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地下牢同棲は、溺愛のはじまりでした〜ざまぁ後の優雅な幽閉ライフのつもりが、裏切り者が押しかけてきた〜

よろしくお願いいたします。


 私のことを悪く言う人など誰もいない、幽閉された地下牢。

 ものすごい達成感を感じ、ボフンとシングルベッドへと飛び込んだ。


「地下牢生活、最高!!」


 5歳で前世を思い出してから、13年という月日を悪役令嬢のベルリムとして過ごしてきた。

 ひたすら幽閉ENDを目標に頑張ってきたのだ。 


 ざまぁ回避をしようと思ったこともあった。

 けれど、前世が大した取り柄のないOLだった私にとって、王妃という役目は荷が重すぎた。……ということもあるけれど、ヒロインちゃんと王子が力を合わせないと、復活した古代ドラゴンに国中が焼き尽くされちゃうんだよね。

 だから、私にできることと言ったら、死亡ENDを全力で回避しつつ、ヒロインちゃんと王子の恋のスパイス的な役割を演じることだったのだ。

 

 いやー、魔法ファンタジー系の乙女ゲーム転生をちょっと恨んだからね。

 魔法が使えるのはテンション上がったけども。


「悪役令嬢としての役目は、もうおしまい。これからは、ゆっくりのんびりとした幽閉ライフを楽しむんだから。今まで、忙しかったもんなぁ」


 悪役令嬢も暇じゃなかったんだよ。

 恋のスパイス的役割をこなしつつ、将来の居住地であろう地下牢の生活の質の向上に励んできたのだから。


 その結果が、この前世の1R(ワンルーム)アパートのようなイメージの地下牢(部屋)だ!!

 8畳くらいの広さの部屋に、ベッドと木製のテーブルと椅子、洋服タンスが置いてあり、その部屋とは別に、お風呂とトイレが付いている。

 お風呂とトイレは、牢番からも見えない作りになっているし、衛生面が保たれる魔法もしっかり施されている。

 

 そこに、栄養バランスの取れた食事が3食しっかり出てくるから、お腹を空かせることもない。

 希望を伝えれば、本や刺繍道具など、牢の中でできるものなら、高級品を除いて用意をしてくれる。


 罪人となったことで、魔法が使えなくなる魔法封じのブレスレットをつけられたから、魔法が使えない不便さはある。

 けれど、前世の記憶持ちの私にとっては、魔法なしの生活も問題ない。

 

 はっきり言って、ものすごーく快適で、ものすごーく高待遇。

 普通の令嬢なら怒ったり、悲しみにくれたかもしれないけどね。

 私にとっては、ざまぁ後のスローライフって感じだけど。


 夢の一人暮らしの地下牢生活は、きっと最高のものになるだろう。

 そう確信していた。


「うふ、うふふふふふ……」


 嬉しすぎて、思わず笑い声が漏れる。

 こんな風に昼間からベッドでゴロゴロしていても、周りの目を気にする必要もない。最高だ!!


「明日から、何をしようかなぁ。まずは好きなだけ寝ちゃおっかな!!」


 ごろりと壁側へと寝返りを打つ。

 すると──。


 ボゴッ──。

 ガッ、ゴゴゴ──。


 目の前の壁が、突如崩壊した。

 頑丈なはずの石の壁が、砂のようにサラサラと崩れ落ちていく。


 自分の目が信じられず、何度もこする。

 けれど、目に映るものに変わりはない。

 

 壊れ、砂と化した壁。

 その先に広がる、隣の牢。

 崩壊した壁は、私の牢と隣の牢を隔てるものだったのだ。

  

