模擬死闘 その1
今、私は時雨さんと殺し合いをしている。
いや、殺し合いというには少し語弊があるだろう。
正確には、幻影の中での殺し合いだ。
痛みはあるし、息も上がる。
疲労も確かに蓄積していく。
けれど、どれだけ斬られても、貫かれても、実際に死ぬことはない。
幻理さんの固有魔法――幻影魔法。
その応用によって作られた閉じた戦場で、私と時雨さんは向かい合っている。
これは訓練だ。
頭では理解している。
それでも、放たれた魔法は本物の殺意を帯びているし、
こちらもまた、躊躇すれば確実に『殺される』という感覚は、本物だった。
幻は、嘘ではない。
死なない。だが、“死ぬ”。
だから体は、本気で生き延びようとする。
これは、今までの模擬戦ではない。
本当の死闘だった。
この死闘に至るまでの、経緯は少し時を遡る。
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異形の強魔級との戦いから、少し経った頃のことだ。
腕の経過観察を凝子さんに見せるため、私は古びた図書館へ赴いていた。
書架の影で、幻理さんがふと口を開く。
「そういえば、時雨。お前は詩織に本気の戦闘をさせたことあるんかい?」
「いや、まだだな。そろそろさせた方が良いと思うか?」
「本気の戦闘?」
魔物との戦闘ではなくて?
そう聞き返した声が、思ったよりも乾いていた。
「魔物じゃない、本当の殺し合い。
魔法使いなら、まぁたまにあることだからね。」
「師匠が居るなら、幻影で一度死んでみるのも、悪くない経験だと思いますよ。
“理”を知るなら、踏み込まないと。」
「じゃぁ、幻理。頼めるか?」
「痛覚はどうするんだい?
……いや、現実と同じでやらなきゃ意味がないか。
で、何回だい?」
「10……いや、初めてだから3回で十分だろう。」
「場所は広場か……いや、市街地の方が現実味があるか。
時雨、場所は市街地での遭遇戦で行くよ。」
「分かった、詩織もいいな?」
時雨さんが、こちらを見る。
……いや、これは確定事項だろう。
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そして、現在に至る。
たぶん、もう5回は殺された。
確証はない。
気が付いたら視点が切り替わったときは、死んでいたのだろう。
魔法を展開しようとして、なぜか失敗して消し飛ぶ。
あるいは――
時雨さんの攻撃術式が、私の障壁を避けるような動きをして、殺される。
私が放った魔法は、時雨さんに届く前に解かれる。
私の魔法が、”否定”されているような感覚。
自分が、削られるような感覚。
「そろそろ、分かってきたか?
これが魔法使いの戦闘だ。」
「魔法は理を誤認させて発動する。
だから、上書きされた瞬間、“無かったこと”になる。」
「これは、教えても出来ることじゃない。
だから、死ぬ気で覚えろ。」




