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中3 口に出して聞いたら



合唱部の先生といろいろ話していたら遅くなってしまった。

駐輪場の前を通り過ぎると、はしっこの石段に座る人がいた。


ボーっと足元を見つめて、何か考え込んでいるように見える。


「伊吹くん」

「…愛ちゃん」


声をかけると、思い詰めた表情を一瞬で消して、笑みを浮かべた。


「今帰り?」


愛は問いには答えず、伊吹の両頬に手を添えて、上を向かせた。


「…愛ちゃん?」


座ったまま愛に見下ろされる伊吹は、困惑している。


「どうしたの?」

「いや、どうしたのって、こっちのセリフ…」

「しんどいって顔してる」


伊吹の笑顔が強張り、整った顔がゆがむ。


「どこか痛い?」

「べつに?どこも…」


愛が添えた手から逃れるように、伊吹はフイと顔を逸らした。


虫の音が、風に揺られてチリンチリンと大合唱している。


取り繕いもせず、この場から逃げもしない。

たぶん、この人は、泣きたくても泣けない人だ。


「じゃあ」


ストンとしゃがみ込んで、伊吹を見上げる。

顔を覗き込んでも、目を伏せてしまっていて、感情の色は見えない。


「心が怪我した?」


そっと、伊吹の左胸に手を当てて言うと、伊吹は痛そうに顔をゆがめた。


それは、擦りむいた膝を触ってしまったときみたいな。


「よしよし、痛かったね」


愛は、慈しむように、少しでも傷が癒えるように、心臓の上をゆっくり撫ぜた。


伊吹は何も言わないが、突っぱねもしなかった。

口に出さないということは、話したくないんだろう。


冷たい刃みたいなのに、何重もの布に包んで、外には絶対向けない。

外に向けないから、傷つくのは、いつも、内側の、誰からも見えないやわらかいところ。


部活で上手くいかなかった?友達に何か言われた?パパママと喧嘩した?


口に出して聞いたら、今ここにある感情が弾けて消えてなくなってしまいそうで。


大丈夫だよって、笑顔で距離をつくって、慰めさせてもくれない。


ここまで弱ってても、弱音を吐き出してもくれない人だから。


どれくらいそうしていただろう。


「まだ残ってるのか。校門閉めるから帰れよー」

「はーい」


先生に声をかけられて、愛は伊吹の手を引いて校門に向かった。


「肉まん食べて帰ろ?この前当たったクーポンあるの。ね?夜ご飯食べられなくなるから、半分こ」

「あー…」

「えっと、遠回りになるけど、学校の前のとこじゃなくて、あっちのコンビニ寄っていい?」

「ん」


コンビニで肉まんを買って、駐車場のはしっこで肉まんを半分にして分けた。半分に分けて、ちょっとだけ大きい方を伊吹に差し出した。


「あつつ」


愛が熱くてはふはふしているのに、伊吹はあっという間に食べ終えていた。


愛が食べ終わるのを待ったかのように、ゆっくり息を吐いて伊吹が口を開いた。


「愛ちゃん」

「うん?」

「今日あった…いや、今日じゃなくてもいいんだけど」


伊吹は一回首を振った。


「最近あった、楽しい話してくれる?」

「楽しい話?」

「なんか…秋なのにたんぽぽ咲いてたとか、仔猫が可愛かったとか、そういう和むやつ」

「え?えーー、今日はねえ、オレンジ色の綺麗な落ち葉を見つけました!ハート型の穴空いてて可愛かった!」

「あーそういうやつ」

「これ和むの?」

「和む。」


前髪をくしゃっと掻き上げながら、伊吹は頷いた。


つらつら話してみるものの、伊吹がどんな気持ちなのか、まるでわからない。


「えーと、あとはねぇ」


話していたら、乗ってきてしまった。


「あ、ひとつ、悲しい話もしていい?」

「どうぞ?」

「今日のお弁当に入ってたさやえんどうに」

「うん」

「イモムシの赤ちゃんが入ってたの」

「ふ」

「一緒に茹でられちゃったみたい…」

「それは…」

「悲しいでしょう?」


愛はいつも話してるようなことを口にしてるだけなのに、思い出して悲しくなっているのに、次第に伊吹は肩を震わせて笑い始めた。


「なんで笑うの!?」

「いやごめん、ありがとう」


ちなみに、一緒にお昼を食べていたハナは悲鳴を上げていた。


それを言うと、伊吹はさらに笑った。


「そうだ!」

「ん?」


愛は思い立ってゴソゴソとカバンの中を探し出した。


「この前ね、実は四つ葉のクローバーを見つけたの。あった!じゃーん!押し花にしてみました!」


白い画用紙に押し花にして、パウチした四つ葉のクローバー。


それを眺めてすごいねと呟いた伊吹の手を開いて、クローバーのしおりを乗せた。


「幸せになるお守り」

「え?でも」

「きっと今日のために神様がわたしに託してくれたんだね」


伊吹の開いた手に、しおりを握らせる。


自己満足だとしても、何かしてあげられることがほしかった。


「大好きな友達が悲しんでたら、わたしも悲しいよ」


愛が言うと、伊吹はいびつな笑顔を浮かべた。


取り繕った笑顔より嬉しかった。


でも本当を言うと、その感情を愛にもわけてほしい。


心臓のところに触れた指から、伊吹の感情もわけてもらえたらいいのに。


痛いも辛いも悲しいも、嬉しいもしあわせも、ぜんぶ。


「ありがとう。」


帰ろうと、伊吹は立ち上がった。

いつか、愛に話してくれるだろうか。その感情も全部。


秋のこの涼しさって、何だか胸のあたりも切なくなるね。







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