「久しぶりだな。元気だったか?」


 壁があるはずだった場所に立ち、舌なめずりをしながら、男は笑った。

 まるで旧友との再会のように、話しかけてきたので、とりあえず体を起こして会釈をする。

 なぜ、会釈をしたのか。よく分からないが、たぶん前世の日本人の血がそうさせたのだろう。


「何で……ここに?」

「俺も幽閉されたんだわ」

「捕まってたんですね」

「捕まりにいったからな」


 相も変わらず、よく分からない男だ。

 というか、何でこんなに気安く話しかけてくるのだろう。かつて悪役令嬢として活躍していた時の私を裏切ったくせに。


「なんか、雰囲気が変わったな。王子様に振られて、魂でも抜けたんか?」

「ちょ……痛いんですけど」


 パシパシと肩を叩かれ、痛みに顔をしかめるが、気にした様子はない。

 裏切ったことへの罪悪感はないのだろうか。


「んじゃ、一緒に脱獄するか」

「……はい?」


 突如投下された爆弾発言は、ランチ行こうぜ!! くらいの軽いノリだった。


「ほら、さっさと行くぞ」

「何で?」

「何でって、俺、ベルのこと気に入ってるんだわ」

「は?」


 何だ、こいつ。

 何を言っているんだ?

 脱獄? 気に入ってる? 裏切り者のくせに?

 寝言は寝てから言ってくれ。そして、壁を早急に元に戻してくれ。


「私、脱獄する気はありませんよ」


 そう言えば、この男──ナザトは心底不思議なものを見るように私を見た。


「幽閉されて、頭がおかしくなったのか? 以前のおまえなら、喜んで脱獄して、王子に会いに行っただろ? あの女が邪魔なら、殺すか? 毒でも剣でも用意してやんぞ」

「そういう物騒なものは、けっこうです。どうやって壊したか知りませんけど、さっさと壁を戻してください。迷惑です」


 きっぱりと拒絶をしておく。

 少しでもこの話にのれば、新たな罪が追加されて、頭と胴が永久にお別れになるかもしれない。

 やっと手に入れた投獄スローライフを手放すつもりもない。


「……何ですか?」


 そんなにじっと見ないで欲しい。

 高い背も、焼けた肌も、筋肉質なところも好みだが、何より顔が私の好みど真ん中なのだ。

 王子より、顔だけならナザトの方が好きだったりする。

 ヤバイ奴だと分かっていても、じわりじわりと頬に熱がこもっていく。


「いや、替え玉かと思っただけ。本人だわ」


 それだけ、私の悪役令嬢が堂に入っていたのだろう。

 どうやら私には、演技の才能があったようだ。


 夜の闇のような真っ黒な瞳がこっちを見ている。

 かっこいい。かっこいいのだが……。

 目に光がない。

 誰か、ハイライトを入れてくれ。闇に覗き込まれているかのようで、さっきとは違う意味でドキドキする。


「ということは、今までのは全部演技だった? それとも、恋に冷めて、正気に戻ったとか?」


 演技だと言い当てられて、心臓が跳ねた。

 楽しそうに口元に浮かんだ笑み。そこからのぞいた八重歯がとても攻撃的に見えて、唾液をのみ込んだゴクンという音が、いやに大きく響いた気がする。


 真っ黒な瞳から目がそらせず、どのくらい見つめ合っていたのだろう。

 突如、その闇は弧を描いた。


「仕方がない。同棲にするか」

「…………え?」

「一緒に逃げようかと思ったけど、それが嫌なら同棲だな。壁を壊したところだし、ちょうど良かった」


 ちょうど良かった?

