閑話 根本と坂本 -side ハナ-
「中根さん、ちょっといい?」
「…どうしたの?坂本くん」
昼休み、廊下で珍しい人に声をかけられた。
坂本くんこと、坂本伊吹は、愛と仲良いから会話することもあるが、ハナ1人でいるときに雑談するほどの仲ではない。
「今日愛ちゃんって」
「休むって。詳しくは聞いてないけど。」
「そう」
「…なんかあった?」
「いや」
にこやかで好意的には見えるが、ハナからすると、伊吹はやけに大人びていて何を考えているかわからなくて苦手だ。
だが、そのミステリアスさが人を惹きつけている感じもある。
愛と話しているときだけは、年相応に見えるのだが。
愛は自分の好きなことを好きに話しているようでいて、愛の方が伊吹のその僅かな表情や声音の変化で心の機微を拾っているのだろう。
「訊き方変えるわ。愛に何した?」
愛が懐いていても、愛を傷つける人なら距離を取らせなければいけない。そんな使命感すら抱いている。
ハナは腕を組んで睨むように見上げるが、伊吹は苦笑いで肩を竦める。
「何も。告白しただけだよ。」
「へえ」
ケロリと口に出すそれは、付き合うにしては喜びは感じられないし、振られたにしては落ち込んでも感じられない。
「意外。坂本くんはもっと囲い込んでから告白する人かと思ってた」
「はは、何、囲い込むって。」
「外堀埋めて丸呑みにするタイプっていうか」
「人を蛇みたいに言わないでくれる?」
「どっちかというと食虫植物のイメージね」
「褒めてる?ありがとう」
「嫌味なんだけど」
「そう」
転校が多かったらしい。
人当たりのよさと、広く浅く当たり障りのない人間関係を築くのが上手いのはその経験の賜物か。
愛を交えてそれなりに話しているし、質問には答えるのに、その瞳の奥に潜む本心がなかなか掴めない。
クラスには馴染んでいるが、ハナが未だに“中根さん”であるように、愛以外に伊吹が名前で呼ぶ相手も恐らくほとんどいない。
「付き合ってるのか訊かれても、否定しないんでしょ?付き合ってると思ってる人も多いんじゃない?なに、虫除けのつもり?」
「さあ。嘘は言ってない筈だよ。それが本当なら誰かの勘違いじゃないかな」
よく言う。
これをサラリだ。
にこやかに人畜無害そうな顔をして、獲物が来るのを待っているような。
「はぁ。それで?そんな坂本くんが愛に告白したって?」
「つい、ね」
つい、何をしたのだ。
「そんな睨まないでよ。指一本触れてない。泣いて逃げられただけ。慰めて欲しいくらい」
「それは…ご愁傷様?」
その場に居合わせたかのように想像できてしまった。
伊吹もわかっていたんじゃないかと思う。愛が驚いて戸惑うことくらい。
応えられるほど、自分の感情がわかっていないだろうことも。
それでも告白した、と。
「その反応、本当に愛ちゃんから何も聞いてないんだ。」
「昨日から会ってないからねーあの子メッセージしないし」
「そう…」
愛と伊吹は、お互いの大事な領域に入ることを許しているような感覚になることがある。
好きな人はとことん好きなのに、なかなか人に心を開かない愛。
表面上穏やかな人間関係を築いているのに、ある程度より内側には踏み込ませない伊吹。
臆病というか、排他的というか。
バランスがいいようでとても危うくて。
だからこそ、すぐに2人がどうこうなるとは思っていなかったのだが。
「中根さんに折り入ってお願いがあるんだけど、愛ちゃんの家教えてもらえないかな?」
「あー、うーん、そうなるわよね?」
「行かないと、いつまで経っても学校来ないんじゃない?」
「それは…たぶんそうね…」
