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女神様の神殿 ①二人の涙

 お昼ごろ、2番目の調査班が帰ってきた。

 

 瓦礫の撤去が終わるまで5日は掛かるかもしれないとの報告だった。


 かなり長いと感じるがこの世界に重機は無い。

 すべてが人の手による。疲労度を考慮して撤去班は半日交代となった。ギルドマスターは娘に弱いが人を動かすのは上手いようだ。


 瓦礫撤去班の編成が終わり、帰ってきた調査班を労って、休ませる指示を出した後マスターの手が空き、時間ができた。


 「さ。今のうちに神殿へ行っておこう。またすぐに忙しくなる。」


 昼食の後、マスターが僕に向かって言う。


 僕のとなりに座っていたメアリィが


 「もちろん私もいくわ。絶対に行くからね?」


 と、マスターに反論は許されなかった。



 神殿までは歩いていく。

 マスターを挟んで僕とメアリィ。

 メアリィはとても嬉しそうだ。神殿には入ったことがないらしい。

 初めての場所はいつも心が躍るという。


 僕は初めての場所にいつも緊張する。


 ギルドに初めて来た時もそうだ。

 それに、願いを叶える石『アースラ』の最後の所持者となったことを報告するのだから、緊張するなと言われても今回ばかりは無理だ。


 メアリィを横目に見る。

 メアリィはマスターに神殿の中がどうなっているか訊いている。無邪気な姿は年相応といった感じで、防具をつけていないせいかやけに子供っぽい。



 神殿に着くとマスターが先に行って話しをしてくると言った。場合によっては長く待たされることもあるという。

 


 「すぐに会ってくださるそうだ。神官長も喜んでいる。不安に思うことはない。」


 マスターは僕たち2人には大人しくしているようにと言った。神官長と挨拶を交わして椅子についてからは、すべてのことをマスターに委ねる。

 


神官長と面会

 神官長は高齢のお爺さんだった。

 終始笑みを絶やさず穏やかで和やかな方だった。

 口調はとてもゆっくりで丁寧。


 「ダニエル殿。お久しぶりですね。昨日は鐘が鳴っておりましたが、何か厄介ゴトがおありでしたかな?」


 「ええ。神官長。新年祭以来ご無沙汰しております。此度の急な訪問も昨夜の鐘も一連の流れの中にあります。」


 「ほう。相変わらずお忙しいようですね。」


 「いえいえ。私などは厄介ゴト専門のような立場でして、日頃は部下がよくやってくれています。とまあ前置きはさておき、急なお話しがあるのです。」


 「はい。石のことで報告があるとか。かの石は女神様が夫である戦神様を封じられてより永きにわたりこの地にあり続けてきました。その石についてですね。」


 アースラって戦神だったのか。妖怪とかじゃないなら堕落した神とかだろうと思っていたが。


 「その石が、迷宮内部にて発見されたのです。」


 「そうですか。150年前より行方が途絶えていましたが、迷宮にありましたか。」


 神官長は身じろぎせず声色も変わらず、驚いた様子なく変わらずに答える。ありのままを受け入れているようだ。


 「石のこともありますが、この青年が魔法陣で迷宮内部に召喚されたというのです。」


 マスターは言葉に熱が入っている。

 自分でも信じられないのだろう。


 「それは、まことですか?魔法陣による召喚術式は女神様のご威光そのものです。後世には伝えられなかった魔法ですね。逸話だけが伝わっています。」


 女神様のことを話す神殿長はとても嬉しそうに見える。


 「そしてこの彼が石に願って迷宮から脱出してきたのです。その際石のチカラを借りて攻略したということです。」


 「それは大変な経験をされましたね。」


 神官長は僕を見てにこやかに微笑む。

 僕は恐縮すぎて縮こまるばかりだ。


 「それで石についてですが、彼が封印の解放を試みたのです。彼が感謝の言葉を言うと、石に亀裂が入りました。」


 「ほう。感謝ですか。それだけのことで封印が解かれるとは、女神様の御心はいつでも慈愛に満ちておられる。」


 「私にはどうにも信じきれぬものでして、この度の拝謁を願った次第です。」


 「見せていただけますか?」


 神殿長は僕を見て静かに言った。


 「はい。」


 僕はアースラの封印を解いた石をテーブルに置く。


 「古代の文献に描かれている姿のままですね。紋様もまたそっくりです。」


「では本物でよろしいのですか?」


 「はい。間違いないでしょう。この傷は封印を解いたという時に出来たものですか?」


 「そうです。我々の目の前で傷が入りました。そのことで神殿にてこの石の鑑定を行なっていただきたいのです。」


 「わかりました。石については女神様に仕える我らにとっても重要なことです。引き受けましょう。少しお時間をいただきますよ。」


 「それと、石を使った彼の処遇についても王宮へ報告しなければなりません。彼はこの国の者ではありませんし、別の世界から来たというのです。それで、その、女神様の加護が彼にも当てはまるのかどうかが気になりまして。」


 「はい。言いたいことはわかりますよ。石を使った者は女神様の加護を忘れ堕落していきました。自ら加護を捨て去ったと言えるでしょう。彼もまたそうではないかということですね。」


 「ええ。」


 ドキッとした。


 女神様の加護ってなんのことかさっぱりだけど、その加護が僕にもあるかどうかってことが重要なのかも知れない。

 もしも僕だけ加護がないとなったら普通に暮らせないのか?


