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警護でござる。将軍、世直しの旅に出る  作者: 林和志
3章 碧き空の下で
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7.将軍、世直しをする

 その頃、悪代官役の石田は、河村が手配をした役者達と一緒に名も知らぬ尊いお方、松平家忠を陣屋で待っていた。すると、近隣の庄屋がやって来た。人買いに親が売った娘が逃げ出し、どうすればよいかという相談であった。

 石田は根が真面目な男である。

 庄屋を追い返すことも出来たが、話を聞いてやった。

 まるという娘を買った人買いが、

 「買った娘が逃げたのだから、金を返せ、返せぬのであれば、村の娘をかわりに連れて行く」

 と騒いでいるという。

 しかし、偽の代官である石田には、庄屋を助けることは出来ない。

 石田が苦悩していると、高木から知らされていた尊きお方らしき一行がやって来た。

 水戸宰相から聞いた、世直しにやってきた松平家忠である。

 「まる。どうしてここにおる。お前が逃げ出したせいで人買いが暴れていてどうしていいかわからないよ」

 泣き出しそうな顔で庄屋にそう言われると、まるは困ってしまった。

 そのやり取りを聞いていた家忠は、嬉しそうに宗春に言った。

 「よし、余が行こう」

 庄屋は、藤沢宿に追いやられている代官の原口の顔も陣屋の与力達の顔も知っている。

 しかし、陣屋でまるで代官のように振る舞っている石田に、「お侍様は何者でございますか」と尋ねるわけにもいかず、騒動を喜んでいるようにしか見えない家忠一行を連れて、村に戻ることになった。

 その様子を見ていた伊賀組の者達は、家忠と庄屋のやり取りを見届けるとすぐに件の村に向かった。

 村での伊賀組の警護が整うまで、家忠の足止めは、河村達がやるであろう。

 伊賀組は、村を観察できる森に隠れた。人買いは、用心棒らしき侍三人とその風体、怪しき三人の町人である。人買い達は、まるの代わりに連れ去る娘達の品定めをしていた。

 「組頭、殺しますか」

 「血の処理が大変になる。殺せば、村人達も怪しむであろう」

 十人の男が、にたにたと不気味な作り笑いを浮かべ、娘達を見ている人買い達の前に姿を現した。

 男達は、笑顔ではあるが、目が全く笑っていない。

 「ちょいと、よろしいでしょうか」

 組頭が揉み手で人買いに声をかける。

 「なんだ、お前さん方は」

 「今日は、これで御勘弁願えませんか」

 組頭は、高木から預かった金の中から、一両を人買いに渡した。

 人買いは、手渡された一両を一瞥する。

 「たりねえな」

 「いくらでしたら、御勘弁願えますか」

 「二十両だな」

 組頭は、無言で二十両を人買い達に渡した。まるは、十両で買われたと聞いている。組頭にとっても二十両は大金である。怒りに震えながら、任務第一と金を渡した。

 「今日は、帰ってやるよ」

 人買い達が村を出ていった。

 途中で、人買いと家忠一行と出くわしても厄介である。

 伊賀組と人買いのやり取りを、狐につままれた顔をして眺めていた村人達が、追いかけてこないのを見届けると人買い達を躊躇うことなく拉致することにした。

 伊賀組の者達は、荒縄で人買い達を縛り付け、猿ぐつわをして黙らせると、どこから持ってきたのか台車に乗せ、むしろをかける。人買いに渡した二十両も回収し、組頭に渡した。

 「河村殿が足止めをしております間に、こちらに」

 家忠一行を監視している伊賀組の同心が、組頭に報告する。 

 村までの道には、わかれ道がある。

 わかれ道まで台車を運ぶと、数人の同心に台車を引かせ、小田原藩に向かわせた。人買いは、小田原藩に高木の名前を出して、処理して貰えば良かろう。

 刹那、同心の一人が家忠を監視している伊賀組に知らせに走る。

 世間話をして、足止めをしていた河村は、使いの同心の姿を見ると、

 「それでは、村に参りましょう」

 庄屋を促し、ゆっくりと歩みはじめた。

家忠は、河村が庄屋とまるに「人買いに買われたのかね」と丁寧な物腰で尋ねるのを眺めていた。まるは、小顔で愛嬌がある。

 家畜のように人を売り買いする、人買いなる生業があることも、言葉を濁す宗春達から説明を受け、家忠は学んだ。江戸の中心にある城から外出したことがない家忠には、人の売り買いと言われても実感がわかなかった。

 村にたどり着くと、三人の町人が待ち構えていた。

 いかにも悪人という風体である。

 「おい、かわりの娘を差し出せ」

 庄屋は困惑した。思わず、庄屋は尋ねてしまう。

 「あの、どちら様でしょうか」

 混乱している庄屋を無視して、宗春はいきなり男達に斬りかかった。

 「この悪徳、人買いめ。成敗してくれる」

 一瞬の出来事であった。

 見事に、家忠に気付かれぬよう手加減をした、みね打ちで宗春は三人を打ち倒した。人買い役は、苦しそうに時間をかけてのたうち回り、がくりと地面に倒れ込んだ。

 河村の後から、ついてきた悪代官役の石田は、河村が目配せをすると、同心の格好をしている役者達に縛り上げられ、陣屋に連れて行かれる。一瞬、石田は戸惑った。だが、これが高木様の言う悪代官役のお役目なのであろうと大げさに抵抗するふりをして、縛りつけられた。まことに、察しの良い男であった。

 陣屋に戻ると、石田とともに陣屋に運ばれた人相の悪い人買い役達が、

 「お代官様、約束が違うじゃないですかい」

 「娘を売るのに、賄賂を差し上げたでしょう」

 口々に、同じく縛り上げられている石田を非難した。

 「水戸殿が言っていた悪徳商人と代官の癒着であるな」

 「では、余が直々に成敗してくれる」と、家忠が刀を抜き、石田を斬りつけようとするのを、慌てて宗春が止める。

 「家忠様、取り調べ無しで斬ってはなりませぬ。代官殿、往生して悪事を自白されよ」

 石田は、これも仕事と割り切り、「わしは悪くない」とことさらにみっともなく騒ぎ立て、陣屋にある小さな牢に、「すまぬな、役目ゆえ」と小声で詫びる宗春に押し込まれた。

 「うむ、天晴であった」

 ご満悦の家忠に、まるがきつい表情で言った。

 「おめでたい、お侍様だね」

 まるの一言に、宗春達は青ざめる。

 「人買いは、いくらでもいるんだよ」

 吐き捨てるようにまるが言った。

 仕込んだ芝居がばれたのではないことに、宗春達は胸をなでおろす。

 「そうなのか」

 「能天気なことだよ」

 まるの悪態を家忠は無言で、頷きながら熱心に聞いていた。

 「世直しの旅をしっかりとやる必要があるようじゃな」

 家忠の言葉に、真っ青な顔で宗春は、河村の顔を見る。


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