隣のトロロ
私と妹の葉子が、その不可解な粘性の気配に最初に気づいたのは、季節の変わり目に特有の、空気がどこか落ち着きを失い、日常の輪郭がわずかに滲み始める頃合いであったが、しかしそれは当初、単なる台所の出来事、すなわち食材の扱いにおける些細な不注意の延長として理解されるべきものであると、私は頑なに信じようとしていたのである。ところが、その白濁した、異様に粘り気を帯びた物質は、皿の上に留まることなく、まるで自らの存在を拡張せんとする意志を有しているかのように、じわじわと広がり、ついには床を伝い、壁を這い、さらには廊下へと進出し始めたのであった。
「お姉ちゃん、これ……トロロだよね」
葉子の声は震えていたが、その言葉が指し示すものの平凡さとは裏腹に、我々の目の前で展開されている現象は、到底“食材”という範疇に収まるものではなかった。すなわち、そのトロロは、落ちることなく、乾くこともなく、ただ粘りながら増殖し、しかもその表面には、微細ではあるが確実に、脈動のような運動が認められたのである。私は直感的に理解した。これは単なるトロロではない、トロロという形態を借りた何かであり、そしてそれは我々を取り込むことを目的としているのではないか、と。
次の瞬間、床一面に広がったそれが、音もなく盛り上がり、まるで波のように我々へと迫ってきたのである。私と葉子は反射的に走り出した。背後では、どろり、どろりという、重く湿った音が連続し、逃げる足音と奇妙な合奏を成していた。振り返る余裕などなかったが、視界の端で、それらが単なる広がりではなく、明確な“集合”としての挙動を示し始めていることだけは認識できた。すなわち、無数のトロロが互いに引き寄せられ、ひとつの巨大な塊へと再編成されつつあったのである。
やがてそれは、我々の前方に回り込み、行く手を遮る形で、その全貌を現した。滑らかな曲線を描く外形、内部にかすかに透けるような層構造、そして何より、側面に開かれた入口めいた裂け目――それは疑いようもなく、“バス”の形状を模していた。ただし、それは鉄でも木でもなく、完全にトロロによって構成された、言うなればトロロバスとでも呼ぶべき存在であった。
抵抗は無意味であった。我々は半ば強制的に、その内部へと取り込まれた。内壁はぬめりを帯びながらも不思議と形状を保ち、座席のような隆起が規則的に配置されている。トロロであるにもかかわらず、それは機能としての“乗り物”を完璧に再現していたのである。やがてバスは動き出し、窓の外――と呼ぶべきかも曖昧な透明部分の向こうに、現実とは明らかに異なる風景が流れ始めた。そこは一面が白く粘り、地平線すら曖昧な、トロロの国であった。
到着した先で我々を迎えたのは、ひときわ巨大で、かつ中心部に明確な核のような構造を持つ存在であり、それがこの世界における統治者、すなわちナガイモの王であることは、説明を受けるまでもなく理解された。その声は低く、しかしどこか粘性を帯びて響き、「汝ら、未熟なるトロロよ」と告げたのである。我々がなぜここに連れてこられたのか、その理由は単純であった。すなわち、トロロの正しい下ろし方を習得せよ、というのである。
その教えは、驚くべきことに極めて体系的であった。摩擦の角度、圧力の配分、繊維の断ち方、粘性を最大化するための微細な手首の動き――それらは一見すると料理の技術でありながら、同時にこの世界の存在論そのものに関わる法則であるかのように、厳格かつ執拗に反復された。葉子は真剣な眼差しでそれを吸収し、私もまた、自らがこの異界から帰還するための唯一の条件として、そのすべてを受け入れざるを得なかったのである。
だが、その修練は、我々の予想を裏切る形で終結した。開始から、わずか三分後のことである。王は沈黙し、やがて重々しく宣言した。「……習得、確認」その声音には、どこか釈然としない響きが含まれていたが、規則は規則であったらしい。次の瞬間、我々は再びトロロバスへと乗せられ、ほとんど往路と変わらぬ速度で、元の世界へと送り返されたのである。
気がつけば、台所であった。床に広がっていたはずのトロロは跡形もなく消え、ただすりおろし器だけが、静かにそこに置かれている。葉子はそれを手に取り、何のためらいもなく長芋を擦り始めた。その動きは、以前とは比較にならぬほど滑らかで、正確で、そして何より――完璧であった。
「……できたよ、お姉ちゃん」
差し出された器の中で、トロロは理想的な粘度と光沢を保ちながら、静かに存在していた。私はそれを見つめながら、あの国での出来事が夢ではなかったことを理解したが、同時に、ひとつの疑問がどうしても拭えなかったのである。すなわち、あれほどの体系と威厳をもって伝授された技術が、なぜ、たった三分で習得可能であったのか、という点である。
その問いに対する答えは、結局のところ与えられることはなかった。ただひとつ確かなのは、あのナガイモの王が最後に見せた、わずかな戸惑いのような沈黙が、我々の帰還を許した真の理由を、雄弁に物語っていたのではないか、ということであった。すなわち――教えるまでもなかったのではないか、と。




