高3 口をついて出た言葉
こういうとき、麗や優ならどうするのだろうか。
モテモテな麗は、こんなことで戸惑わないのかもしれない。
なんでもできる優は、こういうこともさらりと流せるのかもしれない。
なのに。
麗くらい明るくてスタイルがよくて、いつも人に囲まれている人なら。
優くらい落ち着いて、マメで料理上手で笑顔が可愛い女らしい人たったら。
そうしたら、伊吹は。
なんで愛は、いつもこうなんだろう。
泣き腫らした顔でハナに手を引かれて帰ってきた愛を、ママは何も言わずにお風呂に入れた。
「愛ちゃん、アイス食べよー?」
ぐるぐると部屋で考えていると、ママが部屋に入ってきた。
手には愛の好きなアイス。
「お行儀悪いけど、今日は特別よ?」
ベッドに乗っかって、壁に背中を預けた。
愛もその隣に並んだ。
もぐもぐと一口サイズのブドウのアイスを頬張る。
「ねえママ?」
「なあに?」
聞いてほしくて。でも、なんて話していいのかわからなくなった。
「なんでわたしは…麗ちゃんと優ちゃんみたいに、上手くできないんだろ…」
代わりに口をついて出た言葉に、ママは目を丸める。
「だ、だって、麗ちゃんみたいに友達多くないし、優ちゃんみたいに器用じゃない…」
言っていて悲しくなってきた。
くすくす笑う。
「あらあ?そんなふうに思ってたのねえ。そういえば昔麗ちゃんもそんなこと言ってたわ」
ママは頬に手を当てる。
「ママね、麗ちゃんも優ちゃんも愛ちゃんも、ちゃーんといいところを伸ばしたつもりよー?」
うふふとママは愛の髪をすく。
「でもね、みんな全然違うじゃない?麗ちゃんは行動力と人を引っ張っていく力がすごいでしょう。優ちゃんはマメなのよ。よく気がつくから人をサポートするようなのが得意よね。」
うんうんと、大好きな姉たちの大好きなところを聞く。
「愛ちゃんは人の気持ちに敏感でみんなが通り過ぎる幸せ、ちゃんと見つけて拾って大事にできるの。“好き”に対してとっても愛情をかけられる」
「え…」
微笑んで髪を撫でてくれるママに、それは、頷けなかった。
「でも…麗ちゃんみたいに誰とでもすぐ仲良くなれないし、優ちゃんみたいに気遣いして上手く話せない…」
言いながら、泣きそうになる。
なのに、
「そりゃあそうよ。愛ちゃんは、麗ちゃんでも優ちゃんでもないもの。」
ママはあっけらかん。
「大事にする方向性が、違うだけだと思うのよ。麗ちゃんは友達を大事にするし、優ちゃんはそこにいる人たちも全員大事にするし、愛ちゃんは大好きな人をとことん大事にするでしょう?」
うるうると涙が出てきて、ママに抱きつくと、ママは優しく抱きしめてくれた。
「みんな素敵だもの。羨ましくなっちゃうわよねえ。全然違うから、比べられないのよ?」
抱きしめて、髪を撫でる体温が心地よい。
「なんて素敵な娘たちでしょう。自慢だわあ」
不思議な感覚だった。いつも抱きしめてくれているのに。
伊吹くんとは、全然違う、やわらかくて細い、女の人の体。
「ね、ママは」
「なあに?」
「パパに恋してるって思ったの?」
「恋かあ」
「結婚したってことは、恋したんでしょう!?」
ママの両肩に手を置いて興味津々な愛に、ママは愛ちゃんも興味持つようになったのねーと楽しそうに笑った。
「そうよ。昔同じところで働いていてね、パパって今よりもーっと無口だったのよ?かっこいいのにみんなに怖がられててね。でもいつも困ったときにさりげなく助けてくれるのよ。ママのミスでトラブルの対応終わらなくて残業してるときに、差し入れ買ってきて、終わるまで無言で手伝ってくれてね?」
「ええ!パパ優しい」
「優しいでしょー!しかも『落ち込まないで。次から気を付ければいい』って言うのがかっこよくてね!それで好きになっちゃって、そこからは猛アピールよ」
「そ、そうなの!?」
「そうなの。仕事もおしゃれも頑張ったし、お昼一緒に行こうって誘ったりね」
初めて聞くママの話。ママが楽しそうに愛おしそうに話すから、愛も嬉しくなった。
「な、なんで、ママは、それが恋ってわかったの…?」
「うーん?なんでかしら?パパのことが大好きで、ずっと一緒にいたかったからかなあ?」
「あ…」
ーーー泣くくらい、僕と一緒にいたいってこと?
「雷に打たれたみたいにビビビッとくる人もいるみたいだから、きっとそれぞれなのね?」
「それぞれ…」
愛は、ママの言葉をぐるぐる考える。
「恋って、ふわふわでキラキラしてて、甘い感じじゃないの」
「うーん、とっても楽しいし、嬉しいこともたくさんあるわよ。ふわふわで毎日すっごく楽しくてね」
でもねえ、と、ママは続けた。
「嫌な感情も出てくるわね?」
「えっ」
「他の女の人と話してたら嫌だとか、同じくらいの“好き”を返してくれないとつらいとか、嫌な自分が見えてくることもあるもの」
だって、きっと恋って、甘くて、ふわふわで。
「愛ちゃんもほんとはわかってるんじゃない?」
にこにこと愛の顔を覗き込むママ。
ママの瞳に映る愛は、不安そうに眉を下げている。
「心に棲んでいる人がいるんでしょう?」
「え…」
ママは人差し指で、愛の左胸の辺りをトンとついた。
「だあって!『この好きは恋?』って思ってる人の質問だもの。恋って名前がつけられなくても、その人が大好きで一緒にいたいってだけで、いいと思うけどなあ」
うふふと楽しそうに笑うママに、頬が赤みを帯びる。
「大好きな人がいたら、早く手を伸ばして捕まえなきゃね?」
パチリとウインク。
ママには全てお見通しのようだ。
「わからないフリをしてチャンスを逃したら後悔するわよ」
歯を磨いて早く寝なさいとママはベッドを降りた。
愛は眠気に身を委ねながら、ぼんやりママの話を反芻した。
大好きで。
一緒にいたら幸せで。
ずーっと声を聞いていたくて。
好きって言われたら幸せで。
ぎゅーってしたくて。
他の女の人と一緒にいるのが嫌で。
同じくらいの“すき”を返してほしくて。
でも、だって、それってーーー