ハナはしばらく考えた末、
「あー…私も行くから放課後待ってて」
折衷案を出した。
◇◆◇
「こんにちはー!ハナちゃんと…愛のお友達?」
インターホンを鳴らすと、愛の姉の麗が出てきた。
すっぴん部屋着でも美しい。
「クラスメイトの坂本伊吹です。愛さんにはいつもお世話になってます。」
丁寧にお辞儀をする伊吹。
弓道部主将は伊達じゃないらしい。
「ああ!噂の“イブキくん”!ね!」
麗は好奇心を隠しもせずに、伊吹を見つめる。
伊吹はそんな視線を特に気に留めた様子もない。
「愛の姉の麗でーす。愛がお世話になってるんでしょ?いつも仲良くしてくれてありがとうねー」
ヒラヒラと手を振る麗。
「わざわざ来てくれたのにごめんねー?愛、今スペイン行ってて」
「スペイン…ですか…」
突拍子のなさに頭が痛くなる。
隣にいる伊吹も流石に唖然としている。
会いたくないと言われることは想定していても、まさか昨日の今日で海外とは。
「父が海外赴任中なんだけど、遊びに行く母に着いていくって急にね。夏休み中には帰って来るんじゃないかな。」
「そうですか…」
「えーなになに?訳アリってこと?」
ずいっと麗が伊吹に詰め寄る。ほぼ、好奇心だけで。
「お姉さんに聞かせてごらん?力になってあげるよ?」
「…麗さん、楽しんでるでしょ」
「それはもう!!!だって“あの愛”の、男友達でしょー??ハナちゃんときよ以外の友達だってレアなのに」
愛と全然タイプが違くて驚いている伊吹。
澤村姉妹は3人とも全くタイプが違う。
長女麗は明るく人気者、次女優は冷静で面倒見がよく、末っ子愛はマイペース。
愛からこの姉は到底想像できないだろう。
「いえ、少し話したいことがあっただけなので、出直します」
この、どんな人でも魅了する美女を前にしても揺るがないところが、ハナが伊吹を多少なりとも信頼している点ではある。
「帰って来る飛行機わかったらご連絡いただけませんか?」
「いいよー」
「お願いします」
麗と連絡先を交換して、伊吹は丁寧にお辞儀して帰っていった。
「中根さん、付き合ってくれてありがとう」
いつもの愛想のいい笑みでハナにもお礼を言って。
凹んでいるのだろうか。
いやきっと凹んでいるのだろうが、ハナにはそれがわからない。
せっかく来てくれたからと、麗はハナをリビングに通して、お菓子とお茶を出してくれた。
「イブキくん、ガード固いね?よかったらお茶でもーって言えなかった。」
「誘う気はあったんですか」
「ありまくり。愛が仲良くなる人って未知数すぎて興味ある」
「そうですか…」
「それにしてもいがーい!」
「何が?」
「堅実な高嶺の花タイプの和風美形ねー!やるじゃん愛。」
さすがは麗。分析が的確だ。
「もっと地味で真面目な感じか、デロッデロに愛に甘いかどっちかかと思った」
「や…だいぶ甘いですけどね、愛にだけ。」
「想像できなーい。昨日あの子塞ぎ込んでたけど、イブキくん絡みってこと?」
「ああ、まあ…」
「告白されてびっくりして逃げたとかそういう感じ?」
…さすが麗。
「愛もいつまでも逃げてちゃダメだよねー」
はあーとため息をついて、麗はケーキをもぐもぐと食べている。
ほーんと、美人さん。
愛と似ているような、いないような。
「ハナちゃん、きよとはどうなの??」
「どうも何も。変わりないですよ。」
「いいねーラブラブで!」
「……っ!麗さんは彼氏とどうなんですか!?」
「えー別れたよあんなの」
「はや…」
小さい頃から知ってるだけあって、ハナと清嗣の話を根掘り葉掘り聞き、麗の元カレの面白おかしく話す愚痴を聞いたのだった。




