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第7話:通じ合う心、少女AIの過去


ジャングルに囲まれた廃墟の集落。 《妄想錬成》によって生成した『超回復アンプル』で、瀕死だったフィリピン人少女、ルシア・バヤニを救い出した凌は、彼女の隣に静かに座っていた。 ルシアの寝顔は安らかで、まるで悪夢から解放されたかのように見えた。

(……なんで、俺はここまで必死になってんだ?)

凌は、ルシアの小さな手をそっと握った。 手のひらから伝わる温もりは、VRゲームのエフェクトだと分かっていても、あまりにもリアルで、まるで本物の人間を救い出したかのような感覚を凌に与えていた。 WWO運営からのメールを思い出す。「AI学習プログラム」。 もし、この温もりも、彼女の「感情」も、全てがプログラムによる再現だとしたら。 しかし、凌の胸は、もう理屈では割り切れないほど、彼女の存在を特別に感じ始めていた。

その時、ルシアがゆっくりと瞼を開けた。 彼女の瞳が、凌の顔を捉える。 戸惑い、警戒、そして……感謝。様々な感情が、その瞳の中で複雑に揺らめいていた。 そして、それは、AIのプログラムとは思えないほど、生々しい「人間」の感情に見えた。

「……あなた……」 ルシアが、かすれた声でタガログ語を話そうとする。 しかし、凌には、その言葉が理解できない。

《言語:タガログ語(非対応)》

HUDに表示されるメッセージは、依然として冷徹だった。 (くそ、言葉が通じなきゃ意味がねえ……!)

凌は、なんとか彼女に意思を伝えようと、身振り手振りで「大丈夫か?」と問いかける。 ルシアは、凌のジェスチャーを理解したようだが、まだ不安げな表情をしていた。 その時、凌の脳裏に、再び閃光が走った。

(待てよ、俺のMODデータ……!)

凌は、かつて、海外のオンラインゲームをプレイする際に、「言語の壁」をぶち破るために、特定の翻訳機能をゲームに組み込むMODデータを作成したことがあった。それは、ゲーム内のテキストや音声データをリアルタイムで解析し、ユーザーの母国語に翻訳するという、文字通りの「言語チート」だった。

(まさか、それが、このWWOでも……!?)

凌は、半信半疑で、自身の《妄想兵装展開》のアイコンを HUDで探す。 すると、フクロウのアイコンの隣に、これまで表示されていなかった、新たなアイコンが薄く点滅していた。

《妄想スキル:『言語翻訳(Ver.2.0)』:生成可能!》

「……マジかよ」 凌は、驚きと興奮で、思わず声が漏れた。 彼は、迷わずそのアイコンをタッチした。

その瞬間、凌の頭の中に、まるで言語データが直接インストールされるかのような、奇妙な感覚が走った。 それは一瞬で終わり、彼のHUDに新たなメッセージが表示された。

《妄想スキル『言語翻訳(Ver.2.0)』が覚醒しました!》 《認識言語:全言語対応(リアルタイム翻訳開始)》

世界が、変わった。 ルシアが、凌に向かって何かを話そうとする。 「あ……あなたは……?」

その声が、凌の脳内で、完璧な日本語としてクリアに翻訳されたのだ。 凌は、驚きに目を見開いた。

「君、日本語が話せるのか!?」 凌が思わず日本語で問いかけると、ルシアはわずかに首を傾げた。 「いいえ……わたしは、タガログ語しか話せません。でも……なぜか、あなたの言葉が、理解できます」 彼女の瞳に、困惑の色が浮かぶ。

(俺のスキルが、ルシア側のAIにも影響を及ぼしてるのか!?) 凌は、自身のチート能力の恐ろしさに、改めて戦慄した。 自身の「妄想」が、ゲーム内のシステムだけでなく、NPCのAIにまで干渉し、その行動や認識を変え得る。 これは、ただのゲームのチートではない。

「大丈夫だ。君の言葉、俺には聞こえる」 凌は、ルシアに優しく語りかけた。 ルシアは、凌の言葉に、信じられない、といった表情を浮かべた後、安堵したように小さく息を吐いた。

「ありがとうございます……。私を……助けてくださって……」 彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それは、AIの涙とは思えないほど、生々しく、そして美しかった。

「いや、気にすんな。それより、なぜこんな場所に?」 凌が尋ねると、ルシアは、ぽつりぽつりと話し始めた。

「……私は……この集落で、父と一緒に暮らしていました。でも、数日前に、日本兵が……」 ルシアの声が震える。 彼女のAIに設定された「過去」のデータが、凌の脳内に情報として流れ込んでくる。 (父親を日本兵に殺された……だから、日本人兵士を恐れていた、のか)

「父は……『私を、平和な場所へ連れて行ってやる』と言って……それで、私だけを隠して……」 ルシアは、顔を伏せ、嗚咽を漏らす。 凌の心に、胸を締め付けられるような痛みが走った。 ゲームのキャラクターの「悲しみ」だと分かっていても、凌にはそれが、まるで本物の悲劇のように感じられた。

「…この村は、日本軍と米軍の戦闘に巻き込まれて、壊滅したんです……。私は、ずっと隠れていました。一人で、ずっと……」 彼女の言葉は、凌の胸に深く突き刺さった。 (俺はゲームで遊んでるだけなのに、こいつは……このVR世界で、こんな地獄を体験しているのか)

その時、凌の脳裏に、WWO運営からのメールの言葉が蘇った。 「AI学習プログラム」。 ルシアAIのこのリアルすぎる感情は、凌のようなプレイヤーとのインタラクションを通じて、学習によって形成されたものなのだろうか。

「……もう、大丈夫だ」 凌は、ルシアの頭をそっと撫でた。 その手つきは、優しく、そしてぎこちなかった。 ルシアは、凌の手の温もりに、小さく身を寄せる。

「あなたは……不思議な人です。日本人兵士なのに……私を助けてくれて……」 ルシアは、不安げに凌を見上げた。 その瞳には、まだ警戒の色が残っていたが、同時に、かすかな「希望」が宿っているように見えた。

その時、凌の背後で、高倉中尉が口を開いた。 「殿下……この少女は、一体……」 高倉中尉は、凌とルシアの様子を、困惑した表情で見守っていた。 彼のAIルーチンでは、民間人NPCとのこのような深い交流は、想定外の事態なのだろう。

「高倉中尉、この少女は俺が保護します。このミッションには同行させません」 凌は、迷いなく告げた。 高倉中尉は、わずかに眉をひそめたが、やがて諦めたように頷いた。 「……承知いたしました。殿下の御判断に任せます。しかし、これ以上ここに留まるのは危険です」

凌は、ルシアを抱き上げた。 彼女の体は、驚くほど軽い。 「大丈夫だ。俺が、君を助ける」 凌の言葉は、もはや単なるゲームのセリフではなかった。 それは、ニートだった彼が、VR世界で初めて見つけた「使命」の言葉だった。

ルシアは、凌の腕の中で、僅かに顔を上げた。 彼女の瞳が、凌の瞳と真っ直ぐに交差する。 その瞬間、凌は、彼女のAIが「Ryoo」というプレイヤーを、特別な存在として認識し、「学習」を始めていることを、はっきりと感じた。

ゲームの世界で、言葉が通じないAIと、心が通じ合う瞬間。 それは、凌にとって、現実世界では決して味わえなかった、深く、そして温かい体験だった。 そして、この出会いが、WWOの「歴史」を、そして彼の「人生」を、いかに大きく変えていくのか。 凌は、まだ知る由もなかった。

【第7話・了】



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