未知
何回、やつを殺しただろうか。
指折り数えても意味はない。ただ、異形を焼き、裂いて砕く、そしてまた立ち上がられる。
その繰り返しが、思考を摩耗させる。
顔は3つに増えた。腕は3対。
元々、少々異形の獣だったはずだが、目の前にいるのは、まるで人を捨てた異形だった。
思えば、最初に見た時にはすでに、1回再誕していたのだろう。
「まるで、阿修羅だな……」
呟く言葉が、酷く他人事に聞こえた。
自分の体を見れば、焼け焦げた布切れが辛うじて服を保ち、皮膚には赤黒く爛れ、
動くたびに痛みより”熱”が散る。
限界はすでに超えている。
だが、やつの底もそろそろ見えてきた。
”完全消滅”魔力の一片も残さない。
それこそ、現状考えうる最善の一手だろう。
実に、わかり易くて助かる。
問題は、どうやって行動に移すかだ。
俺の使う魔法でやろうにも、魔力が底を尽き始めている。
――いや、魔力以外から魔法を出す術は知っている。
封理派の魔法。
自分自身の”理”を崩し、その反動を利用する。
訓練しなければ、まともに扱うことさえ難しい。
これで、消滅しきれる保証はない。
それでも、情報は多い方が良い。
消滅したなら、それでいい。
出来なくても、時間は稼げる。
障壁を前方へと幾重にも重ねる。
喉へ、僅かな魔力を集中させる。
声に魔力を。
魔力を震わせろ。
左手を異形へと向ける。
≪輪廻を塞ぎ
理崩して、また創る
歪めた因果は、我が身へ還る。≫
【封理式・虚影 崩し】
黒と白の光の奔流が、手を崩しながら
異形へと迫る。
異形の障壁を崩しながら飲み込んでいく。
思ったより、この魔法の扱いが苦手だったようだ。
異形の大部分を消滅させたが、完全消滅は出来なかったようだ。
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幻理さんと凝子さんを連れて、時雨さんの元へと急ぐ。
「詩織、飛ばし過ぎだよ。
あいつ――時雨はそう簡単にはやられやしないさ。」
「でも、魔物が復活なんて……」
「どこまで復活するんでしょうかねぇ。楽しみですねぇ。
際限なく復活なんて、ありえないでしょうし、回数制限があるのか。
はたまた、完全消滅させないと復活する可能性もあるんでしょうかねぇ。」
凝子さんは、気楽に考察をしゃべっているが、目だけはまっすぐ前を見ていた。
まだ、魔力の光が漏れ出る戦場へと。
かつてより広く抉られた広場。その中心で、足だけを残し、再生を始めている異形
そして、左腕の大部分がノイズ化している時雨さんが、それに向かっている。
「あぁ、封理派の魔法、使いましたか。」
凝子さん、壊れた玩具でも見るような声色で肩をすくめる。
「あれ、直すの面倒なんですよね。」
「時雨さん!」
走り寄るほど、痛ましい姿が目に入る。焼けた皮膚、裂けた肉、焦げた魔力の匂い。
それでも、時雨さんは異形の正面に立ち続けていた。
「まだ立っている方が、不思議なもんだ。」
幻理さんが、過去の誰かを思い出すかのようにため息をつく。
「なぜ、あんたら師弟は、こうしてまで戦うのやら。」
再生を続ける異形は、骨の様な構造物を乱雑に伸ばし、肉を付ける。
何か、別の存在へと”組み替えるような不気味さを放ちながら。
ノイズの走る腕を異形へと向けたまま、ひどく澄み切った顔をしている。
痛みも、疲労も表情から抜け落ちている。
「……あった。」
鼓動を数えるように、静かなつぶやき。
しかし、その一言だけが、異様に鮮やかだった。
「ついに……見つけた……!」
口元の血を無視するかのように、笑う。
「既知ではない……俺のだ。」
何処か遠くを、此処ではない”何処か”を視ている。
「俺が見つけた……、俺だけの未知だ。
誰の記録にもない!”本物”の未知が……ついに俺の前に現れた!」
足は震え、血は止めどなく流れている。
それでも、声の高ぶりは止まらない。
「世界は狭く!天は遠かった!
それでも……、ようやくだ……!
なぞった既知ではない!
俺は……ようやく……本当の”探究”を……始められる!」
博物館で遺物を見た、学者の目ではなく。
宝を掘り当てた、冒険者の目でもない。
もっと単純な、最も危うい、純粋な“嬉しさ”。
その熱が体を、辛うじて動かしていた。
「あぁ――一つ伝える。」
声が落ち、体がふらついている。
「”完全消滅”これが答えだ……。」
そこで、糸が切れるように崩れ落ちた。
「気絶しましたか。
とんでもない不発弾を残しましたねぇ。」
凝子さんは嬉しそうに。
「誰がここまで、戦えと頼んだのかねぇ。」
幻理さんは呆れを見せて。
再生が終わる異形へと立ち向かう。
封理派の魔法
封理派が主に使用する魔法群
理を守るために、理を壊す術を知った。