 

 一体、何がちょうどいいのか。さっぱり分からない。

 頭がクエスチョンマークで占拠されている間に、ナザトが呪文をつぶやけば、砂と化した壁が風によってどこかへ連れて行かれてしまった。


 魔法が使えることにツッコむべきか……とも思ったが、それよりも──。

 

「地下牢で同棲なんて、どう考えてもおかしいでしょ」


 こっちが重要だろう。

 そう思ったのだが、心底おかしいと言わんばかりに笑われた。


「俺、今のベル、好きだわ」

「…………そりゃどうも」

「そんだけ?」

「嘘くさいんで」

「へぇ。いいね」


 何がいいんだ……か…………。

 愉しげに細められた真っ黒な瞳を見た瞬間、背筋を冷たいものが駆け抜けた。


「いやー、わざと誘拐失敗しておいて良かったわ」

「はい?」

「成功してたら、今頃ベルの首と胴はバラバラだったもんな」


 確かに、予定通りヒロインちゃんの誘拐が成功していたら、私の命はなかったかもしれない。

 けれど、あれは別の形で失敗する予定だったのだ。


「ベルを死なせちゃうのは、惜しかったからさぁ」

「……ありがとうございます?」


 死なないように失敗をしてくれたのだとしたら、お礼を言うべき……だよね? ストーリーの帳尻合わせ、めちゃくちゃ大変だったけど。

 あのあとすぐにナザトが裏切ってきたのも、もしかしたら私が死刑にならないようにするためだったのかな……。 


「俺が助けたんだから、ベルの命は俺のものだよな?」

「…………はぁ!?」


 前言撤回、きっと別の理由だろう。

 ナザトが何を考えているのかさっぱり分からないから、理由は思いつかないけど。

 というか、こんなぶっ飛んだ男の考えてることなんか、理解したくもないし、考えるだけ無駄だ。

 敬語も、もういいや。敬意を払う必要もないだろう。

 

