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まるで地獄のようだった




セドリックに棒で殴られたエリザベスは直ぐ様、公爵家お抱えの医者を呼ばれ手当を受けた。


「コブができたくらいですな。棒に当たったのと、お倒れになった時の」


「ああっ!! 良かったですわお嬢様! 麗しいお顔に傷でも残ったらと思うとわたくし……!!」


「お父様に叱られるものね」


「えっ……?」


エリザベスは、メイド長が大袈裟に嘆くのを冷たくあしらう。過去に戻ってきたらしいエリザベスにとって、ここにいるメイドたちの印象はいいものではない。


「……なんでもないわ。みんな済んだら出てって」


メイドたちは呆気にとられたが瞬時にエリザベスの言葉に従い速やかに退室していった。

公爵家の使用人は良くも悪くも優秀である。


「ではお嬢様、私も失礼いたします。暫くは安静になさってくだされ」


「ええ、ありがとう」


「ほほう! いつの間にか立派な淑女になりましたな。では……」


長く公爵家に仕える医者にとって、ついこの間までは小言や諫言を一切許さず、誰にでも高圧的な態度で接する横暴な小公女(こむすめ)だったエリザベスが素直にお礼を言ったことはさぞ衝撃だっただろう。

エリザベスですらこの状況に驚いているのだ。


「いったい、どうなっているのかしら」


ふかふかで大きなベッドから飛び降り、子供には少々使いづらい鏡台の椅子に登り、エリザベスは鏡に映る幼い自身を見てひとり呟いた。

あの時、自分は間違いなく断頭台にて処刑されたはずである。

しかし、鏡に映るのは首と胴体が繋がった、小さなエリザベス。

エリザベスの記憶が正しければ、この日は13年前のセドリックとの初めての顔合わせであった。



この頃、死んだ母親から蝶よ花よと甘やかされてそれはもう傍若無人な子供に育っていたエリザベス。

気に入らないメイドをいびり公爵家から追い出したり、気に食わない同年代の令嬢には公爵家の権力を振りかざして脅したり、爵位の低い大人の貴族たちにすら横柄な態度で接していた事から、父譲りである金色の瞳と母譲りである深紅の髪色に準えて『紅い悪魔(レッドデビル)』と恐れられていた。


セドリックはそんな噂の立つエリザベスとの婚約を嫌がっていたが、エリザベスがセドリックの王太子という肩書きと紺碧の瞳と金の髪色に惚れ込みゴリ押ししたのだ。

父親であるグレゴリー・マウントバッテン公爵も王家も、互いが打算的に婚約を後押ししたのもあって正式に婚約が結ばれる事になり今日に至ったのである。

そう、この日。

後は若い二人でと、公爵が王家の使者との会談のために当事者を庭に放り出したのが事の発端であった。

もちろん、王家と公爵家の使用人たちが付いてはいた。

しかし、無駄に身分の高い5歳児が二人。

小公女であるエリザベスに負けず劣らず王太子であるセドリックも年相応に生意気で、苦言を呈そうものなら首が刎ねられるのではないか、と、どちらの使用人も不干渉を貫いてしまったのがいけなかった。

エリザベスは高飛車な態度でセドリックにエスコートを命令し、セドリックも同じように高慢な態度でエリザベスを『悪魔』と詰った。

今まで誰から『悪魔』と陰口を言われても身分の低い者の負け惜しみであると気にしていなかったが、自分に逆らい面と向かって言ってくる子供、ましてや自分より身分の高い子供などいなかったエリザベスにとって初めての屈辱であった。

また、今まで自分の意に添わぬ子供、自分に命令する子供などいなかったセドリックも、エリザベスに下に見られた事は屈辱的でならなかった。

エリザベスはセドリックに向かって小石や草を掴んでは投げ抜いては投げて泣き叫び、それに当てられたセドリックも目に涙を浮かべ投げられた小石や草を投げ返して罵詈雑言を喚き散らした。

様子を見ていた双方の使用人たちはそろそろ慰めにかかろうかと、顔を見合わせたところで事は起こった。

整えられた低木の方へ追いやられたセドリックが木の枝、なんて可愛い表現のものではない木の棒を拾ってしまった。

庭師が見逃していたのか片付け忘れたのかわからないが、どちらも涙で前後不覚の状態、セドリックが振り回した棒は見事にエリザベスの右側頭部にクリーンヒット。

芝生に倒れ込んだエリザベスの耳を劈くような悲鳴が響き、側には己の仕出かした事への戸惑いに動けなくなったセドリック。

厳かな公爵家の庭で慌てふためく使用人たち。


まさに地獄絵図。


いくら公爵家や王家の優秀な使用人であっても人の口に戸は立てられるものではない。

この騒動によってセドリックはエリザベスを傷付けたと吹聴され、事の責任を取るという口実により婚約者となったのである。

エリザベスにとってセドリックは、自分が屈服させた男であり、自身と対になるような色合いと完璧な容姿を持つ自身の所有物の一つだった。

しかし、同じ時間を過ごすうちに自分の思い通りにならない唯一無二の男であるセドリックへの恋心がエリザベスの心の中に確かに芽生えていた。

セドリックは多少の負い目もあり拒絶してはいたものの定期的に王城で茶会などして過ごし、誕生日にはプレゼントを贈り合い、共に帝王学を学び、学園でもエリザベスの婚約者として常に寄り添ってきた。

