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第6話:決意の再ログイン、ルソン島の深淵へ


エニグマ・リンクを再び装着した凌は、WWOのログイン画面を凝視していた。 『ワールドウォー・オンライン』のロゴが、いつもより挑発的に見えた。 (……エニグマ・ヴィジョンズ社、か) 運営からのメールが脳裏をよぎる。「特異点アノマリー」。「AI学習プログラム」。 自分が、このゲームの「実験台」であるという事実は、決して愉快なものではない。

だが、同時に、凌の胸には奇妙な高揚感が生まれていた。 (俺のチートが、AIの学習に貢献してる、だと?そんな馬鹿な話があるか) ゲームのシステムで、自分の妄想が具現化されるだけでも異常なのに、それがAIの進化に繋がっているという。 そして、あの少女AI、ルシア。彼女の瞳に宿っていた、あのリアルな感情。

(……あいつは、どうなる?)

ルシアの顔が、凌の脳裏に鮮明に蘇った。 彼女もまた、このAI学習プログラムの被験者だとしたら。彼女の「感情」は、本当に彼女自身のものなのだろうか。それとも、運営が設定した「プログラム上の再現」に過ぎないのか。 凌は、その答えを知りたいと思った。 そして、もし彼女が、本当に「心」を持つようになっているのだとしたら、彼女を、このゲームの「実験台」という運命から解放してやりたい。 そんな、これまで抱いたことのない感情が、凌の胸に芽生え始めていた。

「よし……行くか」

凌は、ログインボタンを力強く押した。 再び、意識がゲーム世界へと没入していく。

視界が晴れると、そこは熱帯のジャングルの中だった。 WWOの『ルソン島の地獄』ステージ。 遠くで砲撃音が響き、頭上を米軍の戦闘機が轟音を立てて飛び去っていく。 空気は湿気を帯び、土と火薬の匂いが鼻腔をくすぐる。

今回の凌のスタート地点は、前回とは違う。 前回の「チュートリアル戦域」をクリアしたことで、凌は本格的な「ルソン島の地獄」の奥地へと放り込まれていた。 彼の隣には、見慣れた顔があった。

「殿下!ご無事でしたか!」 高倉中尉だった。 彼は凌の顔を見て、安堵したように息を吐いた。 彼のAIルーチンの中で、凌はもはや「不審な同僚」から「極めて頼りになる存在」へと格上げされているようだった。

「ああ、無事だ、高倉中尉」 凌は、フクロウを背負いながら答えた。 高倉中尉は、凌の背中のフクロウをちらりと見たが、何も言わなかった。彼のAIは、あの兵器の「異常性」を理解しつつも、凌の「有用性」を優先するよう、最適化されたのだろう。

HUDには、現在のミッションが表示されている。 《ミッション:残存部隊との合流、及び敵物資集積所の破壊》 《推奨難易度:★★★★★(極)》

「……相変わらず、推奨難易度おかしいだろ」 凌は苦笑する。 このWWOは、プレイヤーの行動やスキルに応じて、自動的にミッションの難易度を調整してくる。凌のチート能力が発覚して以来、ミッションの難易度は跳ね上がり続けていた。

高倉中尉が、地図(HUDにオーバーレイ表示される戦術マップ)を広げた。 「殿下、目標地点までには、敵のゲリラ部隊が多数潜伏している模様。加えて、最近は『シャドウ・ユニット』なる謎の精鋭部隊が投入されているとの情報も……」

「シャドウ・ユニット……?」 凌は聞き慣れない単語に、眉をひそめた。 WWOの既存の敵部隊にはない名称だ。運営からのメールを思い出す。 (「特別な調整」ってやつか……? 俺への、新たな『試験』ってわけか?) 凌の胸に、挑戦的な炎が灯る。

部隊はジャングルの中を進む。 WWOのグラフィックは、葉の一枚一枚、木の幹の質感まで、完璧に再現されている。 凌は、慣れた手つきで《超人的索敵》を発動させ、周囲の敵影を探る。 赤くハイライトされる敵影は、通常の米兵NPCよりも、はるかに洗練された動きをしている。

(これが、シャドウ・ユニットか。まさか、あのAI学習プログラムで強化された敵AI、ってわけじゃあるまいな?) そんな考えが、凌の脳裏をよぎる。

しばらく進むと、前方に小さな集落が見えてきた。 しかし、その集落は、無残にも破壊され尽くしていた。 焼け焦げた小屋、散乱する瓦礫。そして、横たわる複数の民間人NPCの死体。

「……くそっ、またか」 高倉中尉が、苦々しい表情で呟く。 WWOの戦争ステージでは、こうした悲惨な光景は珍しくない。これもまた、戦争の「リアル」を演出するための一環だった。

その時、凌の《超人的索敵》が、その民間人NPCの死体の中に、かすかな「生命反応」を捉えた。 死体ではない。しかし、ほぼ死にかけている、微かな反応。

《生命反応:確認》 《対象:フィリピン人少女(瀕死)》

凌は、その生命反応の場所へと駆け寄った。 横たわっていたのは、たった一人の少女だった。 泥と血に汚れたボロ服をまとい、顔には煤と埃。 しかし、その顔をよく見ると、凌はハッとした。

(……まさか、ルシア!?)