俺の(・・)だよな?」


 そう言ってくる、ナザトからの圧がすごい。

 息が苦しくって、空気が重たい。

 でも、頷きたくない。頷いたら、この悠々自適な幽閉ライフが終わる気がする。


「へぇ。頑張るねぇ。震えちゃって、かーわいい」


 また、真っ暗な闇が私を見ている。

 だから、ハイライト、どこに置いてきたんだよ。目に光りを入れてくれ、頼むから。


「その頑張りに免じて、俺の(・・)じゃなくて、同棲で手を打ってあげよう。俺ってば、優しいなぁ」


 そう言うと、ナザトは小さな声で呪文を呟いた。

 次の瞬間──。


「うへぇ!!??」

「間抜けな声だな」

「いや、だって、何これ!?」


 くつくつと笑われるが、それどころじゃない。


 床にラグが引かれ、家具の配置は移動しているし、さっきまでなかったキッチンがある。

 その他にも、大きな本棚には本がぎっしりあるし、暖炉までできている。


「あそこの部屋、何?」

「寝室だな」


 そう言われて、ドアを開ければ、ダブルベットがドーンと鎮座していた。


「何で、ダブルベットなの?」

「一緒に寝るだろ? 恋人なんだから」

「いつ恋人になったの!? というか、地下牢(ここ)って魔法は使えないはずだよね!?」

「俺の方が、この魔法封じより力が上だから問題ない」


 そう言って、しゃらりとブレスレットを揺らした。

 どう見ても、私の腕についているのと同じ、魔法を封じるためのブレスレットだ。

 これは、何人もの優秀な者が集まって、魔法をかけて作成したもの。

 一個人がどうこうできるものではない……はずなんだけど……。


「…………最強じゃん」

「彼氏が最強だと、嬉しいだろ?」

「いや、ここで生活するだけなら、魔法がなくても困らないし……」


 というか、彼氏でもないし。


「そう言うなって。一緒に生活してたら、俺の有用性が分かるはずだから」


 そう言われましても……。

 そもそも、一緒に生活したくない。


「ナザトだけでも、脱獄すればいいじゃん」

「好きな女を置いて、自分だけ逃げるわけないだろ」


 言ってることは、かっこいい。

 かっこいいけど、別に私のこと好きじゃないじゃん。口だけだって、面白がってるだけだって、知ってるんだから。


「私に拒否権は?」

「ない」


 ですよね。そんな気がしてましたよ。

 そう思ってジト目で見れば、肩を組まれた。


「まぁまぁ、俺たちの仲じゃん」

「どんな仲よ」

「内緒。思い出して欲しいしな」


 思い出すも何も、ヒロインちゃんを陥れるために依頼しただけの関係でしょ。裏切られたけど。

 そもそも、こんなに印象的な人を忘れるとも思えないし。


「ほら、お茶でも淹れてやるから、のんびりしようぜ」

「いや、そもそも同居は……」

「同棲な。部屋を戻す気ないし、ベルは自力でここから出られないんだから、諦めな」


 たしかに、ナザトがどうにかしてくれなければ、無理だ。

 それなら、せめて──。


「寝室は、別々にして」

「却下」

「何でよ!?」

「別にする意味が分からん」

「エロいこと、されたくない」

「何で?」

「好きじゃないから」


 あ、黙っちゃった。

 言い方、きつかったかな……。


「分かった。無理矢理は萎えるからな。ベルが俺を好きになるまで、エロいことはしない。それでいいだろ?」

「えー」


 エロいことしなくても、別室がいいんだけど。


「これ以上は、譲らないからな」


 ここが折れどころかな。

 すごい嫌だけど、仕方がない。

 グッバイ、私のぐ~たら一人暮らしよ……。


「絶対にエロいことしないでよ」

「ベルが俺のことを好きになるまではな」


 そう言うと、ナザトは契約の魔法をかけた。

 まさか、ここまでしてくれるとは思わず、凝視してしまう。


「これで、安心して眠れるだろ」


 頭を撫でられ、不快に思いそうなのに、なぜか懐かしい気分になった。

 すごく自分勝手なこの男が、ほんの少しだけ初恋の人に似て見えたのは、彼と名前が同じなのと、過剰なストレスを与えられたからだろう。


 

  ***ナザトside***


 もう寝る!! と、ふて寝したベルの鼻をつまむ。

 そうすれば、「んごっ」と声を出しながら、つまんでいた手を叩かれた。

 再び深い眠りへと入っていく姿に、契約の魔法を使ったとしても、安心し過ぎじゃないか……と心配になる。


「やっぱ、思い出さなかったか」


 ベルが俺を覚えていないと言った時、そりゃそうだよな……と思った。

 誘拐依頼に来た時も、そのあとも、無反応だったしな。

 


 俺とベルとの出会いは、もう12年も前になる。

 あの頃の俺は、今と比べものにならないくらいチビでガリガリだった。

 最低限に満たない食事に、いつも腹を空かせていた。生きているのが精一杯。そんな毎日だった。

 すきま風と雨漏りはあるが、屋根のある寝床があるだけマシだと知ったのは、俺より小さな子を路地裏で見た時だったか。


 魔物の襲撃で人が命を落とすのは、珍しいことでも何でもなくて、孤児院はいつも満員で、新しい子どもを受け入れる余裕なんてものは、どこにもなかった。


 そんな日常に変化が起きたのは、ベルが孤児院に来た時だった。

 孤児院の扉をすごい勢いで開けて、発狂していた身なりのキレイな天使のような女の子。今でもその時の姿を覚えている。


「衛生面、どうなってるのよ!? それに、痩せすぎ!! お金が足りてないの? まさか、お父様ったら必要な費用をケチってるんじゃないでしょうね!? 責任者、責任者はどこにいるの!?」


