高3 耳元で囁く
気付きたくなかった。
この“すき”が、家族や友達に対する好きと違うのかも、なんて。
いつもの愛なら、学校を休んでいた。
だが、受験がある。
この前も熱で学校を休んでしまったし、先生にも念を押されてしまった。
「目腫れてる」
愛の顔を見た清嗣の一言目はそれだった。
迎えに来たハナと清嗣の隣を歩く。
ハナを真ん中にして、愛はハナの左を。
迷った末、ハナたちにお願いして、ギリギリの時間に一緒に登校してもらうことにしたのだ。
「原因は坂本?」
ハナを挟んで、清嗣が愛の顔をジロジロ見る。
「そうだったら怒るけど」
「ち、違うの、わたしが勝手に…」
「勝手に?何?」
「………………………」
「まぁまぁ、きよ、その話は落ち着いてからにしよう?」
高圧的な物言いに、ハナが仲裁に入る。
心配してくれてるのはわかるけど、今は話せそうになかった。
「おはよう」
校庭を歩いていると、後ろから声をかけられた。
手首を握られて、ビクリと肩が震える。
「愛ちゃん!あのさ」
「さ、先行く!」
「あっ」
その手を思いっきり振り解いて、振り返りもせずに校庭を突っ切った。
知らない。
本心のわからない伊吹への接し方も。
好きな人への接し方も。
伊吹が休み時間に愛のところに来ることはあまりないが、昨日の今日で何も言ってこないとは思えなくてトイレに逃げた。
そうやって逃げ回っていても、いつかは出会すわけで。
移動教室の途中、ばったり顔を合わせてしまった。
「愛ちゃん」
気付いたときにはもう遅くて、愛は咄嗟にハナの後ろに回って持っていた教科書で顔を隠した。
「あ、愛じゃないです!人違いです!!」
「えぇー?」
伊吹の声はこの上なく困惑していた。愛は顔を隠したまま理科室まで走った。
何やってんのよとハナが言うのが聞こえたが、あの瞳にどう映されているのかなんて確かめる勇気はなかった。
◇◆◇
泣きそうになっては首を振って、の、繰り返しだった。
仲が良いと思っていたのは、伊吹の優しさに漬け込んで愛が付き纏っていただけだったのだ。
きっと好きだなんて気の迷いで。
お昼はハナに付き合ってもらっていつもと違うところでお弁当を食べた。
「坂本くんと何があったのよ」
昨日も今朝も何も言わなかったハナも、流石にそう訊いた。
「何も…」
「言いたくないならいいけど、流石に坂本くんが可哀想なんじゃない?」
「…ん。」
「落ち込んでたと思うよ。避けるより、話して理由言ってあげなよ」
「でも、」
「うん?」
ハナは急かすことなく、愛の言葉を待った。
「だって…」
面と向かって理由を告げれば、傷付くのは愛だ。
何をどう言葉にしたらいいのかわからないまま、昼休みは過ぎていった。
◇◆◇
そうやって、3日は逃げ切った。
「話がしたい」とメッセージが来たが、愛が話せることはないと思った。
今はもう好きじゃないって弁明されるのだろうか?
友達でいてねって?
そんな決定的な言葉は聞きたくなかった。
ハナは呆れていたし、清嗣は少し不機嫌で、ずっと何か言いたそうにしていた。
「帰りにクレープでも食べに行こ?」
「クレープ…」
「愛好きでしょ?生クリームとアイスだけのやつ。気晴らしにどうかな。」
「うん…」
「私は掃除当番だから、愛は先に裏門のところで待ってて」
「わかった」
ハナにそんな提案をされたのは金曜日のお昼休みだった。
先生の話がいつも以上に長かったのは想定外だった。
ホームルームが終わるなり、愛は急いで鞄を持ち上げて、わやわやと賑わう廊下を駆けて下駄箱へ急ぐ。
愛さえ会いに行かなければ接点もなくなるはず。
そうして、会わなくなったら、愛の中にあるこの感情も、消えてなくなる。
だって、恋なんて、そういうものなんでしょう?
「愛ちゃん」
「いぶ…っ」
裏門を出たところで、今度はしっかりと伊吹に腕を掴まれた。
「や…っ!やだやだやだやだ!離して!」
ジタバタと腕を動かしたところで簡単に伊吹の手は解けそうにもなく、後ろから抱きしめられた。
「ひぇっ…!?」
「根本さんに協力してもらった。このままだと一生話せなさそうだったから。」
「は、はなちゃん…っ!?」
バカみたいだ。まだ、追いかけてきてくれて、触れられて、嬉しいだなんて。
「話がしたい」
耳元で囁くバリトンは、どこか余裕がなくて、力が抜ける。
「ま…っ、はなす、話すから!離れて…!!」
「逃げないならね」
いつになく、低い声で言われて、愛の心臓は震える。
「に、げ、ない…」
こくこく頷くとゆっくりと頷くと、腕の中から解放された。
右手は、しっかり繋がれたまま。