 「女神様の加護は、誰にでも分け隔てなく、その恩恵があります。身分の貴賤や功績に左右されるものではありません。そして、産まれて死ぬまで迷いなく歩む者は誰一人おりません。たとえ一時の迷いがあったとしても女神様から御手を離すようなことは、けしてないのです。この地で暮らす者に、誰であっても変わらずに微笑んでくださいます。」


 よかった。よくわからないけど僕にも加護があるらしい。


 「それはあなたにもですよ。メアリィ。」


 えっ。メアリィ?

 神官長の口からメアリィの名前が出てびっくりした。


 メアリィを見ると下を向いて、きつく目を閉じている。

 なぜか泣きそうな顔をしていた。


 「あなたが大変な時を過ごされたことはダニエル殿から聞いています。ご家族全員辛いことでしたね。あなたに迷いがあったこともわかっています。それでも女神様の慈愛の御心はすべての者に、色を変えたりしません。」


 「はい。ありがとうございます。」


 メアリィは涙を堪えているようだ。

 何がなんだかさっぱりで、僕のことについてだったのに話の流れが読めずにいた。

 マスターもまた沈痛な表情で天を仰いでいる。


「話しが逸れてしまいましたね。我らが慈愛の女神、クアーレ様はこの地にまします以上我らを見守っているのです。そのことにより世界を渡ってこの地に来た者であっても同じなのです。彼の身を案じる気持ちはわかります。ですが、王宮もまた女神様の加護のもとなのですよ。心配なら私からも王宮へ書状を書きましょう。」


 「ありがとうございます。」


 ホッとして一息ついた。

 神官長には見透かされているような気がして、とても不思議だ。


 「それでも迷いがあるのですね。あなたは女神様にいちど礼拝されたほうが良いでしょう。メアリィと共に礼拝室におゆきなさい。」


 「はい。」


 迷いか。そりゃあるよ。僕がこれからどうすればいいのか。明日のことだってさっぱりわからないんだ。


 アースラは僕に言った。ここに来た意味があると。女神様が僕をここに呼んだのなら悪いようにはならないだろうと。


 礼拝室へ行くことで何かわかるのだろうか。女神様がそこにいるわけではないと思うが。

 しかし、メアリィと二人でって言われた意味がよくわからない。

 

 泣いてる女の子をひとりにするなっていうことだったら、僕には荷が重い。

 だって昨日会ったばかりなんだから。それに元の世界でも泣いてる女の子を介抱するスキルはなかった。


 僕にどうしろと?

 

 神官長が手配してくれた神官の案内について行き礼拝室に入った。

 礼拝堂にしては小さめなのか。きっと大勢が集まる本殿とは違うのだろう。それでも立派な女神像が建っている。

 僕らより大きく3mくらいはあるのかな。


 ふーっ、とメアリィは息を吐く。


 「ごめんなさい。あんなふうになるつもりはなかったの。アーサーのために来てたのにね。」


 少し吹っ切れたのか、涙は乾いている。


 「僕こそ、何て言ったらいいかわからずごめん。」


 「アーサーが気にすることなんてないの。この街で起こったことを知らないわけだし。」


 「うん。何があったか訊いてもいい?話せないなら無理には訊かない。」



 「そうね。神官長が私たち二人で行きなさいって言ったのはアーサーに聞かせるためかも。私の中のモヤモヤを吐き出させるために。」


 やっと笑ったメアリィはそれでもぎこちなく、僕は歯痒かった。


 「この街で病気が流行ったことがあったの。私が7才くらいの時だから今から8年くらい前ね。」


 「うん。」


 「始めは風邪だろうって誰もが思っていたのが、高熱が出る人が増えたの。それから街中に広がっていったって。」


 実際にメアリィが見聞きしたことではないのだろう。それでもその当時大変だったことは大人たちから聞かされているのだろう。


 「病気が蔓延した頃にね、ハンターにも倒れる人がでたわ。お父さまはギルドマスターだったから凄く大変だったって。」


 メアリィは息を飲む。話すのが辛いならやめてもいいよと言いたくなる。


 「それからね、ギルドで働いていたお母さまも、倒れてしまったの。」


 メアリィは服の胸あたりをギュッと握りしめてる。辛い過去を言葉にするのは胸が潰される想いだから。

 神官長の話しを思い出す。あれは確かに人を亡くした時の表現だった。僕がいたから少し遠慮した言い方だったのか。


 「人が倒れ始めてからすぐにギルドでは新しい迷宮がないか調査していたの。それでもなかなか見つからなくて、見つかった時には大勢が倒れて死んでしまったわ。」


 「迷宮はあったの?」


 「うん。街の外の井戸にね横穴が出来てて、そこに鳥みたいな小さな魔物が出入りしてたって」


 きっとコウモリみたいなやつがいるのだろう。あいつらは未知の病原菌を持っていたりするって。


 「魔物を駆除してから病気の蔓延はおさまったのだけど、治療はうまくいかなかったの。私はリプリィお姉さまや使用人の人たちにも手伝ってもらって調べたりいろいろ探したりしたわ。それでもお母さまは助けることができなかった。」