 その声に、慌てて出てきた院長をみた瞬間、鬼のような形相をしたんだよな。


「あんた、クビ! 何よ、その贅肉は! 話し合う価値もないわ!!」


 そう言われた院長がキレて、ベルに手を伸ばしたところで、ベルは悲鳴を上げながら転んだ。

 そして──。


「この男に押されて転んだわ。今すぐ捕らえなさい」


 悪い笑みを浮かべながら、自身の護衛たちに命じたのだ。

 院長は、まだ指一本すら、触れていないというのに。


 そこから、あっという間に状況が変わっていった。

 新しい院長が来て、温かい食事を食べ、ふかふかの布団で寝れるようになった。

 飢えをしのぐために水で腹を膨らませることも、町に出て、残飯を漁る必要もなく、寒さに震えることもなくなった。

 毎年、冬になると体力のない奴から死んでいったけど、はじめて誰も死ぬことがなかった。


 そして1年後には、大きくて立派な孤児院が新しく建てられたのだ。


 その頃だったな。よく孤児院へとやって来たベルに話しかけられたのは。


「ねぇ、そこのあなた、字を書いたり、計算はできるの?」

「……できないけど」


 そう答えた俺に、ベルは行儀悪く舌打ちをすると、礼を言って去っていった。

 そして、翌週には、勉強がはじまった。

 教師が見つかるまで、なんとベルが教えてくれたのだ。


「私は、ベルリム。ベルって呼んでちょうだい。今日から、教師が見つかるまでは、私が教えるわ。いい、社会に出て働く時、文字が書けたり、計算ができた方が有利になるの。文字が読めないと、とんでもない契約をさけられたり、騙されるリスクが高くなるわ。生きていくために、死ぬ気で学んでちょうだい」


