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力の代償と制約と

「……なるほどの」


遥の話を最後まで聞き終えたババ様は、静かに目を閉じた。


「よく詠唱も武器もなく、フォルガリオンを倒したものじゃな」


そして感嘆の声を漏らしながら目を開く。


「毎度、遥の発想には驚かされるのぉ」


「へへ、だろ? 俺と樋川ならどんな敵でもあの連携で――」


「しかしじゃ」


その言葉を遮るように、ババ様は静かに告げた。


「今後、その戦法を使うことは許さん」


「なっ、なんで!?」


勢いよく立ち上がった遥へ、ババ様は腫れ上がった右腕へ視線を落とした。


「そんな怪我をしても、まだ分からんのか?」


「……」


「萌花へ魔力を流すのと、相手へ向けて放つのとでは身体への負担がまるで違う」

「魔力を扱ってこなかったお主には、まだ魔力への耐性が備わっておらん。それも萌花ほどの魔力となれば……当然、体は悲鳴を上げる」


「で、でも――」


「遥よ……」


ババ様は首を横に振る。


「その怪我で済んだのは、不幸中の幸いじゃぞ」


その言葉を引き継ぐように、ウィンリーが静かに口を開いた。


「はい……最悪の場合は、肘から先が吹き飛んでいた可能性も……あります」


「マ、マジか……」


さすがの遥も、その一言に青ざめた。


その様子を見たウィンリーは、そっと遥の手を包み込んだ。


先ほどまでのおどおどした表情ではない。


医者として患者を見つめる、真っ直ぐで優しい眼差しだった。


「赤城君は……きっと優しい人なんですよね」


「え?」


「村を守りたくて……みんなを助けたくて……だから、魔物に立ち向かった」


遥は何も答えられなかった。


「私に治せる怪我なら、何度でも治します」


その声は穏やかだった。

けれど、その瞳だけは真剣だった。


「でも、自分を軽く見るような戦い方は駄目です」


「自己犠牲の戦い方は……先生、許しません」


そう言って、小さく小指を差し出す。


「だから、もっと自分を大切にしてください」


「先生との約束です――ね?」


「あ……はい」


差し出された小指に、自分の小指を絡める。


近くで見たウィンリーの優しい笑顔に、遥の胸はほんの少しだけ高鳴った。


(……なんか、大人って感じだな)