エリザベスは自分なりにセドリックと付き合えていたと、あの平民とセドリックが思い合うまでは本気で思っていたのだ。


『エリザベス様はセドリック様をお飾りだと思ってるんですか!!? セドリック様は、リックはあなたと同じ人なんですよ!!』


礼儀もなっていない無礼な平民の、しかも男爵家の養子である分際でマウントバッテン公爵令嬢に楯突いた見窄らしい茶髪のティアナという女が現れるまでは。

エリザベスにとって生涯二度目の屈辱であった。それも、婚約者であり所有物であるセドリックの愛称をエリザベスは呼ぶことを許されていないのに、平民の分際で呼んでいたこともエリザベスの琴線に触れた。

学園では平民も貴族も平等と謳ってはいるが、そんなものは建前であることは誰もが知っている。エリザベスは、取り巻きの貴族令嬢や子息を使ってティアナをいじめ抜いた。

誰もエリザベスには逆らわなかった。逆らえなかった。

エリザベスは取り巻きたちに、教科書を破り捨てさせたり、服を破いては頭から水を被せたり、階段から突き落としたり、ありとあらゆる手段でティアナを陥れさせた。

その裏でセドリックとティアナが恋を育んでいたことも知らずに。


『エリザベス・マウントバッテン! 数々の悪行を重ねるお前には愛想が尽きた!! よって、僕は王太子としてお前との婚約解消を宣言する!!』


卒業式典後のパーティーでセドリックに糾弾され、自らの手を汚すことのなかった罪が取り巻きや公爵家の使用人やメイドたちの裏切りによって全て暴かれた。

それだけならばエリザベスは悪くて国外追放くらいに収まっていたはずだった。

怒りに震えつつも「謹んでお受けします」と跪くエリザベスは主人を裏切った使用人や取り巻き連中とをどうしてくれようか、ティアナをどうやって始末するか悠長に考えていたほどだった。

しかし、セドリックはティアナと共にエリザベスにとって有りもしない罪状を並べ始めた。

隣国へ国家機密である情報を売り渡して戦争を助長させた、伝染病が蔓延した際も未曾有の飢饉の際にも関わらず領民への支援を拒否し多大な死者を出した等、大きいものから小さなものまで。

セドリックとティアナの不貞行為に対するエリザベスへの同情があった会場は瞬く間に異様な空気に包まれた。


「ば、売国奴……!」


「なんて非情な……」


「公爵家でありながら!?」


「それでも人か……っ?」


「……悪女だ」


「悪魔……っ!!」


「悪魔!」


「紅い悪魔!!!!」


誰が初めに声を上げたのか、会場の全ての人間がエリザベスに罵詈雑言を浴びせだした。

エリザベスも反論のために声を上げたが会場に響く罵倒にかき消され、セドリックが命じた近衛騎士によって捕らえられ王城の地下牢に放り込まれた。

そこからは全てが迅速に進んだ。

翌日には裁判が開かれ傍聴人からの怒号を浴びながら入廷し、反論も発言もできず、証言台にも立てず、座ることも許されず、エリザベスは衛兵に床へ押さえつけられながら裁判官に罪状を告げられ、裁判長から死刑を言い渡され裁判は閉廷した。

裁判など有って無いようなものだった。

裁判所の王城より粗末な牢屋へ閉じ込められ1週間後の処刑を待つ間、誰一人エリザベスのもとに来ることはなかった。セドリックすら来る事はなかった。

死刑の3日前、見張りが嘲るように父グレゴリーがエリザベスをどうにか逃がそうとして反逆罪で捕まり絞首刑になったと、新聞を放って告げた。

グレゴリーはエリザベスをあまり顧みる父親ではなかったから、エリザベスは父の最期に素直に驚いて、一晩中咽び泣いた。

ろくに食事も与えられず、玉のように白い肌は荒れ、燃えるように鮮やかな深紅の髪はくすみ、輝く金色の瞳は虚ろで、高慢で悪魔と恐れられた公爵令嬢は見る影もない。ここまで落ちぶれてもなお、民衆はエリザベスの死を希う声は止むことはなく、そして3日後の正午にエリザベスは断頭台へと上がったのだ。

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