魔法使い
地面に座る私の目の前で、時雨さんは防御術式の膜を静かにたたんだ。
少しの沈黙の後、思い切って尋ねた。
「あの、時雨さんと幻理さんって、どんな関係なんですか?」
時雨さんは「また厄介なところを突く」とでも言いたげに目を細める。
だが否定はされず、わずかに間を置いて、ため息をついた。
「簡単に言えば、ただの研究仲間だ。
同じものを知ろうとするだけの間柄だよ。
あいつは研究が得意で、俺は戦闘が得意だから、実地データを取ってこれる。」
そう言い残し立ち去ろうとした時、ふと何かを思い出したかのように振り返る。
「そういえば、魔法使いの目的について話していなかったな。」
確かに研究をしている程度のことしか聞いたことがなかった。
知らないことを知り始めていたけれど、最も身近な“知らない”を見落としていた。
「確かに、魔法使いって何なんですか?
魔法少女みたいに平和を守っているとか……?」
軽く聞いてみたが、時雨さんは少し苦笑し、首を振る。
「それは半分正解で、半分不正解だな。
魔法使いは平和を守ることが使命ではない。」
「魔法使いの不変の使命は、”終末”の回避、あるいは阻止だ。」
「終末…って、あの、もしかしたら今後出るかもしれないって仮定されている等級の…?」
教本で一度だけ見た“終末級”。机上の空論のような存在だと思っていた。
「いや、確実に過去にあった。そして次も必ず来る。」
淡々と、しかし噛みしめるように時雨がつぶやく。
「ノアの箱舟の話、知ってるか?」
ノアの箱舟…大洪水から生き残るために作られた船の話だろうか。
「俺たち魔法使いは、実際に出現した終末級の記録だと考えている。
他にもラグナロクや空白の4世紀も、終末級の痕跡だと見なしている。」
終末級…仮説の話だと思っていたけれど、実際に起きたことだったとは。
「だから、魔法使いは、若い者も、最古の者も、皆終末に備える。
次こそは阻止するために。」
「次こそは……?」
阻止できたことはないのだろうか。
「今までは先延ばしにしていただけのようなものだ。
あるいは、たまたま生き残ったと言ってもいい。
俺たちは、理を繋げていく。だから終末を乗り越えなければならない。」
「一部の魔法使いは、終末を乗り越えるのではなく、理だけでも次に託そうと考えている。
それが封理派だ。あいつらは、自らを箱舟として、理を次の世界で芽吹かせる種となろうとしている。」
封理派…あのスライムと取り巻きのことだろうか。
「あいつらは今の世界にはあまり興味がない。
理を次に託せれば、それで使命は達成したと考えているからな。」
「それは、諦めではなく最後の砦としての自覚があるからだ。
まぁ、そのせいで今の人類が多少減ったところで気にしないような、
頭のねじが飛んでる連中ではあるがな。」
少し冗談交じりに、時雨は言葉を締める。
「詩織、お前がどんな魔法を使いたいかは知らないが、
お前もすでに魔法使いの末席に加わり始めている。
自覚を持てとも、使命感を持てとも言わないが、
いずれにしても、決断しなければいけない時が来る。」




