大1 やわらかなバリトンでなぞらえて
「ど、ど、どうしよう…」
桜吹雪が舞う中、愛はガチガチに固まっていた。
新入生代表ということで、ハナは先に大学へ行ってしまった。
「あはは、大丈夫だよ」
転校が多かったらしい伊吹は、全く緊張する様子もない。
「い、伊吹くんは、大丈夫かもしれないけど、わ、わたし…だって、ハナちゃんときよくんがずっと一緒で…」
「うん」
震えて足がすくみ、立ち止まってしまった。
「ステージに立ってるときはあんな堂々としてるのに」
クスクス笑われて、愛は泣きそうになる。
卒業の発表会のことを言っているのだろう。
合唱部と、吹奏楽部、ダンス部などが合同で発表会をしたのだ。
そこで愛は合唱部の伴奏と、ソロでピアノを弾かせてもらった。
そういう場では、音楽を楽しんでもらいたいし、愛自身も楽しんでいるので、全く緊張しないのだ。
昔から。何故と聞かれても困る。
「散歩で会うおばちゃんとかとはすぐ仲良くなるのに」
「と、年上の人は…べつ…!!!」
そう、年上ならいいのだ。
近所のおじちゃんおばちゃんとか、麗や優の友達のお姉さんたちとか、お仕事関係の人とは緊張せず話せる。
だが、同級生と仲良くなるのは、なかなかどうして上手くいかない。
「初対面の人、ばっかりで…」
怖い。何を話していいかわからない。
麗や優なら、こんな不安もなく、クラスに馴染むだろうに。
ほんとに、愛はそういうところがーーー
「ほんっと、そういうとこ可愛いよね」
思っていたことと真逆のことを言われて、びっくりして顔を上げた。
見上げた伊吹は、愛の方を見ていなくて、ゴソゴソとカバンの中を探している。
「見て。いいものあるんだー。『幸せになるお守り』だよ。」
「えっ、そ、それ」
見たことがある、四つ葉のクローバーを押し花にしてラミネートした、しおり。
伊吹は、愛の手のひらにそれを乗せる。
「僕の宝物、特別に今日だけ貸してあげる」
「たからもの…」
「そ。愛ちゃんがくれたあの日から、つらいときに癒して元気づけてくれる、宝物だよ。」
初めてきく話に、愛はぽかんと手のひらに乗せられたしおりを見る。
少し色褪せて、はじっこが折れて、長らく使われていたのがわかる。
それも、大事にされて。
伊吹を見上げると、穏やかに微笑んでいる。
あの頃の、冷たい刃みたいな、寂しさと哀しさを湛えた男の子ではなくって。
「今日のために神様が僕に託してくれたからね」
ーーーきっと今日のために神様がわたしに託してくれたんだね
昔、愛が言った言葉を、やわらかなバリトンでなぞらえて。
「え、そ、そんなの、覚えて…」
「そりゃあね。しんどいとき、愛ちゃんがいつも救ってくれたんだよ」
「大丈夫、隣の席の子に『教科書見せて』も言えなかった愛ちゃんより、友達も増えたでしょ」
「そ、そうだけど…」
クラスでも部活でも、話せる子は多くなった。伊吹の友達の将臣もそのうちの1人だ。
バレンタインのお菓子交換にも混ざれるようになった。
卒業して進路がバラバラになるのが悲しいくらいには、友達はできたと思う。
ハナと清嗣の後ろに隠れて離れられなかった頃とは、違う。
「いいよ別に、仲良くしてこなくたって」
「え!?」
「毎日今日あったことを楽しそうに話してくれる楽しみが独り占めできるだけだしね」
「どっちでも大丈夫だから、頑張っておいで。でも無理しなくていいってこと」
「う、うん…」
伊吹が愛の手を握って、歩き出した。
朝家を出たときより、気持ちが軽くなっていた。
大好きなものが散りばめられた世界なら、いいな。
大事な家族と友達がいたらいい。
大好きな伊吹がいたらいい。
お気に入りは、手の届くハコの中に大事に仕舞って、時折手入れして大事なままがいい。
でも、大事なものは、伊吹と一緒なら、増やしていきたいと思った。
隣にいる伊吹の世界も、大好きなもので溢れていたら、いいのになあ。




