最下層の戦い。そして地上へ
最下層には迷宮の主がいるという。
強さで決まるわけではなく宝玉に選ばれた者という意味で、まさしく玉座がそこにある。
下層は迷宮の主を守る機能をしていて強い魔物が多いのはそのためらしい。
最下層にいる主はそんなに強くはないだろうというのがアースラの見立てである。
王として君臨し宝玉を守るのが務めで、戦いは他のものに任せている。
しかし得体の知れない奴なので慎重に戦えと言われた。
最下層はただ広い空間だった。柱がたくさんあって、奥に玉座がある。
ここは王城の謁見の間を再現しているのだろうか。
玉座に座る真っ黒い影のような人型。
両側の壁には大きな蝋燭のような青白い魔力の灯火。
天井にはシャンデリアのような器具がいくつもあり、すべてが魔力の灯火が灯っている。
迷宮の中で、ここだけが異質だ。
最下層へくるまでは迷路となっているのに、ここだけは王のために造られた空間。
正に玉座の間だ。
しかし侍る従者はいない。
王は何を考え座り続けているのだろう。
うなだれているような前屈みだ。
何にしても迷宮の主を倒さねばならない。
玉座に向かって歩いていくと主の頭が動いた。
頭を持ち上げこちらを向くと、王冠を持ち、投げつけてきた。
王冠は鈍い音を鳴らしながら僕の足元まで転がってくる。形は王冠でも輝きを失いどす黒く変色したそれは、もう王のものではないだろう。
玉座の王は奇声を上げ傍らにあった剣を取った。
ゆっくりと立ち上がり向かってくる。
真っ黒い影のような身体をして、胸には赤い宝石が輝いている。
『あれが宝玉だ。触れるのも壊すのもなしだぞ』
大きな眼をカッと見開き、剣先を床に引きずりながらこちらへ向かってくる。
胸の宝玉は赤く、怪しく輝いている。
「泣いてるみたいだ」
なんとなくだがそう思う。
『気をつけろ』
「大丈夫。彼は、終わらせたいんだと思う」
どうしてそう感じたかわからないが、主を見ていると目が離せなくて、終わらせてやりたいと思っていた。
剣の間合いまでゆっくりと近づき、相手より速く剣を振るう。
何度も指導された俊速の剣技。
僕の剣は迷宮の主の首をはねていた。
迷宮の主は膝から崩れ落ち、後ろに倒れた。身体が崩れて黒い灰のようになって消える。今まで倒した魔物たちと同じだ。
ただ違うのは宝玉がここにはある。
宝玉はまだ、赤く輝いている。
じっと見ているだけで頭がぼんやりしてくる。
宝玉の赤はルビーのようで美しい。
吸い込まれそうな、真っ赤な・・・
『やめろ!』
声が響く‼︎
はっ、となって頭をぶんぶん振る。
『もう、あれを見るな。お前は見すぎたんだ。』
僕は宝玉に触れようとしていた?
それは僕の意思じゃなく、身体が勝手に動いていた。
迷宮の主を見た時すでに引き込まれ始めていたのか?
わざと倒されて僕に拾わせるために?
「あれに触ったらどうなる?』
『新たな迷宮の主になるのさ』
ゾッとした。
アースラが叫ばなかったら、我を失ったまま宝玉を手に取っていただろう。
あの玉座に新たに僕が座っていたかもしれない。
宝玉が入れ物を失ってから迷宮が機能を停止した。
すべての魔物が灰となって消えただろう。命の水や魔力の循環も次第に止まる。ゆっくりと衰退していくのだという。
僕は静まり返った迷宮の中を上へと向かっていく。
放心状態だったかもしれない。
いろいろなことがあって、アースラに助けられ、僕ひとりではなし得ないことをやり遂げた。
僕の願いは叶うのだ。きっと街まで行ける。
僕は迷宮を地下へと進みながらアースラの望みについて考えていた。
封印を解く方法だ。
初めは怖いやつを野放しにするのはどうかと思ったが、アースラはこの世界に興味はないと言っていた。
今まで誰もアースラを解放出来なかったのは偶然じゃなく、したくなかっただけなのだろう。
人はいつも欲深い。
終わってしまうんだなって思った。
初めはただキツいだけの罰ゲームだと思ってた。
生きるために戦うってことが、生きる意味を考えさせた。
怠惰で自堕落だった僕が、真剣に何かを成し遂げたのは初めてかもしれない。
僕は生きてここを出るんだ。
どこまで登ったのかわからないが角を曲がると白い光が現れた。
僕をこの世界に連れてきた魔法陣が目の前にある。
これに触れたら今度はどうなるんだろう。家に帰れるのか?
きっと違うだろう。
僕がアースラに願ったのは近くの街まで生きて辿り着くことだ。そしてその願いが叶ってアースラは・・・
「これは〈誰かさん〉のお節介だね。」
僕がそういうと
『知らん』
アースラはそれ以上何も言わなかった。
魔法陣に触れると、一瞬気が遠くなって眼を閉じる。
目を開けると、まっさらな大地と青い空が広がっていた。
眩しくて眩しくて、目を開けていられない。嬉しさと開放感が込み上げる。
こらえていたものがこらえきれなくなって、僕の目から涙が止まらなかった。
しばらく立ち尽くしていたがアースラは何も言わない。
涙を拭いていると、後ろから何かが崩れる音がした。
遺跡みたいな、石でできた建物が崩れる音だった。
『迷宮が閉じたようだ』
あのままゆっくり出口まで向かっていたら間に合わなかったかな?
それでもアースラはなんとかしてくれただろう。
街へ行くためにとぼとぼ歩き出した。
命の水はまだある。ひと口飲めば食事なしで一日中歩けるだろう。
街まで歩いて数日ならきっと大丈夫。
願いが叶うというのに僕は途端に寂しくなった。
戦友との別れが近い。
僕には、なんとなくその方法がわかった気がしていた。
迷宮から地上へ出ても主人公は弱いままです。俺強ェな話ではなく他者の思惑に巻き込まれていく話ですね。