そんなことを思った、その瞬間――


「「デレデレすんな!!」」


「ぐはっ!」


左右から飛んできた二人同時の蹴りが、遥の背中へ炸裂した。


「で、では改めて治療を始めますね」


「はい……宜しく先生……」


背中を押さえながら遥はウィンリーに視線を送った。


「は、はい!その……任せてください」


そしてウィンリーは遥の右腕に向け、両手を突き出した。


「【水海月】(ミズクラゲ)」


その言葉と共に、ウィンリーの掌から青い魔法陣が浮かび上がる。


次の瞬間、一匹のクラゲがふわりと姿を現した。


空を泳ぐように漂うクラゲは、ウィンリーが人差し指をゆっくり動かすと、その動きに合わせて遥の腕の前まで近付いていく。


「うおっ!なんか来た!」


その光景を後ろで見ていたエルミナは僅かに目を見開く。


「詠唱なしで……」


驚く様に呟くエルミナに、ババ様は小さく告げた。


「ここからじゃよ」


その一言に続く様に、ウィンリーは静かに詠唱を始めた。


【――その痛みは人の為に】

【――その傷は勇気の証】


ウィンリーの詠唱と共に、クラゲは数本、大小の触手を伸ばし、遥の腕を包むように絡ませ始めた。


【どうか魔勇の戦士に、再び立ち上がる癒しを与えたまえ】


右手と右腕、それぞれに触手が完全に絡みついた時、クラゲは淡い光を宿した。


【アビサル・レストレーション】


呟くように唱えると、クラゲは呼応するように眩い光を放ち始める。


「眩し……」


唐突な光に、左手で目を隠した遥が次に見た光景は。


「おぉー!!おぉぉー!!!」


腫れはみるみる引き、歪んでいた腕はゆっくりと本来の形を取り戻していく。


光が収まった時、そこには何事もなかったかのような右腕があった。


「あの……その……治療は終わりです……お疲れ様でした」


先程までの勇ましい姿とは真反対の、元通りの言動をとっていたウィンリーの手を遥は握った。


「ありがとう先生!!」


「ひゃあっ!!?」


「スゲェーなコレ、あのクラゲなんなの?あの詠唱って先生が――」


思わず告げた感謝と感心の言動に、三度の強襲が遥を襲った。


「「ちかい!!」」


「ぎゃあー!!!」


学園長室に遥の悲鳴が響き渡る。


その様子を見ていたババ様は、小さく息をついた。


「まぁ、遥も魔法士になるのなら、新しい戦法を考える事じゃな」


そのままチラッと樋川の方へババ様は視線を送った。


「もちろん、萌花も一緒にじゃ」


「は、はい……」


「りょーかい」


二人の返事に満足そうに頷いたババ様は、小さく手を叩いた。


「さて、この話はここまでにして、報酬の支給じゃな」


ババ様は机の引き出しから革袋を三つ取り出した。


「まずはエルミナ」


革袋を受け取ったエルミナは一礼する。


「ありがとうございます」


「急な任務難易度の変更によく対応し、二人をまとめ上げ、無事任務成功に導いた。今後も期待しておるぞ」


「は、はい!!おばぁ様の期待に応えられる様、精進致しますわ」


頭を撫でられたエルミナは露骨に嬉しそうな声で答えた。


それに続いて樋川へ袋が差し出される。


「次は遥と萌花じゃな」


「うひょー!!」


「……え?」


テンションを上げる遥とは対照に、樋川は目を丸くしていた。


「えっ、私達もですか?」


「うむ」


「で、でも……見習いの私達に報酬なんて……」


そのやり取りを見ていた遥が首を傾げる。


「ん?見習いって報酬もらえねぇの?」


ババ様は小さく頷いた。


「見習いの任務はあくまで学園での実習じゃ。正式な魔法士として依頼を請け負っておる訳ではないからの。まぁ今回の様な任務は異例中の異例じゃがな」


「ほえー」


遥は素直に感心したように頷く。


そしてババ様は二人へ視線を向けた。


「戦法については厳しく言ったが、二人でよくフォルガリオンを討伐したな。

これはその働きを評価しての特別報酬じゃ」

「あとはまぁ、初任務達成の……ワシからのお祝いじゃな」


そして二人の頭を撫でたババ様は続けた。


「よくやったな」


「はい!ババ様!!」


「う、うっす……」


微笑むババ様の言葉に、樋川はいつものように元気よく返事をした。一方の遥は、褒められ慣れていないのか、少し照れくさそうに頬を赤らめていた。


怪我の話も、報酬の話も終わり、学園長室にはようやく穏やかな空気が戻っていた。


そんな空気などお構いなしに、遥は革袋の中身を覗き込み――


「おぉ……!」


思わず顔を綻ばせた。


そして、袋を大事そうに抱えながら、樋川とエルミナの方へ向いた。


「よし、俺が二人にイチオシのミモカエルの唐揚げを奢ってやるぜ!」


「要らないよ!!」


「あんなゲテモノ料理を食べるのは貴方だけですわ!!」


樋川に続き、エルミナも声を上げ、その様子を見たババ様は呆れた様に笑いながら告げた。


「萌花、エルミナ」


「はい?」


「遥に学園街を案内してやれ」


その言葉に樋川は「あっ」と何かを思い出したように声を漏らした。


「そういえば私、箒を買い替えないとだった」


「私も少し買いたい物がありますわ」


「ならば、決まりじゃな」


ババ様は満足そうに頷く。


「三人でゆっくり羽を伸ばしてくるといい」


そして遥は勢いよく拳を握った。


「よっしゃ!とりあえずカエル食いに行こうぜ!!」


「「行かない!!」」


二人のゲンコツを食らった遥は、そのまま樋川とエルミナに引きずられるように学園長室を後にした。


◇


二人に引きずられる遥の声は、やがて廊下の奥へと消えていった。


静かになった学園長室で、ババ様は小さく息をつく。


「ご苦労じゃったな、ウィンリー先生」


「い、いえいえ……その、あの……私でよければ、いつでも……」


ウィンリーは慌てたように首を振り、控えめに頭を下げた。


そして、何かを切り出そうと口を開いては閉じる。


少しの間を置いてから、おずおずと尋ねた。


「それで、その……学園長。テレス班の件については……赤城君達には、お話ししなくても……よろしかったのでしょうか?」


その問いに、ババ様は静かに目を閉じる。


「うむ。今はまだ良いじゃろう」


穏やかな口調のまま続けた。


「アイツらのことじゃ。今話せば、自分達にも責任があったのではないかと

考えかねん」

「襲撃犯の正体も、目的もまだ分かっとらん。余計なことに意識を割かせる訳にはいかんからの」


「そ、そうですか……」


ウィンリーは胸を撫で下ろすように小さく息を吐いた。


「それなら……良かったです」


「良かった?」


ババ様が視線を向ける。


「はい……赤城君のあの性格なら、きっと自分を責めてしまうと思いますので……」


その言葉に、ババ様は小さく頷いた。


「うむ……確かに、そうじゃろうな」


そう呟いた後、ゆっくりと窓の外へ目を向ける。


穏やかな青空とは裏腹に、その眼差しはどこか遠くを見据えていた。


「まぁしかし――」


静かな声が学園長室に響く。


「そのうち嫌でも、今回の襲撃犯とは対峙することになるじゃろうな」


その言葉だけを残し、学園長室は再び静寂に包まれた。

読んで頂きありがとうございました。

また次回も見てもらえると嬉しいです。

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