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女神様の神殿 ②告白

神殿の外に出るとメアリィが待っていてくれた。

 もうじき夕暮れになるのに女の子をひとりで待たせてしまった。

 メアリィの顔を見たら、なんだかホッとしてモヤモヤが薄れていく気がした。


 「お父さまがね、ひとりで帰らせるなって。怒られちゃった。」


 おどけて笑っている。

 僕の顔はきっと、情けないツラなんだろうな。

 気持ちが緩んできてどうにもならない。


 立っていられなくなって座り込んで泣いた。女神像の前では泣けなかったのにメアリィの前では涙がとめどなく溢れてきた。


 こんな姿は見せたくなかった。

 だからひとりになったのに。


 メアリィは泣きじゃくっている僕の前に膝をついて、そっと抱きしめてくれた。

 思いがけないメアリィの行為に、僕はされるがままだった。

 メアリィの胸に顔を抱かれ、背中を優しくとんとんされて、ここに居てもいいんだって思えた。


 何も言わず抱きしてくれる。そんな優しい世界もあるんだって初めて知った。


 ぼくはメアリィと一緒に居たい。

 フラれてもいい。

 このどうしようもない気持ちは僕には抑えられるものではないんだから。

 どうしようもなくメアリィが好きだ。


 しばらくたって涙が止まり、ずっとこうしているのが気恥ずかしくなった。

 母親の胸に抱かれてあやされている子供みたいだ。

 メアリィの背中を軽く叩いて合図してみる。

 メアリィは僕の背にまわしていた手を離して、僕と向き合う。

 リプリィさんのような柔らかい表情。


 「お母さまが死んだ時、お父さまがこうやって抱きしめてくれたの。」


 だから僕にも同じことをしてくれたと?


 惚れた女の子の胸に抱かれ、わけもわからず泣くなんて男としてはどうなんだよ。

 ものすごく恥ずかしくて、まともにメアリィの顔が見れない。

 

 「あ、ありがとう・・・」


 「帰ろっか?ね。暗くなってきちゃった。」


 メアリィもなんだか動揺しているみたいで、動きがぎこちなくソワソワしている。


 暗くなりかけた道を二人並んで歩く。

 やっぱり気恥ずかしくて少し間を空けてしまった。


 何を言ったらいいかわからなくて胸が苦しかった。あんな姿を晒した後で普通に話せるわけもなく、隣を歩くメアリィの歩幅に合わせるだけで精一杯だった。

 

 歩き出してすぐに前から明かりを持った人が近づいてくる。


 「メアリィ?アーサー?」


 僕らの名を呼ぶその声は、確か・・・


 「ステファンさん。来てくれたんですか?」


 メアリィが応える。

 そうだステファンさんだ。


 僕らの帰りがあまりにも遅いのでマスターが痺れを切らしたのだろう。帰ったら怒られるやつだ。

 僕は縛って吊るされるかもしれない。


 「ああ。よかった。心配させないでくれ。君たちだけで夜道は危ないからな。何かあったのか?」


 あったといえばあったけど、何もしてないですよ?


 「僕がいけないんです。礼拝室に長居をしてしまって。メアリィが待っていると知らなくて。」


 「そ、そうなの。私も神殿の中で待たせていただいたから危なくはなかったわ。」


 咄嗟の言い訳にメアリィも乗ってくれた。さっきのことは誰にも言えない。


 「そうか。それだけならいいが、日が暮れる前に戻ってくれ。街の中とはいえ心配になる。」


 二人揃って「ごめんなさい」をした。


 「ギルドには行かなくていい。私の家で休ませろとマスターに言われたよ。リプリィも会いたがっているから。」


 ん?リプリィさんってメアリィのお姉さんだよね。


 「ステファンさんはお姉さまの旦那さんなの。」


 そうだったのか。


 「こんな顔でお姉さまには会えないわ。どうしよう。ステファンさんお願いがあるんだけど・・・」



 ステファンさんとリプリィさんの家に着くとメアリィの希望で先にお風呂に入らせてもらった。メアリィが先で、間をあけて僕の順で。

 

