城
城はとても長いあいだ待っていた。
何十年も何百年も待ち続けた。
城は自分を美しく見せる為、壁を白く塗り屋根も赤い瓦で飾り立てた。
城は遠くからでも美しく見え、とても目立った。
ある夏の黄昏時、男が城の近くを通りがかったのが見えたので、城は男を城に招き入れる事にした。
とても酒臭い男だったのが気にはなったのだが、城は城壁の門を開き男を中へと入れてやった。
城は男に食事を出し寝室を提供したりして男をもてなした。
男も城の事が気にいったようだった。
男は城に住む事にした。
何百年も客人が来ていなかったので城は喜び男に色々とサービスをしたのだった。
しかし男はとても酒飲みだった。
毎晩男は浴びるようにワインを飲んでは城の中を汚すようになったのだ。
城は男に注意をしたのだが、男は言う事を聞かず更に浴びるように酒を飲むのだった。
男は酒を飲むととても暴力的になった。
ある時、男は酔っぱらった勢いで城の花壇を荒らし屋根の瓦を壊した。
城は男の事が許せなかった。
花壇は城が一番大切にしていた場所だし、屋根の瓦はとても高価な物だった。
城は男に出て行くように通告したのだが男は城に居座った。
そして毎晩毎晩、男は酒を飲んでは城の中の物を壊すのだった。
このままでは城は壊されてしまう!
そこで止むなく城は最終手段に出る事にした。
城は男に食事を出す時、スープにトリカブトの根を煎じて入れたのだ。
翌朝、男はベッドの上で冷たくなって死んでいた。
殺すつもりはなかったのだが、これ以外に方法は思い付かなかった。
城は死んだ男を荒らされた花壇の土の中に埋めた。
男は土の肥料となり、翌春にはその土から更に美しい花が咲くだろう、と城は考えたのだった。
その後、城はとても用心深くなった。
客人が見えても、城は城壁の門を開かなくなったのだ。
城は誰にでも目立つような外観を変え、屋根の色も落ち着いた緑色の瓦に変えたのだった。
そして更に何百年もたったある日の事、城は旅人が街道を歩いているのが見えた。
旅人がこの地方を通るのはとても珍しい事だった。
城は旅人をしばらく観察し、その旅人の事がとても気にいったので彼を城に招く事にした。
何百年ぶりに城壁の門が開かれ、旅人は城の中へと入っていった。
地味な外観には似合わず城の中はとても美しく手入れされていた。
城は旅人を最高の食事でもてなした。
旅人はテーブルや椅子をとても丁寧に扱ってくれたので、城は男の事が更に気に入った。
そこで城は最上階にあるとても日当りの良い部屋を寝室としてあてがい、好きなだけここに滞在するように、と言った。
旅人は部屋をとても気に入ったので、そこにしばらく住まわせてもらう事にした。
旅人は発明家だった。
彼は世界中を旅し、森羅万象を研究する為に旅をしているのだと言った。
発明家は一階の大広間を研究所として使わせてもらえないか、と城に頼んだ。
城は承諾し、大広間は発明家の研究所として使われる事になったのだった。
発明家は大広間に籠り、色々な研究を始めた。
城は発明家が難しそうな本を読んだり、とても理解できそうもない公式を黒板に書くのを興味津々で見つめた。
ある日の事、大広間で大きな球体の機械を組み立てながら発明家は城に言った。
「城よ、君はこの宇宙の始まりの事をしっているかね?」
・・・・いえ、知りません、と城は発明家に言った。
「そうか。我々の居るこの宇宙の起源については様々な説がある。
我々科学者の間では始め宇宙は『無』の状態で、その『無』が大爆発を起こし宇宙が発生した、というのが定説になっている」
城はどうしても無の状態から宇宙が生まれたのか理解が出来なかった。
「うん、それはとても理解しにくいだろう。・・・・しかし本当は我々も宇宙の一部なのだ。だという事はその答えは我々一人一人の中に有るのちがいないのだ。・・・本当は我々は宇宙の起源の事を知っているのにそれを思い出せないに過ぎない。・・・城よ、君はどう思うかね?」
・・・・さあ、わたしも宇宙の起源の事については何も覚えていません、と城は言った。
「そうか、では思い出させてあげよう。・・・・これを見なさい」
発明家は明かりを消し大広間を暗くし、球体の電源のスイッチを入れた。
すると大広間の丸天井に何も無い宇宙が映し出された。
どうやら、球体の機械はプラネタリムのような物だった。
