ダンジョン探索はロボットで!
「この先に穴があるんでさぁ」
旧埼玉県の秩父山中、村長からダンジョンの情報を譲ってもらって村人に案内してもらった。車で通れるギリギリの山道、その先にダンジョンがあるらしい。
「どーもありがとうございます!」
道案内をしてくれた村人に笑顔でタバコを1箱渡すと、村人は上機嫌で山道を戻っていった。
ダンジョンが世界に現れておよそ30年。
その脅威に対抗するため人々は集まり防衛線を築いた。
結果として人口は二極化し、人の少ない山奥などは物流が未だ十分ではない。
だから都市部では簡単に手に入るタバコや酒などの嗜好品は現金以上に喜ばれる。
「さて、とりあえず場所を確認するか」
乗ってきた軽ワゴンからショットガンとナタを取り出して山に踏み入る。
放置されたダンジョンの周辺にはダンジョンから溢れた魔物がうろうろしていることはあるが、よっぽどの大物でなければ銃でなんとかなる。
なんとかならないのはダンジョンの中の魔物だ。
「外にはいないな」
洞穴の入口にはまだ新しい立入禁止の看板が立っている。
出来て間もないダンジョンであれば周囲に魔物がいないのも不思議じゃない。
ポケットから小さい玉を取り出し洞穴に向かって投げる。
コロコロとダンジョンの中に転がった玉はぼんやりと青い光を放った。
魔力反応あり。
ダンジョンだ。
一度車に戻り、一輪車に調査用の機材を乗せる。
ダンジョン用の通信アンテナや発電機、カメラなどを運び、最後に
「よっこいせ」
分解したロボットのパーツを運ぶ。
このロボットこそが人類がダンジョンに対抗するための武器だ。
ダンジョンには魔物がいる。
ダンジョンの魔物は人を見れば襲ってくるほど凶暴で好戦的。
そして軍隊の装備でも苦戦するほどに強く、数も多かった。
ダンジョンが現れた当時は各国の軍隊がダンジョンに挑み、多大な人的被害を出したそうだ。
状況が変わったのは20年前にこのロボットが開発されてから。
多大なコストをかけて入手したダンジョンの資源を研究し、ダンジョンの魔力で動く遠隔操作ロボット、M-RIG(Magitech Remote Integrated Gear)が富田重工の手により誕生。
M-RIGは超人的なパワーと耐久力でダンジョン内の魔物とも互角以上に戦った。
M-RIGの生産量が増えるにつれダンジョンは攻略され、人類の生存圏も広がっていったわけだ。
「とはいえダンジョンの中でしか動けないから入口まで運ばなきゃならないんだけどな」
愚痴りつつも一輪車を押してダンジョンへ向かう。
俺が使ってる軽量モデルでも100キロはあるので分解しないと運べないのだ。
入口と車を何回か往復し、道具を運び終えたら準備を始める。
ダンジョン用のアンテナを立て、地上用の通信機に接続。
ダンジョン内に設置する発電機と通信機を接続し、発電機は運べるように延長ケーブルを用意する。
最後に運んできたM-RIGをダンジョンの入口で組み立てて準備完了だ。
「おっと、カメラも忘れずに」
入口と設備を見守るためのカメラも設置して電源を入れる。
スマホのアプリでカメラとアンテナの接続状況を確認。問題なし。
「あとは配信予告をセットして準備完了だ」
M-RIGが登場して以来ダンジョン探索のリスクは下がり、しかも映像や音はダンジョンの中から中継されるわけで、人跡未踏のダンジョンの映像が娯楽に利用されるまでの時間は長くはなく……
今では安全だがリアルなスリルを鑑賞できるダンジョン配信は人気コンテンツとなっているわけだ。
最初は魔物との戦闘の激しさに残酷だ何だと揉めたらしいが、ダンジョンの魔物は死ぬとドロップを残して消えてしまうため、慣れとともに次第に声は収まっていった。
何よりダンジョンに対抗するのは人類の存亡に関わるわけで、情報収集や拡散、広報の観点から禁止にする選択はなかったとかなんとか。
今ではD-Sportsと呼ばれるプロ冒険者によるダンジョン攻略対決、配信者とリスナーで一緒に探索する参加型、新製品のテストや比較、ダンジョンで拾ったアイテムの鑑定、魔物の倒し方ハウツー、ダンジョン素材での料理などなどコンテンツの幅も広くなった。