 二人のお家は慎ましい新婚家庭のそれとは違い、使用人が五人いるなかなか大きな家だった。二世帯か三世帯まで住めるんじゃないかってくらい。僕にも上等な客室を充てがってくれるんだから驚いちゃった。


 この世界にきて初めてのお風呂だ。

 メアリィのわがままだったけど僕にとってもありがたい。

 泣いた顔のまま人に会うのは恥ずかしいからだ。

 あの時メアリィも泣いていたのかな?


 お風呂から上がると夕食を用意してくれた。


 メアリィの隣に座っているのがお姉さまのリプリィさん。妊娠しているらしいがお腹はそれほど大きくなっていないようだ。

 メアリィとよく似ているけど歳が離れているからか、顔立ちはとても美人だ。メアリィもあどけなさが抜ければきっと美人になる。

 と言ってもメアリィのほうが少し丸顔だけど。


 お風呂上がりのメアリィは髪を下ろしていた。二人とも綺麗な長い髪をしていて見惚れてしまう。

 

 「メアリィったら今までこんなことしなかったのに、ねえ。心配させて、もう。」


 リプリィさんがメアリィに絡んでいる。


 「お父さまがメアリィが帰ってこないって駆け込んできたのよ。厄介ゴトかと思っちゃった。」


 メアリィとよく似た顔でリプリィさんがコロコロ笑う。


 「男の子と一緒だっていうからびっくりしちゃったわ。駆け落ちでもしちゃったかしらって言ったら、お父さまったら青い顔してたわよ。」


 コロコロとよく笑う人だ。

 さすがメアリィのお姉さま。


 メアリィを見ると耳まで真っ赤にしている。

 宝玉みたいに真っ赤だ。

 まさか「駆け落ち」に反応したのか?

 やばい。僕に話しを振られたらなんて答えよう。


 「あら。メアリィどうしたの?冗談よ。お父さまにそんなこと言ってないわ。」


 「もう。お姉さまったら。知らない。」


 プイっと顔を背けてしまった。

 

 四人での食事はとても楽しかった。ステファンさんはあまり話さずリプリィさんがずっとメアリィに絡んでいるのを楽しそうに見ていた。


 食事の後、身重のリプリィさんにメアリィを取られてしまった。一緒に部屋へ行って姉妹で話をしたいと。


 僕はどうしようかと考えていたらステファンさん、


 「君はメアリィをどう思う?」


 ズバッと、ど直球。

 はぐらかしてもこの人には無理な気がする。真面目に答えなきゃいけない人だ。 


 「僕はこの世界に来てメアリィに救われました。メアリィの明るさと真っ直ぐさが僕の迷いを晴らしてくれたんです。」


 ちょっと答えになってないが、こういう話しはちょっと答えづらい。


 「そうか。メアリィのあの様子を見たら察しはつくが、君がメアリィを傷つけるなら私は容赦しない。リプリィも悲しむからな。」


 「はい。」


 「今日はウチで休んで明日からまたギルドだ。君にも働いてもらうからな。しっかりしろよ。」


 ステファンさんには泣いた顔を見られてる。何があったか追求されなかったのが救いだが、メアリィを傷つけたら何されるかわからないから気をつけよう。


 僕はメアリィが好きだ。

 初めて会った時からこうなることはわかっていた。ただ、メアリィが僕を見てくれるとは思わなかった。

 こんな情けない僕をだ。


 翌朝、目が覚めるとステファンさんはすでにギルドへ行った後だった。

 リプリィさんが僕を見つけるとニコニコしていた。

 初対面の僕にどう思っているのだろう。

 妹の連れてきた友達くらいなのかな。


 「メアリィに聞いたわ。昨日のこと。」


 ふふふっと。思い出し笑いでもしているのだろう。


 「あの子の恋の話なんて、今までそんなそぶりもなかったのよ。それが会ったばかりの男の子だなんて、これって運命的よね。」


 いきなり爆弾発言キタ!

