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高3 雨にかき消されそう




バケツをひっくり返したような雨だ。

朝は、あんなに晴れていたのに。


「傘、ないや」


授業が終わってすぐに帰れば濡れずに家に帰れたかもしれない。

愛の家までは歩いて15分ほどだ。


晴れる気配もないし、清嗣とハナは先に帰った。


「いっか」


水たまりに撥ねる雨粒を眺めて、愛は歩きだした。


痛いくらいに大きい雨粒が頭に顔に体に落ちる。


校門を出るあたりで、バシャバシャと後ろから走ってくる音がする。


同じく傘を忘れた人が走って帰るのだろうか。


「愛ちゃん何やってんの!」


後から腕を掴まれて、雨がやんだ。


「ーーーっ」


よく知ったバリトンに、震えて振り返れない。


「ねえ」


恐る恐る上を見ると、透明のビニール傘で雨粒が弾けていた。


「こっち」


傘に入れられたまま、屋根のある駐輪場に連れて行かれた。


呆然と立ち尽くす愛に、伊吹が困った顔をする。


「あ、あっあのっ」


愛は慌ててカバンを開けて、タオルを取り出して伊吹に差し出す。

ビニールに入れてたから、濡れてないはずだ。


「ありがとうございました!」


頭を下げる愛を見て、


「ふ」


伊吹はふき出した。


「くくくっ」


お腹を抱える伊吹に、愛は差し出したタオルごと手の行き場をなくした。


「自分の心配して」


愛の手からタオルを受け取り、そのタオルで愛の頭や肩を拭く。


「あ、雨が、きれいだったから、家まで歩こうかと思って」

「風邪ひくよ」

「今日…寒くないから、大丈夫かなって…」

「着てて」


伊吹はリュックからジャージを出して、愛に羽織らせる。


「30分もしたらやむみたいだからさ」


それはやわらかいバリトンで、安心して、涙が出てきた。


「あ…りがとう…」


なんと言っていいかわからずに、羽織った伊吹のジャージをぎゅっと握った。伊吹の匂いに包まれて、かえってどうしていいかわからなくなった。


ザアザアと雨粒が駐輪場の屋根を叩く。


「この前」


伊吹が口を開き、愛はびくりと震えてしまった。


「ごめん、頭に血が上って。」

「あ……」

「今度は、ちゃんと聞くから。」

「わた、わたし……」

「うん」


雨にかき消されそうな声で、でもとってもやわらかくて肩の力が抜けた。


「伊吹くんは」

「うん」


愛は一番知りたかったことを口にした。


「遠くの大学に行くの?」

「…ん?」

「あの、きよくんは他の大学行くけど、伊吹くん、どうするかって聞いたことなくて、遠くに行くんだったらどうしようって。だって、伊吹くんに会えなくなったら、やだ」


ぐっしょり濡れた靴を見つめながら、ずっと気になっていたそれを一気に言ったら、また涙が滲んだ。


「……え。…この前それで泣いてた…?」


恐る恐るそう問う伊吹、こくこくと頷く愛。

はあーと大きなため息を落とされて、愛はびくりと震えた。


「てっきり武藤と離れるのが嫌で泣いたのかと」

「きよくんもハナちゃんも離れたら嫌だよ!でも、ずっと前から言ってたし…」


ぎゅうと握り込んだ手は真っ白になっている。


「伊吹くんは、進路どうするのか聞いたことなかったから、遠くにいったらどうしようって…」


反応が怖くて、顔が上げられない。

言葉を待つが、拾うのは雨の音だけ。


「僕はこのまま進学するよ。建築の方。」


ため息とともに落とされた言葉に、愛の表情が明るくなる。


「ほ、ほんと!?また一緒にいられる?」


ぎゅっと、愛は伊吹の手を両手で握った。


「うん、キャンパス一緒」

「ほんと??」

「うん」

「よ、よかったあー!」


