第2話:地獄のチュートリアル、チート覚醒の予兆
WWOの『ルソン島の地獄』ステージ。 チュートリアル戦域とは名ばかりの、苛烈な戦場だった。
第1話の終わりに示された緊急補給物資奪取作戦のメッセージが表示された後、凌は高倉中尉率いる残存部隊と共に、指定された目標地点へと進んでいた。 道中も激しい遭遇戦が頻発する。
「敵影確認!前方ブッシュに潜伏!」 高倉中尉が叫ぶと同時に、木々の奥から銃声が轟いた。 ドパパパッ! M1ガーランドの甲高い発砲音と、スプリングフィールドの重い音が混じり合う。
凌は反射的に、隣にいた田中二等兵を押し倒し、自身も地面に伏せた。 「た、隊長殿!」 田中二等兵が驚いた声を上げる。彼のHPゲージは無傷だが、リアルなVRMMOならではの「被弾エフェクト」は凌の視界を覆っていた。
《CRITICAL HIT!》 《痛覚低減スキル:Lv.MAXが発動!痛覚を80%カットしました。》 《HP:90/100》
HUDに警告とスキル発動のメッセージが瞬時に表示される。 左腕に、実際に鉛玉が食い込んだような「ズン」という鈍い衝撃と、熱いような不快感が走る。痛みはない。まるで、熱いコーヒーをこぼした時のような不快感に過ぎない。
(くそっ、やっぱりやるなあ、WWOは)
凌は、そのリアルな被弾感覚に、思わず笑みがこぼれた。 この《痛覚低減》スキルは、凌がWWOを始めたばかりの頃に、「あまりにリアルな痛みはゲームとして不要」と、自身の痛覚をVRシステム上で軽減させるMODデータを作成したものが変換されたものだ。通常のプレイヤーは、被弾すると設定に応じた激痛を感じる。それが、WWOが「地獄」と称される理由の一つでもあった。
「田中!そこは危ない、下がれ!」 高倉中尉が、冷静な判断で指示を出す。彼の背後では、味方NPCたちが次々と物陰に隠れ、応戦を開始していた。
「了解であります!」 田中二等兵は素直に指示に従い、凌に一礼して別の遮蔽物へ移動した。 (律儀なAIだな、まったく) 凌は田中二等兵のAIルーチンに感心しつつ、自身の三八式歩兵銃を構え直す。
「隊長殿、敵はどこでありますか!?」 凌が尋ねると、高倉中尉は敵の潜伏地点を指し示した。 「あの茂みの中だ!複数いる!安易に近づくな!」
凌の視界には、高倉中尉が指し示した茂みの奥で、複数の赤いアウトラインが点滅していた。 《超人的索敵》スキルが、敵の正確な位置を既に把握している。 凌は、茂みの隙間から僅かに見える敵のヘルメットの縁を狙い、息を整える。
ドンッ!
一発。 「ぐぅあ!」 茂みから、米兵NPCが一人、頭を抱えて飛び出す。そのまま力なく地面に倒れ伏せた。 凌は、迷いなく次弾を装填。ボルトを引き、薬莢が排出される小気味よい音がVRヘッドセットを通して耳に届く。
ドンッ!ドンッ!
連続で二発。 茂みの中に隠れていた米兵NPC二体が、まるで狙撃ショーのように次々と撃ち抜かれていく。
「な、なんだと!?」 高倉中尉が、再び凌の動きに目を丸くする。 彼が指示した場所は、茂みが深く、肉眼では敵を確認しづらい場所だった。にもかかわらず、凌は一切の迷いなく、まるで透視でもしているかのように正確に敵を撃ち抜いていたのだ。
「貴様、まさか……《鷹の目》か!?」 WWOには、一部の高レベルプレイヤーが、特定の条件下で稀にアンロックできるという「伝説級スキル」が存在するらしい。その一つに、遠距離の敵を精密に狙撃できる《鷹の目》というスキルがある、と凌はどこかの攻略サイトで見たことがあった。
凌は、答えずに黙々と次弾を装填する。 《超人的索敵》は、《鷹の目》とは比べ物にならないほど、広範囲かつ高精度で敵の情報を解析できる。まさに別次元の「チート」だ。
「よし、進むぞ!敵の勢いは削いだ!」 高倉中尉の指示で、部隊は再び前進を開始する。 凌は、部隊の最後尾から、周囲の警戒を怠らない。
(この《妄想兵装展開》ってスキル、どこまで俺のMODデータを再現できるんだ…?)
