知恵の闘争
「離れろ!まだ終わっていない!」
時雨さんの怒声が聞こえる。
視界の端、歪に再生する”それ”。
「再生……いや、再誕か。」
時雨さんの焦りにも似た声が響く。
形造られる異形は、もはや獣でもなく、人にも似ていない。
2対の腕、歪んだ両足、長い尾の様な器官。
皮膚はノイズのように質感を変え、顔らしきところは無貌。
無機質な”何か”がこちらを覗く。
「詩織は、魔法少女を連れて幻理の所へ!此処は、俺が抑える!」
鋭く時雨さんの指示が飛ぶ。
逃げる選択肢を取るべきなのは分かる。
それでも、二人で立ち向かった方が勝算はあるのではと思い、時雨さんを見る。
時雨さんは一瞬だけこちらに視線を寄越し、短く言い切る。
「お前ひとりより、あいつらが来た方が勝算が高い。いけ!」
「魔法少女は、最悪捨てていっても構わん!
大事なのは情報だ。」
私は、まだ息のある子を抱え、背を反らすように空へ翔る。
背後で魔力が吹き荒れるのを感じながら、振り返れば――黒い塊は蠢き、再び姿を変え始めていた。
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詩織は行ったか――
目の前の異形、確実に仕留めたと思った。
だが、平然と再生してみせた。
今まで一度も見たことのない挙動だ。
興味深い。
ただし、脅威度の測定ができない。
再生に上限はあるのか。
どこまで破壊すれば“死”に至るのか。
不用意に切断すれば、分裂して増える可能性もある。
攻撃を学習し、対策する“知性”を持っているのかもしれない。
想定はいくらでもできる。
だが、答えは観測しなければ得られない。
ならば――試すだけだ。
異形”爪”が視界を裂き、目の前へと迫る。
防御術式を展開。
火花のように魔力が弾け、わずかの拮抗。
それでもじりじりと押される。
さっきまでとは比べものにならない膂力だ。
再生の度に強化される――その可能性が濃くなる。
防御術式を自ら解き、即座に攻撃術式を多重展開する。
点では足りない。
面で押し潰し、まずは動きを鈍らせる。
魔力が唸るように、形作り放たれる。
着弾の前、予想外の光景が視界に入る。
魔物が、防御術式を使用した。
――ありえない。
今まで、術式など使用した例は知らない。
着弾と共に、異形の作り出した障壁は破られた。
しかし、それは重要ではない。
魔物が、術式を使うことが無いと信じられていた存在が、
術式を使った。
口角が上がる。
まだ、知らない事があった。
まだ、知られていない事があった。
だが、此処で仕留めなければならない理由にもなった。
無意識的に脅威度が上がっていくのが分かる。
魔物に情報伝達があるのかも知らない。
この個体だけの異常進化かも知れない。
考察は後だ。
生き延びて、その後にすればいい。
異形のちぎれた腕が、断面を蠢かせて形造る。
魔力でも肉でもない。
存在を上書きするかのような再構築。
攻撃術式を最小構成で創る。
火力でも技巧でもない。
”速度”のみに寄せた構成。
学び、術式を真似するならそれよりも早く切り替えればいい。
再生をするのならば、再生する暇を与えなければいい。
単純な答えだ。此処では残酷なほどに効果的だ。
「さぁ。進化して見せろ、出来るのならば。」
異形の方が、先ほどよりも正確に突っ込んでくる。
瞬きの前より、僅かに速い。僅かに賢い。
僅かに、強い。
それでも、俺の展開の方が、速い。
剝き出しの魔力が、弾け、衝突し、空を焼く。
術式が発動するよりも前に、次を創る。そして壊される。
異形の動きが、僅かに鈍り始める。
攻撃密度が、異形の観測と再生を上回る。
勝利条件は、増援が来るまでの時間稼ぎ。
それは理解している。
だが、火花散る中、俺は、嗤う。
未知との遭遇。
予測できない進化。
術式を扱う魔物という”新たな存在”
――研究者として、魔法使いとして、師として、
ここまで来て、退く理由がどこにある。
「――一人で倒しきった方が、恰好がつく。」