 7歳の少女が言う言葉てではなかったが、俺たちの中でベルは救世主で、特別だった。

 ベルの言うことなら、皆が信じたのだ。

 しばらくすると、新しい教師が来て、ベルは教壇に立つことはなくなった。そのかわりに、俺たちと遊ぶようになったのだ。


「子どもは、遊ぶのも仕事だからね」


 なんて、大人ぶって言っていた。

 誰よりも楽しんでいたくせに。


 週に一度やって来ては、遊んで帰っていく。

 ベルは、俺たちの救世主で、仲間だった。けれど、それも終わりが来た。


「もう、来れなくなった。王妃教育が始まるんだぁ」


 さみしそうに言ったベルは、諦めたように笑った。


「ナザトは、ここで誰よりも魔法が上手でしょ? 魔法で、みんなのことを守って欲しいの」


 真剣な夕焼けのようなオレンジの瞳に、俺は頷くことしかできなかった。


 また来て欲しいと言えるほど、子どもじゃなかった。

 別れがさみしいと言えるほど、素直でもなかった。

 ベルの役に立てるほどの力も持っていなかった。


 もう二度と、ベルの人生と交わることはない。

 そのことがショックだった。

 恋をしていたわけじゃない。ただ、何も返せないまま、終わるのが嫌だった。


 どうしたら、またベルと会えるのか。

 必死に道を探して、ベルが褒めてくれた魔法に力を入れることにした。

 ベルは、王妃教育が始まると言っていた。城勤めになれば、またベルと会える。恩を返せると思ったんだ。


 馬鹿だよな。

 孤児院出身の俺が、城という育ちの良い連中と共に働いて、同じ扱いが受けられるわけないのにな。

 城に勤められるほどの実力は、簡単に手に入った。少しコツを掴めば、苦労はしなかった。


 魔法省の新人の中でも俺が一番の実力者だった。

 だが、そんな俺が気に食わなかったんだろう。

 すべてのミスは俺のせいにされ、挙句の果てに、ない罪を作り上げられて、クビになった。


 そこで俺は諦めた。

 腹いせに国を壊してやろうかとも思ったが、それだとベルも困るだろうとやめた。


 そして、同じように辞めさせれられたヤツにスカウトされて、裏の世界に足を踏み入れたのだ。

 仕事は実力主義で、好き嫌いで、受けるか受けないかを決めた。

 俺は気まぐれだけど、必ず結果を出すと有名になっていった。


 そんな俺の噂を聞いて、依頼に来たのだろう。

 まさか、こんな形でベルと再会するなんて思ってもいなかった。


 再会したベルはキレイになっていた。

 でも、表情は暗く、昔の明るさはどこにもなかった。


 依頼内容の誘拐も、本当はやりたくなかったんだろう。

 口調はキツく、態度も刺々しかったけど、時々噛む唇が、諦めた目が、つらいと言っていた。


 だから、わざと失敗することに決めた。

 城に忍び込んで、王子を脅した。

 おまえの大事な女を助けてやるから、ベルリムを幽閉しろ。幽閉したあとは、俺に寄越せと。


 王子はベルを本妻にして、愛する女を側室にするつもりだった。王妃としての責務だけを、ベルに押し付けるつもりだったのだ。 

 クズすぎて殺そうかと思ったが、まだ使い道があるから、取っておくことにした。殺すのは、いつでもできる。



 また昔のように明るいベルに戻って欲しかった。それだけだった。

 だけど、昔のように明るく戻っていたベルを見たら、離れたくなくなった。

 軽口を言い合うのが、心地よかった。


 連れ去ることもできたが、地下牢(ここ)でゆっくりと愛を育むのも悪くない。ここなら、ベルの力じゃ逃げられない。

 誰も、ベルに会いに来ないから、俺だけのベルにできる。


 王子を生かしておいて、正解だった。

 同棲を邪魔するようなら、また脅して頼みを聞いてもらえばいい。


 頼みを聞いてもらえないなら、国を滅ぼそう。

 ベルを大切にしないヤツが王になる国なんか、滅んで当然だ。



  ***ベルリムside***

 

 いい匂いで目が覚めた。

 

「起きたか? 朝ごはんにしよう」


 その言葉に、首を傾げる。

 ……朝ごはん?  夕ごはんは? 

 あー、あのあと、朝まで寝ちゃったのか。寝すぎた……。


「顔洗って来な」


 私の代わりに、お腹がぐぅとナザトに返事をした。

  聞こえていないことを願ったけど、バッチリ聞こえていたようで、ナザトは楽しそうに笑っている。

 

 何もしなくても、牢番の人が持ってきてくれるのに、どうやらナザトが作ってくれたらしい。

 テーブルの上には、トーストにハムエッグ、サラダ、ヨーグルト、それからミルクティーが並んでいる。


 ナザトの席にはコーヒーがあるから、わざわざミルクティーを用意してくれたみたいだ。


 ……あれ?  私、ミルクティーが好きだって、話したっけ? 

 

「ほら、ハチミツもいるか?」

 

 ありがたく受け取り、パンにハチミツをかけた。

 これも、私の大好物。


 何だろう。ナザトが私を見る目が優しい気がする。相変わらず、目のハイライトはないけども。

 

「そこの本棚に、ベルが好きそうな本を適当に集めといた。好みに合わなかったり、他に欲しいのがあれば、すぐに言えよ」

「ありがとう」

 

 昨日は、本棚の中身をチェックするだけの余裕がなかったけど、そう言われると、すごく気になる。

 何の本があるんだろう……。

 

「見てくれば? 行儀よくする必要なんか、ないだろ?」

 

 そっか……。

 もう、大きな口で頬張って食べても、大声で笑っても、気になることがあって食事中に立っても、大丈夫なんだ。

 食事中に立つのは、今日だけにしとくけど。

 

「ちょっとだけ見てくる」

 

 いそいそと席を立てば、ナザトもついてきた。

 

「これ、俺のオススメ」

 

 そう言って、指で差した本のタイトルを見る。

 どうやら、冒険ファンタジーのようだ。


「8巻まであるんだ……」

「まだ連載中だぞ」

「そうなんだ。こういう小説、久しぶりだなぁ」


 ずっと読めていなかったけれど、本当はファンタジー小説が大好きだったことを思い出す。


 そういったものを読むのは、令嬢として良しとされていない。冒険やファンタジーではなく、貴族令嬢は恋愛小説が主流なのだ。

 

 両親は放任だったので、王子と婚約する前は何も言われなかった。

 けれど、婚約してからというもの、私の行動にチェックが入るようになり、読めなくなったのだ。


 その行動のチェックも、ここ数年はなくなっていたけれど。

 古代ドラゴンが復活をしたから、私をチェックしている場合じゃなくなったんだろう。

 


「気に入ったものがあったら、教えてくれ。今度、本屋にも行こうな」

「うん!!」


 楽しみだなぁ……。

 って、あれ? それって、脱獄だよね?


