模擬戦、そして空
風を掴めるようになってから、私は浮かぶ練習ばかりしている。
空の上で、風に身を預けて揺れる。まるで雲の一部になったみたいで、最初のうちは胸が高鳴っていた。
けれど、そろそろ飽きてきた。
体を支える風の手触りも、空から見下ろす景色も、毎日同じ。
よくない感情だと分かっている。
でも、魔災庁にいた頃――数日おきに事件があって、常にどこかが焦げ臭かったあの頃――に比べれば、これはあまりに静かで、退屈な日々だ。
平和な日常。
そんなことを考えていたら、下から手招きする気配がした。
時雨さんだ。降りてこいと言っている。
地面に足をつけると、彼はにやりと悪だくみの顔をした。
「ここらで、ちょっと“遊ぼう”か」
その一言で、空気が変わった。
魔力の流れが、時雨さんと私のあいだで揺れる。まるで水面がさざめくみたいに。
「何を――」
問い切る前に、体が勝手に動いた。
横へ跳ぶ。避ける。
次の瞬間、淡い光が私のいた場所をえぐるように通り過ぎた。
「模擬戦だよ。
今の自分がどこまでできるか、確かめようか」
淡々と、それでいてどこか楽しげに告げられる。
その声が合図だった。
魔力の流れが一気に動き出す。
風が騒ぐ。胸がざわつく。
久しぶりに、日常が息を吹き返した気がした。
前までの私なら、ただ避けることだけに集中していただろう。
でも今の私は知っている。
術式に別の魔力が混ざれば、不発になるということを。
防御はまだ習っていない。
けれど、防ぐ方法はある。
ならば――攻撃術式を複数、同時に展開する。
狙うのは本体ではなく、魔力が大きく動いている“あの空間”。
確かにこれは、遊びだ。
動きが読める。読ませてくれている。
体に風を纏わせ、体を軽くする。
浮かぶだけ、跳ぶだけだったときより、少しだけ自由に動ける。
――ここで少し魔力を噴出させれば、もっと動ける。
でも、できるかどうかは分からない。
「よく考えろ。どうすればうまく動けるか。」
時雨さんの声が、静かな命令のように背中を押した。
的当てのように魔法を放つ。
足から魔力を少量出して加速させる。
空へと舞う。
魔力と風を体に纏わせ、空へと舞う。
「ほぉ、初めての飛行にしては悪くない。
だが集中しすぎだ、未熟者。」
体を掠めるように淡い光が過ぎ去る。
流れが乱される。
風が割れ、耳鳴りが響く。
魔力の膜が引き裂かれたかのような感覚。
天地が裏返る。
立て直そうと動きを止める。
「止まるな。乱れても流れだ、動き続けろ。
状況は待ってくれないぞ。」
さらに魔法が掠める。
いつものように、風を掴む。
ちょっとした感覚、それだけで体が驚くほど安定した。
「それでいい。
――だが少し、遅かったな。」
時雨さんの言葉を聞き終わるよりも先に
地面にダイブした。
尻もちをついた私を見下ろしながら、時雨さんは肩をすくめた。
「まあ、初日はこんなもんだろう。死ななかっただけで合格点だ」
その言葉に、悔しさより先に笑いがこみ上げた。




