぐ見つめる。


「こういうことも、できないかな?」


遥が口にした案を聞いた瞬間。


グランツの目が僅かに見開かれた。


そして、数秒。


考えを整理するように沈黙した後、眼鏡を押し上げる。


「……なるほど」


その声には、先ほどまでとは僅かに違う響きがあった。


「学園長の仰る通り、発想"だけ"は悪くないな」


「ってことは?」


遥の顔がぱっと明るくなる。


グランツはそんな遥を横目に見ながら、静かに背を向けた。


「私から学園長に伝えよう」


「固有魔法への対策になる可能性があるのなら、そちらを優先して検討する価値はある」


「よっしゃ!」


遥は思わず拳を握りしめた。


ようやく見つけた。


エドワードの時間停止に対抗できるかもしれない、ほんの僅かな糸口。


しかし――。


「とは言え、防御の修行は継続する」


「……え?」


嫌な予感がした。


「ペースを上げるぞ」


「うげぇ……」


遥の喜びは、ものの数秒で消え去った。

読んで頂きありがとうございました。

また呼んでもらえると嬉しいです。

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