前編1
筆者の三作目「青色の薬師見習いは癒したい」始まります。全6話の短編で完結まで毎日更新予定です。
カリリオの港には、朝になると潮の香りと薬草の匂いが入り混じった風が吹く。
船の帆をはためかせるその風は、異国から運ばれてきた香辛料や交易品の匂いを含み、通りには港町ならではの雑多な空気が広がっていた。
その通りの一角。青く塗られた木の看板には、こう刻まれている。
《調薬堂ミンフェル》
朝の光を受けてその文字がきらりと光る。
「お母さん、今日は海石花を五束、棚の奥に移しておくよ。昨日の湿気で少し水気を吸ってる」
そう言ったのは、白いエプロン姿の少女だった。
深い青色の髪を後ろで一つに結び、袖をたくし上げて深緑色の瞳で棚の奥を覗き込む彼女の名はシルア・ミンフェル。薬屋を営む両親のもとで働く十五歳の見習い調薬師である。
「ありがとう、シルア。ちゃんと乾燥剤も一緒に入れておいてね。海石花は湿気ると魔力が抜けるから」
奥の作業机で帳簿をつけていた母親が声をかける。
「うん、大丈夫。乾燥剤と一緒に調剤粉末も包んでおくよ」
シルアはそう言って、てきぱきと手を動かした。
棚に並ぶ薬草のひとつひとつに、色の違う紙が貼りつけられている。カリリオで使われる薬草は、魔力を宿すものが多く、それぞれの薬の効能の高さもあってシルアが住む大陸東側の国「アストラリア海諸島王国」の中でも有数の薬を生み出す癒しの交易港として有名であった。
シルアは、「沈着」と「調和」の性質を持つ青色と緑色の魔力に適性を持ち、見習いながら既に調薬師として一人前になりつつある。薬を調合するとき、彼女が操る魔力が、薬草の効力を高め、癒しの調薬として必要とされる人に取引されるのだ。
しかし。
「……最近、海鳴草が手に入らないのが痛いね」
母親がぽつりとつぶやく。
「船が来なくなったから?」
「そう、東方交易の船が何隻も沈んでるって話。『海災獣』が出たとか何とか……」
シルアは眉をひそめた。
「海竜ギロア……でしょ? 本当に出たのかな」
「さあね。でも、うちの卸も取引を一時中止するって言ってきたの。入荷予定は未定……。当分、海鳴草入りの薬は作れないわ」
海鳴草は、青と白の魔力を併せ持つ希少な海草で、魔力の安定や精神の鎮静に効果が高い。自身の持つ魔力をうまく制御できない子供や、高熱で幻覚を見る病人には欠かせない素材だった。
その日の夕方。
シルアは町外れの小屋に薬を届けに行った。
「お姉ちゃん、エリュシアにお薬持ってきてくれたの?」
出迎えてくれたエリュシアの弟が、期待に満ちた目で彼女を見上げた。
「うん。体が楽になる薬と、夢見がよくなるハーブもあるよ」
病床に伏す少女エリュシアは、シルアと仲の良い幼馴染だ。シルアを姉のように慕い、いつも笑っていたが、現在は顔色が悪く、呼吸も浅い。彼女は重い熱病にかかっており、本来なら海鳴草を使った精神安定薬が最も効果的だった。
シルアは手持ちの薬を工夫して調合し、少しでも楽になるように祈るような思いで与えた。
「……これで……楽になる?」
かすれた声で問うエリュシアに、シルアは笑顔を作った。
「大丈夫。よく効く薬だから」
だが、内心ではわかっていた。
(今ある薬じゃ時間を稼ぐだけ……)
その夜、シルアは眠れなかった。
天井を見上げながら、エリュシアの細い手を思い出す。
(海鳴草さえあれば......。)
その一念が、彼女の胸の奥で静かに芽吹いていた。
(もし……自分で手に入れに行けたら……)
港の風が、部屋の窓をそっと揺らした。
青色の薬師見習いは癒したいを読んでくださりありがとうございます。
前作の「黄色の横断屋は運びたい」や前々作の「赤毛の錬金術師は溶かしたい」から来ていただいた方はまた会いましたね。とってもありがとうございます。
まだ読んでいない方は是非読んでいただけるととても嬉しいです。
いずれの小説も2万字程度の短編なのでサクッと読めます。
さて、前書きでも書きましたが、本作は完結まで毎日更新を予定しています。
本作も今までの小説の例にもれず、短編なのでさらりと読める物語になるかと思います。
作者のやる気につながるので作品がいいなと思ったらブックマーク、高評価お願い致します。
誤字脱字等も気をつけてはいますが、ありましたら報告していただけると幸いです。
それでは次話でまたお会いしましょう。