しかしそれはとても不思議な機械で、映像だけではなく、時間の感覚や宇宙の感覚も再現する機械なのだった。
城は宇宙の『無』の感覚を体験しているのだった。
『無』の状態は何億年も続き、そしてある時『無』は『有』になる事にした。
『無』は大爆発を起こし、四方へと広がっていった。
それはとてつもないエネルギーだった。
その巨大なエネルギーを城も体験しているのだった。
何万年も時が経ち、何万光年もの広さにガスが広がり、そのガスが集まり次第に何億個もの天体へと姿へ変えていった。
天体は光を放ち始め、
数えきれない程の輝く宇宙の星空へと変わっていったのだった。
宇宙はとても美しく、生きたエネルギーに満ちていた。
城をそれ見て涙を流し続けた。
城は宇宙そのものを体験しているのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ある朝、発明家は城に言った。
「城よ、私はそろそろ行かなければいけない。私は国へ帰り『宇宙の起源』の学説を発表をしなければいけないのだ。・・・・城よ、とても世話になった。ありがとう。とても感謝している」
城は発明家が去るのがとても悲しかった。
・・・・・あなたにはもっとここで滞在していてほしかったけど、引き止める訳にはいきませんね。・・・・しかしお願いがあります。せめて貴方の思い出となるような物をこの城に置いていってくれませんか?と城は発明家に言った。
発明家はしばらく考え込むとリュクサックから何か取り出し床に置いた。
それは人の形をした人形のような物だった。
「・・・これは私が若い頃に発明した機械だ。本当は電源を入れると自分で動き出す筈なのだが、どうやら失敗作だったらしい。・・・電源を入れてもこいつは動かないのだよ。これを君にあげよう。出来る事ならば、こいつに生命を与えてほしい」
・・・・・ええ、約束しましょう。旅人よ、ありがとう。貴方の事は生涯忘れません。貴方は私に宇宙の起源の事を教えてくれました。かわりに私はこの人形に生命を吹き込んでみます。
発明家は城を去り、大広間には発明家の作った人形が残されたのだった。
城は人形をとても大事にした。
人形に生命の元である日光が当たるようにし、錆び付かないように毎日油をさした。
城は大広間の人形にいたずらをするネズミなどが入らなように気をくばった。
外から人が入らないように固く城壁の門も閉じた。
そして何百年も経った。
ある満月の夜、人形に生命が宿ったのだった。
人形は目を開きオギャーと泣いた。
それはもはや人形ではなく血の気が通った人間の子供だった。
その目はとても発明家の目と似ていた。
城はその子をとても大事に育てた。
城は子に栄養ののある食べ物を与え、人間の言葉を教え、いかにその子の父である発明家が偉大であるかを教えたのだった。
そして何年も経った。
大きく成長した子は有る時、城に言った。
「城よ、今まで僕を育ててくれてありがとう。・・・僕はもう十分に人間の言葉も覚えた。本もたくさん読みました。・・・・僕はそろそろ外の世界を見たいのです!」
・・・ああ、貴方は外の世界を見たいのですね。しかし外の世界は危険です。
恐ろしい人間も居るにちがいありません。私も昔、そのような人間に壊されかけた事があります!・・・・もっと十分に成長するのを待ってからにしませんか?
「城よ、もう僕は十分に成長しています!・・・・それに僕は一刻も早く外の世界へ出て色々と冒険をしたいのです」
城は子の話を聞き、この子がこの世に生まれた理由は広い世界で冒険を楽しむ為だと言う事を理解した。
城は最後に子が好きな食べ物をたくさん食べさせ、風邪などをひかぬように暖かい服を着せ、城壁の門を開いた。
子は城壁の外の広い世界を見て一瞬とまどったが、恐る恐る城壁の外へと足を踏み出していった。
世界はとても広く、冒険のしがいがありそうだった。
子は後ろを振り返り城に言った。
「城よ、今まで本当にありがとう。僕はこれから旅へと出ますが、あなたの事は決して忘れません。・・・・・そしていつか、みやげ話をもってここへ戻ってきますよ!」
いいから、そんな事は気にせずに広い世界での冒険を楽しみなさい、と城は子に言った。
子は城に手を振り、そして決して後ろを振り返らず広い世界へと旅だっていった。
END