 メアリィはグッと堪えている。

 僕は聞くばかりで何もできないのが胸が苦しい。


 「お母さまが亡くなって、私は酷いことをたくさん言ってしまったわ。誰のせいでもないって今ならわかるけど、言わずにはいられなかった。女神様なんて大っ嫌い。とかね・・・もしも、願いの石にお母さまの病気を治してって頼んだら治してくれたかな・・・」


 メアリィの目は涙が滲んでいる。今でもお母さんを大切に想っているんだろう。


 「アースラは特別なチカラは使えないんだって。それでもね、遠く離れた国の医療技術や薬学などを教えてくれたかもしれないね。そうやって、誰も知り得ない知識で人の願いを叶えてきたんだ。」


 「そうなんだ。知識がチカラなのね。」


 涙を拭うメアリィに何も返せず、僕は下を向いてた。


 「次はアーサーの番ね。神官長はアーサーにもここへ行きなさいっておっしゃったのだし、あなたの悩みがあるなら、私も力になりたい。」


 強がっているのか、メアリィは無理に笑おうとしているかのようで。

 僕に向けられている眼差しにはありふれた15歳の少女の儚さがあり、等身大の彼女の姿を見た気がした。


 「メアリィに比べたら僕の悩みなんてちっぽけなものだよ。」


 実際はどうだろう?

 ちっぽけであっても今の僕にはモヤモヤした何かでいっぱいになってるわけで。


 メアリィは自分の過去を吐き出した後で僕の悩みにも向き合おうとしてくれている。でも、僕は僕の中にあるモヤモヤを言葉にすることができないでいる。

 

 「少しだけここでひとりになってもいいかな。マスターと一緒にギルドへ帰ってていいから。」


 メアリィに甘えてみても僕の悩みははっきりしない。それならひとりで自分と向き合うしかないと思った。


 メアリィは少し寂しそうに笑う。

 

 「うん。ギルドで待ってる。」


 声も少し、なんだか寂しげだ。


 メアリィが扉を開けて出て行く姿を見送った。部屋の外にいる神官と何か言葉を交わしていたが聞き取れず、扉が閉まると無音になった。


 懺悔室みたいな造りなのだろう。中の音は外に漏れないようになっている。

 ここで泣いても外には聴こえないだろう。


 「泣きたい気分だよ。」


 正直なところ泣けなかった。

 

 アースラを解放して僕の役目は終わった気がしていた。

 そのために呼ばれたなら用済みなはずだから帰る道もあるのかと。

 されどまだここにいる。


 女神様が僕をこの世界に呼んだのなら、アースラの言ったように交渉する機会があるもんだと思っていた。

 なのにひとりになっても現れてくれないなんて。僕をどうしたいのだろう。

 まだ何も言ってくれないのか。


 矛盾がずっと心の中にある。

 帰りたいけど帰りたくない。

 元の世界が恋しいという気持ちはある。だけどあの家に帰って、楽しかった記憶はあっただろうか。それならばこの世界で一から始めるのも悪くないかと思ってもみたり。


 メアリィと出逢えたことは一夜の夢みたいなことだろう?

 彼女なら僕が居なくたって何も変わらない。もとより僕は居なかった存在だから。

 メアリィにフラれるくらいなら、元の退屈な生活に戻るのも悪くないか。

 でも、帰りの魔法陣は現れてくれない。


 取り止めのない考えが浮かんでは過ぎていく。


 悶々としたままの時間を過ごす。

 女神様からの反応はなく女神像はただ目の前にあるだけ。


 これは僕の悪い癖だ。

 答えが出ないままドツボにハマって、同じ場所をぐるぐる回るんだ。



 「こういうイベントはさ、女神像の前でひとりになった時にパーっと光がさして女神様の声が聴こえてくるとか、ここで帰るか残るか選択を迫られるとか、今後に重要なことが起こる大事な場面なんだよ。」


 ゲームだったら・・・よかったのにな。


 ゲームには選択肢があって答えだって用意されてて、何を選んでもその先のストーリーがある。


 はっきりしていることはある。

 この世界はゲームじゃなく現実世界のどこかだってこと。


 女神様の啓示がないのなら、僕が進む先は僕が決めなきゃならない。

 それは初めてこの世界に来た時と同じことなのだろう。迷宮を攻略して街まで来た。ここから先の道しか選べないとしても、それでも二の足を踏んでしまう。


 真新しい世界に僕は馴染んでいけるだろうか?

 


 「また来ます。」


 女神像に向かってそう言って礼拝室を出た。

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