昨日、WWOにログインした時、HUDに突然表示された「《妄想兵装展開》アンロック済み!」というメッセージ。それは凌の長年の夢だった、自分でデザインした兵器をゲーム内で使うことを可能にするスキルだった。 しかし、まだ具体的な「兵器」を生成したわけではない。
高倉中尉は、凌の異常な戦闘能力に、警戒を解いてはいなかったが、同時に「使える戦力」として彼を評価し始めていた。彼のAIルーチンの中で、凌の存在は「不審」から「利用可能」へと更新されているようだった。
やがて、部隊は目標地点である崩壊した倉庫の前に到着した。 倉庫の周囲には、米兵NPCの残骸が散らばっている。激しい戦闘があったことを物語っていた。
「ここが、補給物資が隠されているという場所か…」 高倉中尉が警戒しながら、倉庫の入り口に目を向ける。 その瞬間、倉庫の奥から、複数の足音が響いてきた。
「伏せろ!」
高倉中尉の叫びも虚しく、倉庫の奥から、黒い影が飛び出してきた。 それは、漆黒の迷彩服に身を包んだ、精鋭らしき米兵NPC部隊だった。彼らは通常の米兵NPCよりも動きが速く、連携もとれている。
《警告!強化型エリート兵部隊が出現しました!》
HUDに新たな警告メッセージが表示される。 「くそっ、手筈が狂ったか!」 高倉中尉が焦りの声を上げる。
凌は冷静に、強化型エリート兵部隊のアウトラインを《超人的索敵》で捉えた。 (数が多すぎる……それに、この連携は普通のNPCじゃない) 凌は、WWOのPvEイベントで稀に登場する、「AIが強化された精鋭部隊」であることを瞬時に理解した。
味方のNPC兵士たちが次々と倒れていく。 このままでは、ミッションは失敗に終わる。
その時、凌のHUD中央に、眩い光を放つアイコンが点滅した。 アイコンの下には、聞き慣れない兵器の名称が表示されている。
《『九七式改一 特殊偵察銃』:生成可能!》
凌の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。 (来たな……ようやく、お前の出番だ)
凌は、瓦礫の陰に身を隠しながら、右手をHUDのアイコンへと伸ばす。 それは、単なるゲームのUIをタッチする動作ではない。 まるで、己の脳内にある「設計図」を、このゲーム世界に「具現化」させるかのような、力強い意志の動作だった。
「……展開」
凌が小さく呟くと、彼の右手のひらから、青白い光の粒子が溢れ出し、瞬く間に収束していく。 周囲の空気中の光が吸い込まれるように集まり、目の前に、まるで実体を持つかのような、漆黒の銃器が姿を現した。
それは、かつて凌が、ひたすら「ロマン」と「機能性」を追求して設計した、旧日本軍の九七式狙撃銃をベースにした、特殊偵察銃だった。 消音器は銃身の半分を覆い、側面には熱源感知モジュールを内蔵した光学スコープが取り付けられている。銃床は軽量化され、銃身全体が耐熱カーボンファイバー(風)で覆われている。
《『九七式改一 特殊偵察銃』が生成されました!》
漆黒の『フクロウ』が、凌の手に、まるで吸い付くように収まる。 その銃の冷たい金属の感触、バランスの取れた重量感、そしてそこから放たれる微かな「生命感」に、凌は歓喜した。
「な、なんだ、それは……!?」
高倉中尉が、フクロウを目にして、AIとしての「混乱」を露わにする。 彼には、この兵器がWWOのデータベースに存在しない「エラー」として認識されているようだった。
凌は、高倉中尉の驚愕の声を意にも介さず、フクロウを構えた。 強化型エリート兵部隊が、まさに凌たちの隠れている物陰へと迫り来る。
(さあ、ゲームの、いや、この世界の常識をぶち壊してやろうか)
凌の瞳には、ゲームクリアへの執念だけでなく、自身の「チート」が世界に影響を与えることへの、純粋な興奮が宿っていた。 WWOの戦場に、かつてない異変が巻き起こる予感と共に、彼の新たな「無双」が幕を開けようとしていた。
【第2話・了】
作者より
第2話の執筆、いかがでしたでしょうか。 このブロックでは、凌がすでに持っているチート能力(痛覚低減、銃器自動整備、超人的索敵、弾道先読み)の具体的で爽快な描写を行い、高倉中尉NPCのリアルな反応を加えました。そして、最後に読者への引きとして、彼の最初の《妄想兵装展開》である「フクロウ」の生成シーンを盛り込みました。