あたたかい手で冷えた手を握り返されて、至近距離で目が合う。


「泣くくらい、僕と一緒にいたいってこと?」

「あ、これは…その…」


そういうこと、なのだろうか。


手を握られ、逃げられもせずに頬が熱を持つ。


なんとか視線だけ逃れた先では、スカートからポタポタと雫が滴って、愛が立つ地面にじんわり広がっている。


「大好きな愛ちゃんにそんなふうに思ってもらえて嬉しい」


愛の戸惑いなんてお見通しだろうに、優しい声音で、言い含めるようにそんな言葉を落とすから。


「ず、ずるい!」

「何が?」

「なんでそんな簡単に言っちゃうの?」

「大好きって?」

「わ、わたしだって、言いたいのに…」


伊吹が目を丸めて、少し困った顔になった。


「パパとママと麗ちゃんと優ちゃんと、ハナちゃんときよくんには」

「うん」

「大好きって言えるのに」

「…うん」


じわじわと、伊吹の体温が愛の体温と混じるように、あたたまる。


麗や優とは違う、ゴツゴツした、手。


「伊吹くんには……言っちゃダメな気がして」

「そうなの?」

「だ、だって、伊吹くんの好きは…」


言いかけて、愛は口をつぐむ。

これが、無神経な言葉であることは、わかる。


「僕の好きは恋の好きだけど、愛ちゃんの好きは違うって言いたい?」


パクパクと言葉にならずに否定できなかったそれを、伊吹は肯定と受け取ったようだった。


「いいよ、それでも。大好きって言ってくれたら嬉しい」


心地よく耳に響くバリトンは、真剣そのもの。

すっと胸のあたりに入ってきて、きゅーっとつかまれたみたいになった。


「ほ、ほんとはね?」

「うん」

「ぎゅーってしたいのに、それも、できなくて」

「ぎゅー?」

「麗ちゃんと優ちゃんとハナちゃんにするみたいな、大好きのぎゅーっ」


相手が愛でもハナが悲しむだろうから、清嗣とは小さいときはたくさんしていたぎゅーもいつの間にかしなくなった。


いや、それよりずっと前から、触れるのは愛を助けるときに手を繋いで引いてくれるくらいになった。


「してみる?大好きのぎゅー」


両手を広げて首を傾げる伊吹。愛は揺れた。


伊吹がいいって言うなら、ちょっとだけなら、いいかな。


最近、ずっと見たくて仕方なかった、穏やかな顔。


目が合って微笑んでくれた彼の胸に、考える前に飛び込んでいた。


雨で冷えた肩に触れる体温に、愛だけずぶ濡れだったことを思い出して、慌てて離れようとすると、逃げられないように背中に腕を回された。


「び、びしょ濡れで…」

「冷えちゃったね」


心臓の音がドクドクと間近で聴こえて、つられて愛の心臓まで暴れ出した。


なのに、それが嫌なんじゃなくて、落ち着いて、胸の辺りがあたたかくなるような、不思議な感覚で。

さっき、指先がそうだったように、触れたところから、身体中の体温が混ざり合いそうで、眩暈がした。


雨が弱まったのか、遠くで生徒達の話し声が聞こえる。


「あ、も、もう…っ」


慌てて離れようと胸を押すと、あっけなく腕は解けた。

目が合うと、ぼっと音が出そうなくらい紅くなった。


「…今はそのカオが見れれば充分かな」


くすりと余裕の笑みを浮かべて、帰ろうかと空を見上げるのが憎らしくなった。


雨は、もう上がっていた。


「愛ちゃん、ほら、虹が出てるよ」


伊吹が空を指差す。


「う、うん」


雨上がりのひんやりした空気も、爽やかな色した空に流れる薄い雲も、そこにかかる虹も、見惚れるくらいキレイな世界のはずなのに。


愛は俯いて水たまりを眺めながら、伊吹の隣を、ちょっとだけ離れて歩いた。








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