高2 聞く権利、あると思う
そんな高校1年生の夏から早1年。
言葉の通り伊吹は愛と今まで通り仲良くしてくれていた。
何かが大きく変わったこともない。
教室でも放課後の音楽室でも話すし、たまにモコのお散歩も一緒に行く。
2年生になってクラスが離れても、それは続いていた。
「ね、愛ちゃんは!?」
放課後、クラスの女の子達が好きな人の話で盛り上がっているのを輪の端っこで聞いていたら、唐突にその中の1人が愛に話を振った。
「彼氏とか」
「え…」
「愛ちゃんの恋バナ聞きたーい」
「やっぱり坂本くん?あ、でも清嗣くんも仲良いよね?」
ねーやめなよーと言いながら、その子も好奇心を隠さない。
「付き合ってるの?」
「いや…」
「えーじゃあ好きな人は?」
「愛ちゃん的にはどっちなの!?」
「ど、どっち…?」
「坂本くんか清嗣くん!」
どっちも何も、清嗣はハナと付き合っているのだ。
もちろんそれは秘密だが、気圧されているうちに矢継ぎ早に質問される。
「まさか別の人!?」
「だれだれー?クラス以外の人?合唱部?」
楽しそうな女の子たち。
遠巻きに見てキラキラして憧れていたその会話は、渦中にいるととんでもなく居心地が悪かった。
「愛ちゃん」
渡りに船。
教室の入り口からバリトンで名前を呼ばれて、助かったと思ったのに甘かった。
「ごめん、話してた?まだいる?」
きゃあきゃあと黄色い悲鳴が上がる。
「ううん、ううん、今終わったところだから!どうぞ連れてっちゃって」
「ね、ほら、愛ちゃん行きなよ。」
愛以外の子たちが答え、トンと背中を押されて、愛は追い出されるように教室を出た。
◇◆◇
わふわふとご機嫌に体を揺らしながら、木の葉の上をずんずん進んでいく。
「何話してたの?さっき。」
「ええっと…コイバナ?」
たぶん、あれがいわゆる恋バナというやつなのだろう。
「…愛ちゃんもそういう話するんだ」
恋バナをしていた、というより、質問攻めにされていただけなのだが。
「愛ちゃんは好きな人いるの?」
「え」
じっと愛を見つめる双眸。
「気になるなー」
リードをしっかり持って、すれ違う人からモコを離しながら、伊吹は足を止めた。
「だって愛ちゃんが好きだし。」
「………っ!」
忘れていたわけではなかった。
あれ以来、伊吹は全くその話には触れなかったから。
でも、その感情はいつまで有効なんだろうかと、どこかで甘えていた。
子どもの頃宝物に見えたモノが、ある瞬間ただのガラクタに変わるみたいな、そんな感情なのだろうと。
「告白してるし」
愛は俯いて、握った手を見つめる。
「聞く権利、あると思うんだけどな」
伊吹はしゃがんで、モコを撫で回す。
ちらりと向けられた目線に、愛はきまずくて、モコを見るふりをして逸らした。
「な、なんで」
「うん」
「みんな、好きって、わかるのかなって思ってたの」
「うん」
「みんな、大好きだもん」
足に擦り寄ってきたモコを、しゃがんで撫でる。
モコは、愛をなだめるようにふわふわの頬で手の甲を撫でる。
「恋、しなきゃいけない?」
そんなに恋が大事?
みんながしてるから、しなきゃいけないの?
どうやったらわかるの?
ぐるぐる頭の中を回る。
「いいんじゃない、別に。」
伊吹が次に口にしたのは、愛を責める言葉ではなかった。
「無理してするものでもないし」
でも、行こうかと立ち上がった伊吹の横顔は、寂しそうだった。
愛は、少し離れて伊吹を追いかけた。
でも、愛にそれ以上何が言えただろう。




