4.河村瑞賢、策略を練る
城に戻った酒井は、高木に甲賀、伊賀組の配置を命じる。また、宿等の手配も行うように命じた。
「酒井様、上様がお呼びでございます」
酒井が退席し、しばらくすると青い顔をして戻って来た。
「高木殿。舘林宰相様がな、どこでお聞きになられたのか、どうせ水戸宰相様であろうが、知りたくもない。道中で悪人退治を所望されておる」
「悪人退治でございますか」
小田原までの道中の天領や所領のある旗本の代官は、品行方正である。素行が不良であれば、即解任した。目付も勘定奉行も、江戸近辺の代官の所業は極めて厳しく監視をしていた。そのことは大老もよく知っているはずである。
酒井と高木が苦慮していると、老中の松平も御用部屋にやって来た。
「小田原までの道中で跡継ぎがいる代官は、どれくらいおるのか」
酒井が静かな、しかし冷酷な声で呟いた。
「酒井様、代官に悪人として舘林様に退治されろということですか」
呆れる高木を松平がとりなす。
「酒井様。伊賀組、甲賀組に代官所を貸し切らせ、悪人役のものを舘林様に退治していただけばよいだけのことではありまぬか」
「うむ。妙案じゃな。そのように、手配をせよ」
こうして、酒井は、高木に厄介な仕事を丸投げしたのである。
高木は、気が重い。伊賀組と甲賀組の組頭を呼び出すと、舘林宰相の警護、悪代官役を依頼した。
「大目付様。そのような猿芝居、忍びをやめた今の伊賀組や甲賀組に出来るとは思えませぬ」
「そうであろうな。いや、そういえばそのような世事に長けたものがいたような」
高木は、ふとある男の顔を思い出した。その男に面会すべく、高木は駕籠で霊岸島に向かった。隅田川の中州にある霊岸島の辺りには、材木商が多く住んでいる。
その中にある、堀に囲まれた屋敷は、百坪はあろうか、与力屋敷ほどの大きさの質素な家にその人物は住んでいた。
「河村殿はおられるかな」
下働きの女中と数名の大工がその家で暮らしているようだった。
高木がその男の在宅を確認すると総白髪ではあるが、日に焼けた精悍な顔つきの男が出てきた。
「大目付様。わざわざお越し下さるとは何事でしょうか」
高木は、家主である男に促され、家に入った。
小田原城主の稲葉正則の紹介で数回、会ったことがある材木商の河村瑞賢である。河村は、江戸有数の材木商でもあり、海運商でもあった。
日本中を旅しているような人物であったから、それほど大きな屋敷は必要ないのであろう。
「芝居のような悪人退治でございますか」
河村は、ことさらに驚いた顔をした。
「ご苦労をされておらぬお方がお考えになりそうなことではございますが。高木様もお困りでしょう。わかりました。そちらの方には詳しくはございませぬが、万事手配いたしましょう」
高木は、何度も礼を述べると、河村の屋敷を出た。
城に戻ると、幕府御用の手形を何枚か発行し、河村のところに預けることにした。
その話を高木から聞いた酒井は、「お主も丸投げではないか。しかし、河村瑞賢とは便利な男よ。あの材木商か」と言った。
「それで、小田原までの行程は、どうなっておる」
「ゆるりと歩いても三日で小田原に到着いたします」
「いや、四日にせよ」
「しかし、舘林様は御壮健。四日も必要でございますか」
酒井は言葉に詰まる。将軍、家綱は病弱であった。
弟の綱吉は、強健である。小田原までなら二日か三日で行くであろう。
「のんびりと道中をご見物いただくのだ。初日は川崎でお休み頂けばよい。一日二里前後で宿の調整をせよ」
そして、一週間後、松平家忠とその一行は江戸を立つこととなった。
お供は、大老酒井から、直々に命を受けた柳生宗春、水野実之、井伊典房の三名である。
家綱は、旅衣装に着替えると酒井と松平が案内をし、こっそりと城を抜け出した。
城中では、この奇妙な一行を不審に思ったものもいた。いたのだが、大老の酒井に睨まれるのを恐れ、皆、見て見ぬふりをしたのである。つまりは、酒井同様、我が身可愛さで保身に走ったのである。




