おまえも…
3分程度で読めるショートショートです。
法力僧が居た。法名を天鼓という。
三十代半ばだろうか、ほころびだらけの僧衣をまとい、首には大きな数珠を掛け、手には錫杖、頭髪も髭も伸び放題、巌の様な体躯の男である。
天鼓は今、廃墟と化した病院の中で自己の生い立ちを思い返していた。
若い頃は法力を得るため、荒行苦行に明け暮れ、ついにある朝開眼した。
迷いや恨みを残した霊を見ることができるばかりか、意志の疎通も可能になった。
そうなると霊の方も放ってはおかない。
天鼓をたぶらかし黄泉の国へ連れて行こうと、有象無象の悪霊が寄って来た。
ある時は先祖を騙り、ある時は亡き母の姿を真似て、手を変え品を変え言い寄って来る悪霊を、天鼓は法力を駆使して追い払った。
この世には悪霊怨霊がこんなにも多いのかと、驚いたものだ。
天涯孤独であった天鼓は、全国を巡る除霊行脚に出た。
天鼓は隠行にも長けていた。
令和の世、時代錯誤の出で立ちで法力僧が街を歩けば、普通は目立ってしまうものだが、隠行によって天鼓は人々に干渉される事なく旅ができた。
除霊もほとんどの場合は、印を結び真言を唱え、"気"をぶつけてやればこと足りた。
しかし何度かは強い怨霊にも出くわした。
ある時は、丸五日間、印を解くこともできず陀羅尼を唱え続け、六日目にやっと調伏したこともあった。
神経を擦り減らす戦いの末、怨霊は未練の悲鳴と、最後の一言を残し消えて行った。
「おまえも…」と。
悪霊怨霊はまだいい。
力技で押さえつけて調伏するか追い払ってしてしまえばいいのだから。
面倒なのは迷い霊の方だ。
こちらは時間をかけて説得するしかない。
特に死が突然訪れた霊は、死んだことに気付かないことが多い。
何十年もの間生前の日常を繰り返したり、失ったものを探し続けたりと、哀れこの上ない。
眠らず飲まず食わずで何年も同じ事を繰り返していても、宙に浮いたり壁を通り抜けたりしても疑問を抱かず、指摘されて初めて気付く。
自分の位牌や墓を見て、肉親が健在ならその生活を見て、自分が既にこの世の者ではないことを十分に納得して初めて成仏するのである。
天鼓はこれまでに関わった霊の多くが、消える時、または成仏する時に決まった言葉を残すことに疑問を感じていた。
「おまえも…」
まあ、場合によっては「あなたも…」だったり「貴様も…」だったり「貴殿も…」だったりはするのだが。
「思わせぶりな言葉だ。後に続く言葉は気になるが、気にしてもしかたあるまい。」
ボソリとつぶやいた天鼓は、次の瞬間部屋の角に鋭い視線を向け、法力を篭めた声で言い放った。
「待ちかねたぞ。」
そこに現れたのは、この廃病院の取り壊しを邪魔する若い女性の霊だった。
天鼓の目は生者と死者とを一瞬で明確に区別する。
「死にたくなかった、もっともっと生きたかった、なのにあの医者は私を殺したぁ~!」
女の霊は凄い形相で叫んだ。
医療ミスかなにかで死んだ女が地縛霊となった後、医者を怨むあまり怨霊と化してしまった様だ。
もはや説得で浄化できるレベルではないので、天鼓は真言と"気"で除霊することにした。
あっけなく除霊は終わったが、消え行く怨霊がまたもやあの言葉を言い残した。
「おまえも…」
「おまえ、とは拙僧のことを指すのであろうが、何を言わんとしたのであろう?」
その時天鼓は、目の端に動く影に気付きそちらへ向き直った。
それは姿見に写った天鼓自身であった。
天鼓の目は生者と死者とを一瞬で明確に区別する。
「拙僧も…」
その一言を残し、天鼓は成仏した。
修行僧天鼓、山中にて修行中の元慶某年某月某日未明、野宿中を山賊に襲われ死去。
(了)




