3.大目付、貧乏くじをひかされる
翌日、御用部屋に大目付の高木守久が呼び出された。同役の大目付、佐渡守の大岡忠種が上席であったが、佐渡守は老齢である。若い頃は、能吏であった大岡も閑職の大目付になってからは、昼行燈の誹りを受けても全く気にせず、楽隠居のごとく気楽に大目付をやっていた。そのため、道中奉行は高木が兼任し、街道警護の任に当たっていた。
江戸から小田原に続く、東海道も道中奉行の支配下にある。
「ここだけの話だが、お忍びで舘林宰相様が、小田原界隈の見物をしたいと申されてな」
茶を大岡に勧めてから、おもむろに告げる酒井の言葉に、高木は狼狽する。
「舘林宰相様がお忍びでございますか」
「うむ、舘林様は上様の弟君ゆえ、万全の警護で望まねばならぬ。伊賀同心、甲賀同心も大目付に預けるゆえ、万事よろしく頼む」
こうして、上様の忍び旅という真相を教えられずに、大目付の高木が警護責任者を押し付けられることとなった。
酒井と松平は、こんなくだらないことで腹を切りたくはなかった。そこで、上様のお忍びではなく、上様の弟君の舘林宰相、徳川綱吉のお忍びの旅で押し通すことにしたのである。
高木に警護計画を練らせている間、酒井と松平の両名は神田にある舘林宰相の屋敷を訪問することにした。
「正気か。上様の御乱心をお止めするのが大老の仕事であろう」
酒井達から、兄の小田原旅行の話を聞いた綱吉は開口一番、両名を咎めた。
「お主らがお諫めをせぬのなら、余が上様をお諫めする」
綱吉は、二十代後半。酒井達、佞臣が兄君を愚鈍にするのだと憤り、急遽、登城することにした。
舘林藩主の綱吉も、水戸藩主の徳川光国も江戸で生活をしていた。
酒井達も舘林宰相の諫言で、上様が世直しの旅を諦めてくれれば、その方が助かる。願ったりかなったりである。望外、望外、濡れ手に粟である。
酒井は、舘林様、ご登城の知らせを上様に伝える。
「酒井と松平は下がっておれ」
綱吉は、家綱と兄弟二人きりになった。
「上様、世直しの旅を上様が行えば、どれほど多くの民に迷惑がかかるかを考えたことがおありですか」
「余は、綱吉のように賢くはない。学問も出来ぬ。頭が悪いのじゃ。政は、酒井達に任せておる。余には子がおらぬが、万が一の時は、綱吉がおる。阿呆の余には過ぎた自慢の弟じゃ」
「そのようなことを。私は将軍になりたいと思ったことは、一度もありませぬ。上様のお子に将軍を継いでいただきたいと願っております」
「そうではない。城から遠出をするのは、日光社参に行ったくらいじゃ。父上も、お若い頃は市中に出ていたという。市中に、自由に出てみたいのだ。空を自由に浮かぶ雲のように」
「上様、武家棟梁の征夷大将軍とは不自由なものなのです」
「であれば、棟梁を綱吉が代わってくれぬか。余は疲れた」
幼き頃より、聡明で知られた綱吉も頭を抱えた。
「上様、小田原城を内見し、江戸に戻ってくださいますね」
「うむ、小田原城主は、稲葉じゃ。驚くであろう」
「稲葉殿は、老中首座ですから、小田原には戻れぬと思いますが・・・。いや、稲葉殿が小田原に戻られた方が安全かもしれませぬが」
「そうか、余は阿呆じゃな」
家綱は笑った。つられて、綱吉も笑みを浮かべる。
「上様、供回りはお付けください。上様に何かあれば、綱吉も酒井も皆、腹を切らねばなりませぬ」
「わかった。お主も酒井達も大事じゃ。腹を切らせるわけにはいかぬ。柳生達を連れて行こう。それならば、問題あるまい」
綱吉が去ると、酒井と松平が呼ばれる。
「綱吉が行っても良いと言った。供回りだけは連れて行けというのでな。柳生を連れてまいろう」
「柳生と申しますと、宗冬殿ですか」
「いや、息子の宗春でよかろう」
将軍家剣術指南役、柳生新陰流宗家の柳生宗冬は家綱、綱吉の剣術指南役であった。宗春はその子で、幼い時から、家綱の剣術稽古の相手をしていた。それゆえ、家綱とも親しい。柳生新陰流の後継者であったが、いまだ当主は宗冬であったから、宗春は無役である。
「年寄りの道楽、年寄りの死に水じゃな」
「父上、死に水などと不吉な物言いはやめてください。息災で長生きしてくださいませ」
宗春は、剣術しか楽しみがない父の楽しみを奪わぬよう、父が戯言を呟ける間は、宗家を継ぐつもりはなかった。
しかし、齢六十を超えた宗冬よりは、宗春の方が若い分、実力がある。
宗春以下、数名を供回りに大目付、高木守久を警護責任者とした将軍、家綱の世直しの旅が今、まさにはじまろうとしていた。