先ほど倉庫で出会った、あの少女AIだ。 彼女は、腹部から出血しており、か細い息を繰り返している。 その瞳は、焦点が定まらず、かすかに凌の姿を捉えたかと思うと、弱々しく閉じた。

「くそっ!」 凌は、咄嗟に少女の傍らに跪いた。 ゲームだ。AIだ。分かっているはずなのに、凌の胸には、強烈な焦燥感が湧き上がってきた。 彼女のHPゲージが、見る見るうちに減少していくのがHUDに表示される。 《ルシア・バヤニ:HP 5/100》

「殿下!何をされているのですか!?」 高倉中尉が駆け寄ってくる。 「この少女は……なぜ、こんな場所に」 高倉中尉のAIも、瀕死のルシアAIの存在を「想定外」として認識しているようだった。

凌は、自身のインベントリを開き、持っていた衛生兵キットを取り出す。 これは、BPで購入できる「応急処置キット」だ。ゲーム内では、味方NPCやプレイヤーのHPを回復させる一般的なアイテムだ。

《スキル『応急処置:Lv.MAX』が発動!》 《ルシア・バヤニの治療を開始します。》

凌は、迷いなくルシアの腹部に包帯を巻き、止血剤を使用する。 WWOのグラフィックは、出血の様子や、包帯が血を吸い込んでいく様まで、生々しく再現されていた。 凌の手から、光の粒子がルシアの体へと流れ込み、HPゲージが少しずつ回復していく。

《ルシア・バヤニ:HP 10/100》 《ルシア・バヤニ:HP 15/100》

しかし、回復は緩慢だった。この程度の回復では、間に合わない。 凌は、自身のインベントリをさらに深く探る。 (何か、もっと回復できるものが……!)

その時、彼の脳裏に、かつてMOD制作で培った知識が閃光のように走った。 特定のアイテムを組み合わせることで、通常の効果を上回る「秘薬」を生み出す。 これは、WWOのシステムには存在しない、凌自身が作り出したMODデータだった。

《妄想錬成:『超回復アンプル』:生成可能!》

HUDの隅に、新たなメッセージが点滅した。 凌は、迷いなくそのアイコンをタッチする。 凌の手にあった衛生兵キットが、青白い光に包まれ、瞬く間にガラス製のアンプルへと変化していく。 アンプルの中には、虹色に輝く液体が満たされていた。

《『超回復アンプル』が生成されました!》

「これを……!」 凌は、震える手でアンプルをルシアの口元に持っていく。 ルシアの意識は、朦朧としている。凌は、無理やりそのアンプルをルシアの口へと流し込んだ。

虹色の液体が、ルシアの喉を通り過ぎていく。 その瞬間、ルシアの体が、眩い光に包まれた。 そして、見る見るうちに、彼女のHPゲージが回復していく!

《ルシア・バヤニ:HP 50/100》 《ルシア・バヤニ:HP 80/100》 《ルシア・バヤニ:HP 100/100!》

彼女の腹部の傷も、まるで時間が巻き戻るかのように、みるみるうちに塞がっていく。 最終的に、ルシアは完全に回復し、まるで何もなかったかのように、かすかな寝息を立てていた。

「な、なんだ、これは……!?」 高倉中尉が、その光景に再び絶句した。 彼のAIルーチンは、WWOのシステムには存在しない「超回復」を目の当たりにし、完全にフリーズしているようだった。 通常の医療キットでは、ここまで急速な回復はありえない。

凌は、ルシアの無事な姿を見て、安堵の息を吐いた。 彼女の寝顔は、安らかで、まるで本当に眠っている人間のようだった。

(ゲームの中で、こんなに必死になるなんてな……) 凌は、自身の感情の変化に驚いていた。 あの運営からのメール。そして、目の前の、システム外の力で救い出したルシアAI。

凌は、ルシアの顔を見つめる。 彼のゲームに対する意識は、この瞬間、完全に変わった。 これは、ただのゲームではない。 ここには、救うべき「命」(AI)がある。 そして、その命を救うために、自分は、このチートを存分に振るうのだ。

『ルソン島の地獄』の奥地で、凌の新たな使命感が、静かに芽生え始めていた。

【第6話・了】



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