僕の願いは「帰りたい」
突然聴こえた声の主がなんなのかわからず、辺りを見回してしまう。かなり焦っている。ゾンビの時以来心臓がバクバクしてうるさい。人はどこにも居ないしゾンビだっていない。僕以外何かがいる気配などこの部屋に入ってから一度もなかったはずだ。
『どこを見ている。下だ。お前が落とした、あぁ〜、んん〜、石だ。』
石、と言うのに抵抗があるのだろうか。
「これはお前の声か?なんで喋れるんだよ?」
声が震える。情けないがちびりそうだ。
『それは、おって話すとして、われを拾い上げて大事に扱え』
なんとも態度のでかい石だが、今は言うとおりにしておこう。拾って埃を払い、隅々までみる。
「割れなくてよかったです。」
『ふん。割れるものか。これくらいで割れるならわれが苦労するはずはない。』
「苦労って?封印されてるとか?」
『ああ、そうだ。』
もしかして危険なやつなのか?
物に封印されている場合は二つ可能性がある。古の勇者的なものと、真逆の絶対に解き放ってはいけないもの。厄介なものを拾ってしまったかもしれない。話し相手が出来たのは嬉しいけど。
『今より大昔にな、連れ合いと意見が合わず不意をつかれて封じられたのだ。だがわれが悪いわけではない。断じてな!それと、われに関しては言えぬ。そういう決まりだ』
大昔ってことはヒトではない。あやかしの類いか、それとも・・・
対応に困っていると『石』はさらに続ける。
『われの望みはこの石から出ることだ。そのためには人の願いを叶えなければならん。お前の願いをなんでも言え。叶えてやるぞ』
言われたことが衝撃過ぎて言葉を失う。願いが叶う。なんという甘露な響きだろうか。それはつまり天の助けか?もしも今居る場所がここ以外であったならどんな願いを言うだろうか?しかし今の僕は藁にもすがる思いだ。わけのわからぬ場所からすぐにでも脱出したい。
「じゃあ、日本に帰してくれ!」
もうこれしかないじゃん。
『んん?なんだそれは。われの知らんことには何もできんぞ?』
やっぱり帰れないか。なんとなくこの願いは無理な気がしていた。それでも言わずにいられない。僕をここへ運んだヒトは僕に何をやらせたいのだろう。
『願いはないのか?何でもいいぞ?』
石は僕を煽ってくる。願いって言われても今の僕は助けて欲しいだけだよ。って石に言っても虚しいだけだな。
石に何が出来る?
『それにしてもだ。お前はどこから来た?急に現れてわれは驚いたぞ。』
千里眼か?千里眼なのか?
「ええっ?僕のことがわかっていたの?」
『あぁ。見ていた。魔物の発生とは違う何か妙な力を感じてな。』
観ていたなら助けて欲しかった。それを言っても石には無理か。石なんて拾ってもただ会話が出来るだけの石では冒険の助けにはならない。
「僕は魔法陣にここへ連れてこられたんだ。たぶん別の世界からだよ。」
話せる相手が居るだけでだいぶ気が楽になってありのまま話してしまう。
『ほほう?魔法陣か。あれの手引きだな。われとお前を引き合わせた。そういうことだな?』
なんだかワケ知りげな含みを持たせた最後の言葉は僕に向かってじゃない気がした。それよりも聞き捨てならないことを言ったね。僕をここへ連れて来た誰かが“僕と石を引き合わせた”だって⁇それって重要なことだよねって詳しく訊こうとしたら
『お前はここがどこだかわかっていないのだろう?教えてやる。地下迷宮だ。』
そんなことを言われたからすっかり聞きそびれてしまった。
「地下迷宮だって?」
目玉が飛び出そうだった。口から泡を吹くかと思った。倒れそうな勢いで飛び上がった。
地下迷宮。なるほど、そうですか。
これは脱出ゲームというわけか。