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「完全消滅ですかぁ。
まぁ、私の得意分野ですね。」
凝子さんは、焼け焦げた空気の中で、息苦しさなど微塵も感じさせず、何処か愉快そうに言う。
再生を始めた異形を見据え、体を中心に渦巻く魔力だけが、静かに天へと上がる。
「完全消滅……良いですねぇ。
とても単純で、普通には難しい。」
くるりくるり。
踊るように身を廻す。その軌道に合わせ、上へと術式が浮かび上がる。
天を覆いつくすほどの、膨大な術式群。
円形の魔法陣。歪んだ多角形の魔法陣。常に形を変え、脈動し続ける魔法陣。
どこかで見たような形式もあれば、私には知らない術式まで。
まるで、山頂で見た星空の様に、数多の輝きが重なり、連なっていく。
乱雑なようで、決して乱れていない。
全てが重なり合い、同じ方向へと向かう。
「単純なのに難しい。とても楽しいですよねぇ。
壊す術の中でも、最後に残る”形”ですから。」
緩やかに踊るように、ゆらり、ゆらりと韻を踏む。
その声は淡々と響いて消える。
楽しげでありながら、表情に陰影はなく。
術式群は、異形を囲む円環となり、天上から大地にかけて幾重にも縫い付ける。
魔法陣が重なり合い、共鳴し、やがて星辰へと至る。
背筋に寒気が走った。
威圧でも圧迫感でもない。
”理”が、他者の意志で書き換えられる感覚があった。
幻理さんが防御術式を次々に重ね掛け、舌打ちをする。
「バカ弟子め……本気でやるつもりかい。
術式の密度が常軌を逸しているよ。」
「やるに決まってるじゃないですか。単純ゆえに、緻密に描かないと。
此処で雑にやれば、世界が負けますよね?
──それは、嫌ですよ。こんなことで、この世界を壊したくはありませんし。」
舞は止まらない。足捌きがより細かく、足音を淡々と刻む。
魔法陣はさらに緻密になり。円環が重なり、多角形が入り組む。
文様の様な文字が蠢き、音には聞こえない軋みが世界を震わす。
そして、静寂ののち──星辰が揃う。
異形が、世界が、理が、悲鳴を上げる。
声にならない悲鳴が、音ですらない悲鳴が、世界にこだまする。
異形の周囲から、漂白が始まる。
初めから其処に、何も無かったかのように。
丸く、空間が切り抜かれたかのように、ただ白く。
存在という情報が、薄紙を剥ぐように上書きされていく。
白が反転し、深い黒へと沈む。
水に落ちた石の様な、あるいは巨大な海獣が獲物を飲み込んだかのような音が響き、
異形そのものが、この世から”削除”された。
汗一つ掻かずに、見つめる凝子さんの横顔は。
ぞっとするほど、綺麗で、そして不気味だった。




