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魔法と詠唱と

教室に、チョークの乾いた音が響いていた。


「では赤城遥。この中で、魔法制御に最も適した持ち方はどれだ」


黒板の前で”それ”を書き終えたグランツ先生は、いつもの無機質な声音で言った。


急に指された事で、俺は肩が跳ね、慌てて黒板へと視線を向けた。


そこに書かれていたのは、AからDまでの四つの図。


人の上半身が側面から描かれ、右手で杖を構えている。


目を細める――が。


……違いが分からん。


握る位置か?

いや、どれも似たようなもんに見えるし。


形も…同じ。

角度も同じ……か?


「そろそろ正答して欲しいものだな」


間違い探しの様に必死に四つの図を見つめていると、催促の声が届いた。


いや、分かるかこんなもん!


だが、この沈黙も気まずい。


俺は勇気の回答(あてずっぽう)の為に、口を開いた。


「Cぃ~寄りのB?」


「答えはDだ」


瞬殺だった。


掠りもしない回答。

教室に小さな笑いが起きる中、グランツ先生はすっと、薬指でメガネを押し上げながら、淡々と続けた。


「Dの持ち方。杖の中心よりやや下で保持する事。これが最も効率良く、杖全体に魔力を流す方法だ」


片手に持っていた指示棒で軽く黒板を叩く。


「もっとも――」


一拍おいて続けた。


「杖を用いずとも魔法を制御できる者もいる」


俺の視線は自然と、座席の離れている彼女――エルミナに向いた。


「だが魔法制御が苦手な者や、戦闘経験が未熟な者は杖を使え」


教室全体を見渡しながら、グランツ先生は続けた。


「工程の短縮――杖無しの制御も当然素晴らしいが、基礎を大事にする事も忘れないように」


その言葉の中に一つ気になる事があった俺は手を上げた。


「短縮って……?」


「ふむ、良い質問だ」


再び、メガネを押し上げた先生は、指を三本立てる。


「杖ありの場合――魔力を杖へと流し、調整し、放つ」


そのまま一本ずつ、指を折り。


「要するに攻撃や防御までに、最低でも三工程の手順が必要となってくる」


そして、再び上げた指。

今度は二本だった。


「対して、杖なしの場合――己の中で調整し、放つ」


同じ様に指を折る。


「工程が一つ減る分、当然、発動速度は速くなる」


先生は静かに続けた。


「実力が拮抗している相手ならば、理論上、杖無しの方が早く魔法を打ち込める」


その言葉で俺がイメージしたのはやはり、前回の決闘。


確かに杖を使った樋川より、エルミナの方が魔法射出速度は速かったような気がする。


そして俺の頭の中には一つの疑問が浮かんだ。


「じゃ、じゃあさ――」


思わず身を乗り出して告げた。


「前の決闘でエルミナがやってた詠唱は?」


その言葉に一瞬、教室が静まり、グランツ先生はわずかに目を細めた。


「……少し脱線になるが、まぁ良いだろう」


指し棒の伸縮を戻し、言った。


「本来は二年次に教える内容だ。」

「故に、今覚えるべき基礎を疎かにするなよ」


軽く、教壇を叩く。


「――先日の決闘に沿って説明しよう」


その言葉に、俺も教室内の空気も少し静かになる。


「樋川が放った【リビュオン・レイ】。アレは自身の魔力のみで構成された魔法だ」

「必要になる事は、己の魔力の制御のみ」


そして、視線をゆっくりと動かす。


「対してアルヴェインの【リビュオン・イグニス】。これは自身の魔力に加え、”自然魔力”を取り込んだ魔法だ」


「自然……魔力……?」


俺は聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「地面や樹木、大気中に存在する不可視の魔力。自然が発するソレを、我々は自然魔力――マナと呼ぶ」

「そしてそのマナに”命令”を与える工程――それが詠唱だ」


教室の空気が、さらに静かになる。


「例えば"炎を纏え"、とマナに伝わる命令式で詠唱を行う事が出来れば、魔法の威力も現象も変わる」


「じゃあ、そのマナと自分の魔力をくっつければ強くなるって事?」


詠唱を行えば簡単に火力アップを見込めると、そう思ったのだが。


「言うは易し、だ」


その考えは即座に否定された。


「詠唱が破綻していれば命令は伝わらず、魔法は不発……暴発するケースもある」

「だが、繰り返し扱い、正しい命令式を理解する事で、マナとの”認識”が一致する。そうなれば詠唱の短縮も可能だ」


先生は腕を組み、教室を見渡した。


「魔法名を告げる行為も、命令の一部……皆が普段から自身の魔力で魔法を放つ際に、魔法名を読み上げる行為も当然意味があるからだ」


「魔法名ってカッコいいから言ってた訳じゃないのか……」


ぽつりと漏れた俺の言葉に、グランツ先生は小さく息を吐いた。


「……少し脱線してしまったな」


軽く咳払いをし


「ひとまず以上だ、授業に戻すぞ」


それ以上は語られなかった。



「エルミナさん凄いね!あんな事難しい事してたんだね」


樋川は昼ご飯のお弁当を持ちながら、先程の詠唱についてエルミナにそう告げた。


「あ、アレは私もまだ完璧ではなくて……」

「って言うか、そんな事よりも……」


そう話すエルミナの笑顔は次第に鋭い目つきに代わり、対面の俺と目が合った。


「どうしてあなたも居ますのよ!赤城遥!!」


「えっ!今更!?」


昼休憩に入り、共に中庭まで昼ご飯を食べにやって来たのに、この言葉。


俺は見えていないのか?


「私と萌花の、女子だけのお昼ごはんですわよ!男の――ノクスの入るスペースなどありませんわ!」


「また野糞言ってるよ、このお嬢様」


「なっ……!また、下品な……」


その言葉にまたしても赤面したお嬢様は怒りのトーンのまま続けた。


言葉を強調するように。


「ノ・ク・ス!いい加減覚えなさい!赤城遥!!」


「遥で良いって、毎回フルネームは呼びにくくない?」


一時は喧嘩もしたが、今は学友と思っている俺は、ここ数日そう提案をしてきたのだが、どうも、俺が「エルミナ」と呼ぶのも気に入らないらしい。


そんな事を考えていると、隣から樋川が仲裁に入った。


「まぁまぁ、エルミナさんも落ち着いて」


両手を使ってそう告げた樋川の言葉は耳に届いていないのか、エルミナの言葉は続いて。


「忘れてませんわよ。あなたが私のサンドイッチをつまみ食いした事!」


「すまん。アレは美味しかった……」


「この――」


怒りのままに、エルミナが立ち上がったその瞬間だった。


――コン、と。


軽い鐘の音が、校内に響いた。


校内アナウンスを意味するそれに、エルミナも制止した。


そして、そのままアナウンスが流れた。


『高等部一年、エルミナ・アルヴェイン。学園長が及びです。至急学園長室まで来ること』


繰り返されるアナウンス。


「ババ様がエルミナさんを?」


樋川は不思議そうにアナウンスの声聞いていた。


「ひとまずサンドウィッチの件はお預けですわ」


そう言ったエルミナは、直ぐにお弁当を片付けた。


そして、樋川に”のみ”言葉を告げた。


「ひとまず行ってきますわ。萌花、お昼はまた明日お願いしますわ」


「うん、気にしないで」


そう返した樋川と、俺は校内に向かうエルミナを見送った。

読んで頂きありがとうございました。

2章が始まりました。

また読んでもらえると嬉しいです。

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