俺もその世界の端っこで「ダンジョンさんぽ」チャンネルを立ち上げてこうして配信しているわけだ。まあ本業は未踏破のダンジョンを探して情報を売る仕事、ダンジョン探索家だが。
車に戻ってダッシュボードに並べた配信機器をチェック。
助手席に座ってヘッドマウントディスプレイをかぶり、M-RIGのカメラからダンジョンの入口の様子が送られてきているのを確認する。
「はいみなさんこんにちわ。ダンジョンさんぽです」
ダンジョン入口の監視用カメラにM-RIGで手を振りアピールする。
「今日は関東某所のダンジョンの探索をしていきます。レアなダンジョンだと嬉しいですが今回のダンジョンはどうでしょうか? 楽しみです」
いつもと同じ配信開始の挨拶をして画面をM-RIGの映像に切り替える。
リスナーは3人。まあいつもこんなもんだ。
リスナーのひとりは俺のスポンサーで、仕事ぶりの監視などではなくガチで情報を確認しに来ている。たまにコメントに指示を混ぜてくるのが困る。
もう一人は多分同業者。
『さんぽさん配信おつです』
つまり楽しみで配信を見に来ているリスナーはコメントをくれたひとりしかいないのだ。
本業はダンジョン探索家なので別に寂しくも悔しくもないがな。
コントローラを操作してM-RIGで発電機を持ち上げ、ダンジョンの入口を進む。
もっとちゃんとしたコクピットもあるのだが、ヘッドマウントディスプレイとコントローラーで簡易操作もできるのがM-RIGのいいところだ。
細かい操作は補助AI任せになってしまうのだけどな。
入口を10メートルほど進んだ所で世界がひろがる。
本当の意味でのダンジョンの入口がここだ。
ダンジョンの中には別空間が広がっていて入口で地上と接続しているというのが今のところの有識者の見解らしい。原理は不明。
「このダンジョンのバイオームは森林のようですね」
今回のダンジョンは森林。
当たりかハズレかと言えば、普通だ。
運んできた発電機を置いてスイッチを入れると内部からフゥーンと静かな動作音が発生し、発電モードに入る。
この発電機もM-RIGと同様の仕組みで動いていて、ダンジョンの魔力で動作するため燃料コストはゼロ。ただし何日も放置するといずれ魔物に見つかって破壊されてしまう。
「とりあえず植生と魔物の確認からしていきましょう」
森林のダンジョンだからと言ってどれも同じというわけではない。
しかし全部が全部違うというわけでもない。
「ぱっと見た感じでは森林タイプの2型のようですね。細かい分類はAIに任せて魔物を探しましょう」
レーダーを確認しながら膝丈の草を踏み分けて進む。
サンプルをいくつか回収しつつ森を進むとレーダーに反応が現れる。
「何かいますね」
木に隠れながら反応がある方をズームする。
鼻がある場所にまっすぐ突き出た角が生えたイノシシだ。
「ヤリイノシシですね。ダンジョンの危険度は下の上ぐらいでしょうか」
ヤリイノシシは角を活かした体当たりで襲ってくる割とポピュラーな魔物だ。
普通のイノシシより少し大きい程度だが、普通の銃弾では皮に弾かれてしまう。
「倒せないことはないですが、ここは迂回しましょう」
だがM-RIGであれば角を避け、装備してる斧で力任せに殴れば倒せる程度の魔物だ。
他にも穴に隠れて下から不意打ちを狙ってくるモグリアナウサギ、細く強靭な糸で獲物を吊り上げるクビツリグモなどを確認できた。
「あっ、これは!?」
さらに探索を続け、ふと見慣れない花を見つけた。
「この青と紫の花はもしかしてマダライヤシソウでは? やっぱりそうだ!」
花の根っこを丁寧に掘り返すとまだら模様の根茎が出てきた。
「マダライヤシソウの根は高級ポーションの材料のひとつでなかなか見つからない素材です。しかも大きい。やべぇな、新しいM-RIGが買えるかもしれん……」
『素に戻ってて草』
「んんっ! もう少し探してみましょう!」
咳払いをして更に探索を続ける。
自然と足元に注意が向いてしまう。
『おい、今なにか動いたぞ』
「え?」
コメントに促されレーダーを見るが何も反応はない。
「レーダーに反応はないですね」
ゆっくりと周囲を見回す。
それなりの大きさの樹木や低木に囲まれ、確かに視界がいいとは言えない。
とはいえそれらしい魔物の姿は見えない。
木の上にでもいるのだろうか?