さて、突然の家綱の世直しの旅で、大変な重責を負わされることになったのは、大目付の高木である。大岡佐渡守が、大山詣でと称して江戸を離れているように、大目付の仕事は閑職である。職位的には、江戸町奉行よりも偉い。しかし、今や大目付は、江戸町奉行等を務めた旗本の名誉職となりつつあった。今では、幕府に反旗を翻す大名家もなく、大目付の本来の仕事である大名の監視も有名無実化していた。
高木は、将軍ではなく、舘林宰相、上様の弟君の綱吉の小田原見物と教えられている。家綱には子がいない。家綱が、寵愛した側室の養春院との間には子がいたが、早産で母子ともに亡くなってしまった。
家綱は、家光に似て、あまり色を好まず、京から迎えた御台所の顕子女王との仲は冷え切っていた。唯一、寵愛を受けた養春院の没後は、大奥から足が遠のいていた。
将軍の弟である綱吉は、次期将軍の最有力候補である。
「大変なことになった」と高木は、痛みがする腹に手をおいた。
まず、小田原までの綱吉の身分をどうするのか。宿は、幕府公用の宿泊施設、本陣を利用するのであれば、身分がいる。無役の旗本にするにしても、極秘にしろと酒井がいう。旗本の三男坊は、惨めという。
だが、大目付である高木の三男であれば、分家して数百石の目付になることも出来た。
小田原城主の稲葉正則の隠し子にしてはどうかと、世間知らずな大老の酒井は言った。
稲葉正則は、春日局の孫である。稲葉の隠し子ということになれば、春日局の曾孫となる。
小田原までの道中は、天領と旗本領しかない。江戸への要所であるから、幕府直轄領と旗本領しかないのだ。大目付の子や春日局の曾孫がお忍びの旅を気軽に出来る場所ではない。
大目付の大岡が遊びに行った大山は、神君家康の時代に僧兵達を下山させた。その後、春日局に将軍の代参をさせ、所領を与えることで僧兵を鎮め、幕府支配下に組み込んだ。大岡は、「遊行じゃ、遊行、命の洗濯にな」と笑っていたが、下山させられた修験者や僧侶達の中には、幕府を快く思わぬ者達もいた。
そこで、大山監視のために、身分を隠して大岡は出向いたのであろうと、真面目な高木は考えていた。
「箱根の関所を越えるわけではない。松平某とすればよい」
家綱の偽名すら、決められぬ優柔不断な高木にしびれを切らした酒井は、叱責する。
酒井は、家綱に目通りを伝える。
「そういうわけでございまして、上様、小田原見物の際は、松平某とお名乗り頂くのがよろしいかと」
「さようか。名は余が決めれば良いのだな。家綱の一文字を取って、松平家忠とせよ」
「さすが、上様でございます」
酒井は、松平家忠を小普請の旗本とし、高木に通行手形を発行させた。
「いや、小普請では何かあった時に障りがあろう」
松平家忠は、大老預かりの旗本となった。
酒井は、高木を伴うと柳生宗春の虎の門の屋敷に向かった。虎の門の屋敷では、宗家である宗冬に代わって、宗春が門弟に稽古をつけている。
宗春は、酒井から事情を聞いた父、宗冬から内々に家綱の道中警護を命じられていた。
「柳生殿、口が堅く。腕の立つ門人をご紹介いただけませぬか」
二十半ばの宗春は、柔和な顔をしている。剣客、剣豪には見えないが、家綱の信頼が厚く、宗冬の代稽古を許されていた。
「困りましたね。酒井様が仰る口の堅いは、何かあれば、口封じをしても良いものという意味でしょうか」
「まさか、そのような深い意味があるはずがない」
酒井は笑顔で否定をする。内心、若造が人の心を見透かしよると酒井は哄笑した。
「いや、失礼した」
刹那、宗春の顔が曇る。
「水野殿、井伊殿」
門弟でも腕が立ち、いざとなったら、上様のために死ねるもの。そして、酒井であっても手を出せぬ身分の高い出自のものが良い。
二人の若者に声をかけると、門弟達の稽古を早めに終わらせ、水野と井伊の二人を残し帰宅させた。将軍家剣術指南役の柳生家に通ってくるのは、家柄の良い者達ばかりである。
小姓組の水野実之、書院番の井伊典房、二人とも宗春と同い年の若者である。
屋敷内の道場には、大老酒井、大目付の高木が座っている。
水野と井伊は、二人の客に会釈した。
水野も井伊も五百石の旗本であるから、酒井らと比べれば身分は低い。しかし、本家は、酒井同様、徳川の重臣、水野家、井伊家である。
小姓組、書院番は、将軍警護も仕事である。二人とも、家綱の顔はよく知っている。
「お二方に、水野殿、井伊殿の腕前を披露してください」
柳生は将軍の剣である。門弟も、小姓組や書院番、将軍に身近なものが入門していた。
二人の稽古は、木刀であったが、宗春の剣捌きに似ていた。優しい剣だが、人を殺せる剣である。
酒井は、二人の腕前に満足すると宗春と門弟二人を自分の屋敷に招き、城に戻って行った。




