中2 何も聞こえなかった
愛は初対面の人が苦手だ。
麗のように誰とでもすぐに友達になって常に友達に囲まれているなんて夢のまた夢だし、だからって優のように当たり障りなく微笑み返すこともできない。
相手が自分より大人なら目をかけてもらえることも多いのだが、同い年となると上手く付き合えない。
幼稚園の頃から、友達と外を駆け回るタイプではなかった。家にあるキーボードが大のお気に入りでずっとキーボードで遊んでいると、昔ピアノを習っていた母が曲を教えてくれてずっと弾いていた。そんなに好きならとピアノを習わせてくれた。文字よりも音符が読める方が早かった。ずっとピアノだけだった。
それでも、人が嫌いだったわけじゃない。多くはなくても友達はいたし、近くの席の子と話をすることもあった。
中学生の、清嗣とも同じクラスでよく一緒にいる頃だった。
放課後だったと思う。ハナや清嗣の友達も含めて何人かで喋っていて、清嗣は数人の男友達と連れ立ち、ハナは先生に呼ばれていたとかで職員室に行った。
みんながいなくなるとそれまで一緒に話していた女の子が愛の目の前に立った。たまに清嗣と連んでいる子だ。何かをした覚えはないしあまり喋ったこともないはずなのに、睨まれているような気がして愛が少し苦手意識を抱いていた子だった。
彼女は強気な瞳を愛に真っ直ぐ向けた。
「愛ちゃん、ちょっと話があるの」
「なあに?」
「なあにじゃないわよ。用件くらいわかってるでしょ?清嗣くんのことよ」
「きよくんがどうかしたの?」
やはり、睨まれている、と思う。
いつも清嗣たちと話しているときより言い方もキツい。
「どうかしたって?調子に乗らないで!清嗣くんは誰にでも優しいのよ」
「……うん?優しいよねえ」
「……ハッキリ言わないとわからない?そこまで頭悪いと思わなかった」
彼女の言わんとすることがまるでわからなくて愛は首を傾げる。愛を可愛いと言ってみたり調子に乗るなと言ってみたり、清嗣を優しいと言ってみたり。
ヒステリー気味に言われても凄まれても、それが愛にとっての精いっぱいだった。
「私は清嗣くんが好きなの。」
「そうなの?」
「そうなの。だからベタベタされるとウザいのよね。あんたホント邪魔。離れてくれない?」
男の子に色目を使うなと言いがかりをつけられるのと同じだということに愛はここでようやく気が付いた。
でも清嗣は友達だ。喋ったこともない男の子じゃない。愛にとってはハナと同じだ。
ベタベタと言われても、抱きついたわけでもないしお喋りをしているだけだ。清嗣とハナと、何が違う?
「邪魔?友達と仲良くしたらダメなの?」
「友達なら友達らしく付き合いなさいって言ってるの!近くに他の女にベッタリくっついていられたら、見てもらえないじゃない!」
苛立ちはあった。
だからって怒らせるつもりじゃなかった。
強気に言い返せないなら、上手くいなせないなら、とりあえず頷けばよかったのだ。
「ほんとうに好きな人なら、周りに誰がいても好きになるんじゃないかなあ」
ただ思ったことがそのまま言葉になっただけで。
その子の手が持ち上げられたのを見て、よくわからないまま弾けるような音がして、視界がグリンと変わってジンジンと頬が痛い。
「勘違いしないで!アンタなんかちょっと顔が可愛いだけで!誰も本気で好きになるわけないから!」
その子は、泣いていた。
愛は痛みで左目から涙がポロポロと出てきた。
何も聞こえなかった。
肩を痛いくらいに掴まれて、彼女の口は動いていたけれど。
職員室から戻って来たハナが慌てて彼女を愛から引き剥がして、ハナと少し話してから、彼女はいなくなった。
何も言えずに俯いてハナに手を引かれて愛は家まで帰った。ハナはお母さんに事情を全部話してくれたらしかった。
しばらく、学校には行かなかった。
元々、皆勤賞を目指していた麗や真面目な優のように、欠席が少ないわけじゃなかった。
お母さんに連れられてコンサートに遠くまで行くこともあれば、ピアノの先生にいろいろなところに連れて行ってもらうこともあったし、ただ部屋に引きこもっているだけのこともあった。
これまでだって、優が手を引いて学校に連れて行かなければ、ハナが毎朝一緒に行こうと迎えに来なければ、愛は間違いなく完全に不登校児だっただろう。
どれくらい学校に行かなかったか定かでないが、ある朝清嗣が部屋まで愛を迎えにきた。
「愛。あーい。」
「………」
「あいあい」
「お猿さんじゃないよ」
「うん、お猿さんじゃないんだから学校行こう」
「やだ」
「いつになったら行く?」
「行かない」
そんな押し問答を繰り返す。
結局、清嗣が愛を説き伏せて、登校することになった。
「着替えて来い。リビングで待ってるから。朝ごはんはフレンチトーストだってよ。好きだろ?」
押し切られて、学校まで引っ張って行かれた。
愛を叩いたあの子は、清嗣から離れられないことには何も言わず、愛に謝罪してきた。
その日は、びっくりするくらい何事もなく終わった。
同い年なのに、兄みたいだ。
ずっとその背中を追いかけて、転んだら手を引いてくれて、文句言いつつも面倒を見てくれる。
愛はずっとそんな清嗣が大好きだった。
でも、一緒にいるのが怖くもなった。