『ちがう! 上じゃない!』
『あ、ほんとに何かいる! あっちいった!』
「あっちじゃわからん!」
『右だ! 右に行った!』
『違うそっちじゃない!』
「どっちだ? どこだ?」
キョロキョロしながら片手斧を構えてゆっくりと下がる。
せめて木か岩を背にしたい。
ゴンという音がして進みが止まる。
「ん?」
こんな所に木があったかな?
背後を確認しようと振り返る前に画面が消えた。
ーー通信不能ーー
「はぁーー!?」
サブモニターで通信状態を確認する。
アンテナの状態は問題なし、だがM-RIGのステータスは表示されない。
カメラだけが壊れたという状態でもないようだ。
『え? やられた? さんぽさんやられちゃったの?』
そう。
どうやら魔物にやられたらしい。
しかも完全行動不能の全ロスだ。
「嘘だろー! いくら中古とはいえダンジョンの1階層でワンパンされるような機体じゃないぞ!」
一応M-RIGにも弱点はあり、頭にある通信部分や胸にあるコアを破壊されると行動不能になる。とはいえ重要な部分なのでしっかりと守りは固めているのだ。
『ドンマイです。あ、回収屋のURL置いていきますねw』
『さんぽさん、落ち込まないでがんばってください! 応援してます!<1,000p>』
「スパチャあり……ありがとうございます! 今後の対策を練りますので今回の配信はここまでにします。ご視聴ありがとうございました!」
『さんぽ先生の次回作にご期待くださいw』
「うるせー!」
配信をきり、ため息をつく。
これからどうする。
ダンジョンの情報を売る身で回収屋など呼べるはずがない。
場所を教えてしまったら意味がないのだ。
となると予備のM-RIGを運んで自力で回収するしかない。
村でM-RIGが借りられるかどうか聞いてみるか。
「ついてねぇなあ」
とぼとぼとダンジョンの入口に足を運ぶ。
たまたま見つけたレア素材に浮かれていなかったと言えば嘘になるが、油断をしていたわけでもなかった。そもそもレーダーに映らない魔物がいるというのも聞いたことがない。
アレは一体何だったのか……
夕暮れの山道でダンジョンの方から誰かが歩いてくる。
どうやら女の子らしい。手には手提げ袋を持ち、背中には何か大きなものを背負っている。
「こんにちわ」
こんな山奥に女の子がひとりで歩いているのは不自然だが、多分山菜か何かを取りにいった帰りなのだろう。愛想よく挨拶をすると女の子も挨拶を返してくれた。
「こんにちわ! 村に外の人が来るなんて珍しいね!」
日に焼けた健康そうな少女だ。中学生か高校生ぐらいだろう。
「今日は珍しい獲物が取れたからよかったら後で買い取ってよ! 結構良さそうだから新しい服とか靴がいいなー」
ニコニコと笑う少女の手には見覚えのある斧が握られている。
「獲物?」
「そう。これだよ! 珍しいでしょ!」
振り返ってみせる少女の背中にはロープで簀巻きにされた俺のM-RIGがくくりつけられていた。
「そっ、それは獲物じゃねえ! 俺のだ!」
「違うよ! あたしが穴の中の森で捕まえたんだもん!」
「おま、ふざけんなよ!? ダンジョンで捕まえたって……捕まえた?」
「そうよ?」
ダンジョンの外に俺以外の通信設備はなかった。
だから他にM-RIGはいなかったはずだ。
「お前、M-RIGは?」
「エムリグ? なにそれ?」
「知らないのか? お前が背負ってるものだよ。ていうかそれめちゃくちゃ重いだろ? 大丈夫なの?」
少女は背中のM-RIGをちらっと見て、よいしょと背負い直した。
「ちょっと重いけどなんとかなるよ?」
ならねえよ!
ていうかこいつ生身でダンジョン入ったのかよ!
「とにかく! それは元々俺のものだ。返せ」
「いーやーだ! あたしが獲ったものはあたしのものだもん!」
腕組みをしてぷっくりふくれる様子は年相応のものだ。
「お前な……」
「さっきからお前お前って失礼じゃない?」
「じゃあ名前教えてくれよ」
「名前を聞く時は自分から名乗るものって爺ちゃんが言ってたよ!」
「ヨシオ……三方好雄だ」
少女はうむうむと頷き
「ヨシオさんね。あたしはヒメコ! よろしくね!」
俺は笑顔で差し出された彼女の右手をちょっと強めに握った。
ビクともしなかった。石かよ。
これが生身でダンジョンに挑むフィジカルモンスター、御岳姫子と俺の出会いだった。