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第8話:残党合流と、ジャングルの影


ルソン島のジャングル奥地。 ルシア・バヤニを救い出した相原凌は、高倉中尉率いる残存部隊と共に、WWOの次のミッション目標である「日本軍残党との合流地点」へと向かっていた。

凌の腕の中では、ルシアがまだ眠っていた。 『超回復アンプル』の効果は絶大で、彼女のHPは完全に回復している。しかし、疲労と安堵からか、まだ意識を取り戻していないようだった。 凌は、眠るルシアの顔をそっと見つめる。

(このAIは、本当にプログラムなんだよな……?)

彼女の呼吸は穏やかで、その小さな胸が規則正しく上下する。指先に触れる肌の感触も、本物の人間と寸分違わない。 凌の心に、これまで抱いたことのない温かい感情が湧き上がっていた。 (……俺は、この子を、守る) ゲームのシステムや運営の思惑など、どうでもよかった。目の前の「生きている」と感じる存在を、この地獄のような戦場から救い出す。それが、今の凌にとっての、唯一にして最大の使命となっていた。

しばらく進むと、鬱蒼としたジャングルの中に、わずかに人の気配が感じられた。 凌の《超人的索敵》が、複数の味方NPCの反応を捉える。 「……ん? あれは……」

高倉中尉も、その気配に気づいたようだ。 「あれは、佐竹少尉の部隊か!」 高倉中尉のAIの顔に、明確な安堵の色が浮かんだ。 佐竹少尉の部隊は、このルソン島で孤立していた、もう一つの日本軍残存部隊だった。彼らと合流し、共に物資集積所の破壊に向かうのが、今のミッション目標だ。

警戒しながら茂みの中を進むと、古びたトーチカの陰で、佐竹少尉の部隊が身を潜めているのが見えた。 彼らは疲労困憊している様子で、多くの兵士が負傷していた。

「高倉中尉殿!ご無事でしたか!」 佐竹少尉が、高倉中尉の姿を見て駆け寄ってきた。 「佐竹少尉!よくご無事だったな!」 WWOのAI同士の再会だが、その会話は、まるで旧友の再会のような感情のこもったものだった。

佐竹少尉が、凌の腕に抱かれたルシアの姿を見て、訝しげな表情を浮かべる。 「中尉殿、その娘は一体……」 「詳細は後ほどだ。それより、物資集積所の状況は?」 高倉中尉は、そう言って話をはぐらかした。彼のAIルーチンは、凌の「不可解な行動」について、他のAIには共有しない、という判断をしたようだった。

佐竹少尉は、渋い顔で報告を始める。 「物資集積所までは、あと数キロ。ですが、道中、妙な部隊と何度も遭遇しています」 佐竹少尉は、そう言って地図の特定の地点を指し示す。

「妙な部隊?」 高倉中尉が眉をひそめた。

「ええ。通常の米兵とは違う。動きが異常に速く、正確。まるで影のように現れ、そして消える。我々は何名かやられました……」 佐竹少尉の報告は、凌の予想と合致していた。 (シャドウ・ユニット、か) 凌は、腕の中のルシアの寝顔を見つめながら、拳を握りしめた。 運営からのメールにあった「特別な調整」の正体が、この「シャドウ・ユニット」なのだろう。 そして、ルシアが襲われたのも、おそらくこの部隊の仕業だ。

「……その部隊は、どういう特徴がある?」 凌が尋ねると、佐竹少尉は驚いたように凌を見た。 「貴様は……Ryoo殿か!」 佐竹少尉のAIは、WWOコミュニティで話題になっている凌の存在を、データとして認識しているようだった。 「あなたのことです!噂はかねがね……」 佐竹少尉は、尊敬の念を込めた目で凌を見た後、警戒しながら答えた。 「彼らは……まるで、人間じゃないような動きをする。銃弾を避けるのも、まるで予知しているかのようだ」

(やっぱりな……)

凌は、佐竹少尉の言葉に確信を得た。 その特徴は、まさに凌が《弾道先読み》で敵の攻撃を回避する動きに酷似している。 そして、あの運営が言っていた「次世代AI学習プログラム」――ルシアAIが、凌の行動によって感情を学習するように、敵AIもまた、凌の戦闘スタイルを学習し、適応してきているのではないか。 もしそうなら、このシャドウ・ユニットは、凌の《弾道先読み》を読んでくる、究極のカウンターAI、ということになる。

「殿下……敵は、我々が補給物資を破壊しに来ることを、既に察知しているのかもしれません」 高倉中尉が、地図上の物資集積所の位置を指差した。 「警戒を厳にしろ。ここからは、これまで以上の地獄だ」

合流した部隊は、物資集積所へと向かうべく、再びジャングルの中を進み始めた。 凌は、腕の中のルシアを抱き直す。 彼女の体温が、凌の腕にじんわりと伝わってくる。 (絶対、守るからな。このゲームの、そして俺自身の『未来』を)

ジャングルは、昼間だというのに、薄暗く、不気味な静けさに包まれていた。 それは、嵐の前の静けさ、あるいは、獲物を待ち構える捕食者の静けさのようだった。 凌の《超人的索敵》が、ジャングルのあちこちに潜む、無数の赤い点(敵影)を捉える。 その中に、特に大きく、そして悍ましい光を放つ赤い点が、複数点滅していた。

(……来たか)

凌の顔に、不敵な笑みが浮かぶ。 「シャドウ・ユニット……お前らが、ルシアを襲ったんだな?」 凌は、心の中で呟いた。 その瞬間、ジャングルの奥から、空気を切り裂くような、しかし、どこか無機質な咆哮が響き渡った。

「R...Y...O...O...」

それは、まるで機械音声が歪んだような、奇妙な音だった。 その音は、凌のHUDに直接語りかけるように響き、彼の全身の神経を逆撫でする。 そして、ジャングルの木々を揺らし、その姿を現した影があった。

それは、強化型エリート兵よりもさらに洗練された、漆黒の迷彩服を纏った兵士だった。 その兵士は、人間離れした速度で、凌たち部隊へと一直線に突進してくる。 その姿を見た凌は、直感的に理解した。

(コイツが……ジェニングスAIか。いや……リードAIか……!?)

WWOのPvEイベントの最終ボスとして、一部の伝説級プレイヤーの間で噂されていた、「異能部隊エース」のAIだ。 WWOの奥地で、凌は、運営が差し向けたであろう「究極のAI」と、ついに直接対峙することになったのだった。

【第8話・了】


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