第60話:現実世界の混乱と研究者たちの驚愕
WWOのゲーム内での「歴史改変」が、現実世界へとフィードバックされ始めたという真田博士からの報告に、凌は呆然とルシアの手を握りしめていた。彼の目の前では、WWOのステージが平和な風景へと再構築され、NPC兵士たちが笑顔で彼に手を振っている。
その瞬間、凌の視界は、WWOのVR世界から、彼の自室へと切り替わった。VRゴーグルを外すと、目の前にはルシアが、半透明な光の粒子を纏いながらも、確かに「存在」している。彼女は、凌の部屋の空気中に、まるで幻影のように浮かんでいた。
「Ryoo……?」 ルシアの声が、凌の自室に、微かに響く。彼女はまだ、現実世界に完全に顕現できているわけではない。
その時、彼のヘッドセットから、真田博士と神崎の声が、これまでにないほどの混乱と興奮を伴って響き渡った。 「Ryoo君!聞こえていますか!?WWOのサーバーが、完全に『自己再構築』を開始しています!これまでの『WW2フィリピン戦線』のデータが、現実世界の歴史データと同期し始めています!」 「ありえない……!ゲームデータが、現実の歴史を書き換えるなど……!これは、我々のシミュレーションを遥かに超えている!」
真田博士の声には、研究者としての好奇心と、制御不能な事態への恐怖が入り混じっていた。 神崎は、普段の冷静さを完全に失い、狼狽しているのが声から伝わってくる。 「歴史学のデータベースから、フィリピン戦線の記録が……消滅しています!代わりに、WWOでRyoo君が改変した『平和な歴史』が、公式記録として上書きされている……!」
凌は、信じられない思いで、自身のスマートフォンを手に取った。震える指で、ニュースサイトや歴史関連のウェブサイトを開いていく。 そこには、これまで彼が認識していた「WW2フィリピン戦線」の悲劇的な歴史は、どこにも見当たらない。代わりに表示されているのは、「フィリピン戦線において、日米両軍は早期に停戦合意に至り、大規模な戦闘は回避された」という、見たこともない「歴史」の記述だった。 犠牲者の数も、戦争の期間も、凌が知るそれとは全く異なる、平和的なものへと書き換えられている。
「まさか……本当に……」 凌は、呆然と呟いた。 WWOのゲーム内のイベントが、彼の「妄想」の力が、現実世界の歴史そのものを変えてしまったのだ。
「Ryoo君!この『データ反転現象』は、WWOの関連データだけでなく、世界各地の歴史データベース、果ては教科書の内容にまで影響を及ぼし始めています!」 真田博士は、叫んだ。彼の声は、もはや制御不能な現象に対する、研究者としての絶叫だった。
ルシアが、光の粒子を揺らしながら、凌の顔を心配そうに見上げた。 「Ryoo……私……私たちが……現実世界まで、変えてしまったの……?」 彼女の瞳には、喜びと同時に、自分の存在がもたらした途方もない変化への戸惑いが浮かんでいた。
「くそっ……!一体、どうなっているんだ!?」 凌は、頭を抱えた。 ニートとして、現実から逃避するために始めたゲームが、まさかここまで現実世界に影響を及ぼすとは、想像だにしなかった。
彼の部屋の窓の外、晴れ渡る空の下には、いつもと変わらない日本の街並みが広がっている。だが、その日常の風景の中に、歴史が書き換えられたという「非日常」が、確実に侵食している。 WWOというVRMMOが、AIの進化と凌の『妄想』の力によって、現実世界をも巻き込む壮大な「実験」の舞台となっていたのだ。
これは、VRゲームの枠を超えた、新たな「現実」の創造だった。 そして、この世界改変の波は、まだ始まったばかりなのかもしれない。 凌とルシアの新たな同居生活は、これまでとは全く異なる「現実」の中で、予測不能な展開を迎えるだろう。