 メアリィの恋?僕が?


 「あ〜。あのっ、昨日のって、どこからどこまで・・・」


 「う〜ん。神殿で神官長と面会してからステフが迎えにいくまでかしらね?」


 「って全部じゃなですか!」


 ああああ。恥ずかしい。

 穴があったら入りたい!


 「あなたはメアリィのこと、どう思っているの?」


 また、ど直球が来た。

 この夫婦はどこまでメアリィが好きなんだ。


 「昨日、ステファンさんにも訊かれました。その時は上手く答えられなかったんですが、僕はメアリィが好きです。だけど、メアリィが僕を見てくれるなんて思いもよらず、なんだか、出来過ぎだなって思います。」


 そう。出来過ぎなんだ。誰かが仕組んだドッキリじゃないかってくらいに。


 「うん。うん。青春っていいわね〜。甘酸っぱくてドキドキしちゃう。」


 楽しそうでなによりです。


 「あの子ってば背伸びばかりで急いで大人になろうとしてたから、同年代の子と恋くらいしたほうがいいのよ。それにしてもあったばかりの子だなんて、あなたは悪い魔法使いかしら?」


 自分がいたずらを言ってるってわかってる顔してる。リプリィさんて誰とでも話せる人だ。人を愉快にさせる不思議なチカラを持っていそうだ。

 僕には才能がないから、そういう日向にいる人たちに強い憧れを抱いてしまう。


 「僕には何もないですよ。メアリィにフラれると思ってるくらいですから。」


 これはいたって本音だ。だからこそ心が苦しい。


 ふふふっといたずらっぽくリプリィさんが笑う。


 「そんな卑屈になる前にメアリィと話してみるといいわね。あの子も君と話したがってるわ。呼んでくるわね。」


 と言ってコロコロ笑う。

 リプリィさんには敵わないなって思った。子供扱いされたって嫌な気は全くしない。

 ここにきてからいろんな人が僕を構ってくれる。「心の見えない誰か」じゃなくてひとりの人として扱われることが温かくてくすぐったくて心地よくなってる。

 前の生活じゃありえなかったよ。


 長い髪をいじりながらメアリィがゆっくり歩いてきた。髪を下ろした姿にやっぱりドキドキが止まらない。

 ああ好きだ。

 リプリィさんはとても綺麗で見惚れてしまう人だけど、メアリィは心がかき乱される。


 「昨日はごめん。あんなことになって・・・」


 「ううん。」


 「あの時メアリィの顔を見たら安心しちゃって・・・」


 「・・・うん。」


 「僕はホント、情けないヤツだなって。」


 「そんなことないよ。私だって神殿で泣いちゃったし。」

 

 「うん。でもそれは悲しいことがあったわけだし。」


 「アーサーはどうして私を見て安心したの?」


 「それは、その、うん・・・」


 「アーサーは帰りたい?」


 迷宮の中では元の世界に帰ることばかり考えていけど。


 「僕の帰る場所はもう決めたから。」


 「どういうこと?」


 「元の世界には帰れないとしても、僕はメアリィのいるところに帰りたいんだって思ったんだ。そしたら安心して泣けてきた。」


 「そっか。」


 「うん。」


 「私のいるところ?」


 やばい。顔から火が出そうだ。我ながらとんでもない恥ずかしいことを言ってる。

 昨日のことがあったから。


 「僕はメアリィと一緒に居たいんだ。」


 「それって・・・」


 「メアリィが好きだ。」


 「どうしよう。」


 「メアリィ?」


 僕は不安になった。

 フラれてもいいなんて思ったけど、いざとなると怖い。


 「私も好き。アーサーが好き。」


 そう言ったメアリィは真っ赤な顔で笑ってくれた。宝玉よりも、綺麗だと思った。


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