「牢を勝手に出入りしたら、駄目じゃない?」

「帰って来るんだし、問題ないだろ」


 そういうもの? いや、駄目でしょ。

 駄目なんだけど、本屋さんには行きたい。すごーく行きたい。


「ついでに食べ歩きもするか。うまいクレープの店もある」

「行く!!」


 本とクレープのダブルコンボに、脱獄かも……と考えるのはやめた。

 お出かけするのが、今から楽しみ過ぎる。



 ナザトは、どうしてこんなに私の好きなことを知っているんだろう。

 調べた? ううん。つい最近までの私からは、本当に好きなものは分からないはず。

 ということは、子どもの時の私を知っている?


 初恋の彼が頭を過った。

 優しくて、正義感の強い、年上の男の子。


 まさか子どもを好きになるなんて……と、自分がショタなんじゃないかと悩んだのも懐かしい思い出だ。

 たしか、中身は大人だけど、ベルリムの実年齢に精神が引っ張られてるから、仕方がないってことにした気がする。


 彼は魔法が得意で、孤児院が魔物の襲撃を受けた時、みんなを守ってくれたと聞いた。


 今、目の前にいるナザトも魔法が得意だ。

 それに、名前も瞳の色も同じ。

 だけど、昔は瞳に光があった。髪も色が違う。

 何より、裏の世界に足を踏み入れるような人じゃなかった。


「……カフカ孤児院って知ってる?」

「ベルの領地にある孤児院だろ? 知ってるよ」


 ナザトの返事を聞きながら、カフカ孤児院は、国で一番有名な孤児院になったことを思い出す。

 今や、国内の孤児院の手本とされていて、誰が知っていても、おかしくない。


「ナザトは──」


 その孤児院にいた? と聞こうとして、やめた。

 きっと違うから。

 それなのに、もしかしたら彼なんじゃないか……って思ってしまう。


 うん、初恋に夢見すぎだな。いつから、こんなに乙女思考になったんだか。

 ナザトが初恋の彼だったらいいな……と思っちゃうなんて。



「さっさと食って、本読もうぜ」


 その言葉に頷いて、席に戻る。

 大口でトーストをかじれば、ナプキンで口を拭かれた。

 その手つきは、優しい。


「これからは、楽しいことだけやっていけばいい」


 裏切った人が言うセリフとは思えない。

 それでも、短い時間で、ナザトに絆された自覚がある。


 食べ物につられたかな? それとも、本?

 もしかしたら、誰かからの優しさに飢えていたのかも。

 自分のチョロさに、少し不安になる。

 

 それでも──。


 一人暮らしだと思っていた地下牢での生活。

 強制的に同棲になってしまったけれど、思いのほか悪くないかもしれない……と思う。


 ナザトが飽きれば、どうせ一人暮らしになるしね。

 なんて思っていたのだけど、これから先もずっと一緒に生きていくことになるなんて、この時の私は思いもしないのだった。


  

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また、誤字報告もありがとうございます!!

そのうち、後日談を書くかもしれません。

評価やブックス、いいねをいただけますと大変励みになります。

よろしくお願いいたします。


8/1に『悪役令嬢にざまぁされたくないので、お城勤めの高給取りを目指すはずでした』がTOブックス様より発売になります。

web版も連載中ですので、よろしければ、そちらもよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
自由に脱獄しながらの地下牢同棲生活、楽しそうですね。 ベルはいつ本当のことに気がつくのかな? ナザトの瞳にハイライトが戻るといいな、と思います。 後日談、ぜひぜひお待ちしています!
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