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高3 声が掠れる。




ピピっと鳴った体温計は、38.7℃。


「あらあら。ずいぶん高いわねえ」


ママが体温計を受け取るとそう言った。

ママはパパの単身赴任先から、ちょうど帰ってきていたのだ。


「すぐお風呂入ったけどやっぱり冷えちゃったのねえ」

「ん…」

「ママいるときでよかったわ。麗ちゃんも優ちゃんも忙しいものね」

「ん…」

「後で病院行こうね」

「…りがと」


返事をした声が掠れる。

ママが持ってきてくれたりんごジュースで喉を潤した。


ずぶ濡れの中雨が上がるのを待っていたのがいけなかったのだろう。


「あああ…っ」


愛は布団に潜り込んで、悶えた。


冷たい背中に回った太い腕。心臓の音。間近で聴こえる息遣い。


ぎゅーっとしたかったのに、してみたら、全然違った。


思い出してしまって熱い頭が、クラクラする。


伊吹から心配するメッセージが来ていたのに、何と返していいかわからなかった。





◇◆◇





「ママ、できたよー!見てー!」

「あら!上手に作るわねえ。すごいじゃない!」


愛はクッキーを作っていた。

しっかり寝込んで熱が下がった日曜日。


バレンタインに優に教えて作った話をすると、ママが食べたいと言ってくれたのだ。


優にレシピをもらって1人で作ってみたのだ。


「麗ちゃんと優ちゃんも喜んでくれるかな」

「うんうん、喜ぶわよー!」

「ラッピングするね。ママのも。」

「えー嬉しいー!」


網の上で粗熱を取りながら、渦巻きとハートのクッキーを眺める。

我ながら上出来だ。


そういえば、と、愛は思い出した。


バレンタインはなんとなく気まずくて、伊吹にはあげないままだった。


「タオルと、ジャージのお礼なら…いいかな…」





◇◆◇





「あ、澤村だ」

「こ、こんにちは」

「こんにちは。伊吹、今部活の後輩に呼び出されてった。すぐ戻ると思うけど」

「そ、ですか」

「待ってる?」

「はい」


昼休み、伊吹のクラスに行くと、将臣がすぐに気付いてくれた。


「珍しいね待ってるの」

「ジャージ…を、返さなきゃいけないんです」


愛が廊下で待っていようとすると、将臣は教室には戻らず、愛の隣に並ぶ。


「ふーん?」


ニヤニヤ。

愛を貶めるそれではなさそうなのだが、でもそんな顔をする理由もわからない。


「てか、澤村いつも敬語だけど、なんで?タメでしょ」

「ええっと、なんとなく…?」

「タメ口でいいよ。伊吹と話すときみたく」

「は、はい。あ、えっと、うん」


あはははと大きく笑う将臣。ボーイソプラノという感じで、聞いてるだけで元気になる。


「澤村はほんと伊吹と仲良しだね。」

「柴田くんも、伊吹くんと仲良しでしょう」

「え、オレの名前知ってるの」

「知ってるよ!柴田将臣くんでしょう?2回も同じクラスだったんだよ」

「いやうん、そうだけど。同じクラスのときほとんど話してくれなかったじゃん」

「そうだね…?」


クラスの輪の真ん中にいる人を、常に遠巻きに見ている愛でも、さすがに知っている。


「いつもここ来たとき一番に気付いて声かけてくれて、ありがとう」

「えっ、たまたまでしょ」


よく人を見てるんだなと思っていた。

将臣の照れた表情は、初めて見た。


「あ」

「愛ちゃん、もしかして僕待ってた?」


後ろから聞き慣れた声が聞こえて、振り返る。

それを見て、じゃあねと将臣はクラスの輪に戻って行った。


「…柴田くんって、気遣い上手」

「愛ちゃん、柴田と喋ってるの珍しいね」

「うん、伊吹くん待ってるって言ったら、一緒に待っててくれたよ」

「ふーん。風邪は?大丈夫なの?先週中根さんから高熱って聞いたけど」


はたと、愛は伊吹を待ってた理由を思い出した。


「元気になったよ。今ママがうちに帰ってきててね、看病してくれてね、お雑炊美味しかった」

「それならよかったけど… 」


愛はジャージの入った紙袋を差し出した。


「あのね、借りっぱなしだったジャージとタオル返しに来たの。ありがとうございました。」

「ん。もう雨の中傘なして帰るのはやめてね。風邪ひくしびっくりするから。」

「う、うん、それでね」


ここにきて、怖気付いてしまいそうになった。


味見もしたし、ママも麗も優も美味しいって言ってくれたのに。


「うん」


ドキドキして言葉に詰まる愛を、伊吹は急かさずに待ってくれる。


「あの、お礼にね、クッキー焼いたから、その、たべてほしいなって…」


絞り出した声は、最後まで声にならなかったかもしれない。


「え」


無言に耐えきれず、チラリと伊吹の顔を伺うと、驚いた顔をしている。


ーーーあ、また、間違った…?


「ああえっと、バレンタインに優ちゃんとクッキー作ったんだけど、ママが食べたいって、バレンタインもママいなかったからあげられなくて、昨日ひとりで作ったんだけどね?バレンタインのとき伊吹くんに渡せなかったからその分…じゃなくて、えっと、タオルとジャージのお礼で!あ、でももし伊吹くんクッキー苦手だったら」


この間が、何を意味しているのか考えるのも怖くて、余計なことを並べてしまう。


「ありがとう」

「え」


照れたように少し頬を赤らめていて、愛もつられて、頬が熱を持つ。


「武藤にはあって僕にはなしかと結構凹んでたんだけど」

「えっ!?なんでそれ!!」

「たまたま通りかかった。武藤のクラス隣だから。」

「あ…う…」

「自慢されたし」

「ええ…なんでそんな…」


拗ねたような口調の伊吹に、申し訳なさが募る。

渡さない方がいいと、あのときは本気で思ったのだ。


「だ、だって…伊吹くん、たくさんもらってるから、わたしのはいらないかなって…」


愛だって、美味しく焼けたクッキーを渡して、喜んでくれたら嬉しかったのに。


「あげようとは思ってくれてたんだ?」

「そ、そりゃあ…」


大好きな伊吹くんには、一番に選んでラッピングしました。


って、ほんとのことなのに、何でか言えなかった。











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