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メアリィ


 ドアが勢いよく開いて若い女の子が飛び込んできた。


 「お父さま。ここでいったい何をしていらっしゃるのですか?」


 ギルドマスターをお父さまと呼んだ女の子はツカツカとマスターへ詰め寄る。

 しかし、テーブルに並べられた品々を見るや顔つきがパッと変わる。


 「なにこれ!いったいどこで見つかったの?すごいじゃない。」


 「メアリィ、どうしてここへ?」

 

「いったいどういうことよ。指揮を人に任せてこんなところで品評会なの?私に説明してください!」

 

 「これには重要な、早急に確認しなくてはならないことがあってだね、指揮はこれが済んだら代わるから。」


 「だめよ。外の厄介ごとはお父さまの仕事でしょ。こっちこそ、私に向いてる仕事じゃない?話を訊けばいいのよね?」


 いきなり入ってきた女の子は、僕のことをいちど見ただけでマスターに捲し立てる。父と娘の会話なのか。父であるギルドマスターは娘に負けっぱなしに見えた。


 「いや、しかし。これもギルドマスターとしての判断が必要なー」


 「だ〜め。お父さまは外よ。外のお仕事を指揮して。こんな楽しそうな案件なら私が受け持つわ。行って。」


 ギルドマスターとしての威厳を失って、父が娘に追い出されてしまった。

 厳しい顔つきで父を見送った女の子がドアが閉まるのを待ってから僕に顔を向けた。

 

 「ごめんなさい。あなたにはとても失礼だったわね。ああして言わないとお父さまが折れないもの。でも場を壊してしまったことは確かだから。本当にごめんなさい。」


 よく喋る女の子だ。

 背は僕より少し低いくらいか。高校1〜2年生くらいの雰囲気だが防具を身につけていることからこの子もハンターなのだろう。


 その子の声は、凛としてよく通る。それでいて嫌味がなくて、マスターにキツい言い方をしていても嫌な感じがしなかった。むしろ、親子で好きに言い合えるって羨ましいと思ってしまった。


 「いえ。びっくりしただけです。ギルドマスターがちょっとかわいそうかなって」


 「ふふふ。そうね♪」


 僕もつられて笑ってしまった。


 「何も知らずに来ちゃったから初めからお願いしていい?」


 僕はなんだかさっきまでの重い気持ちが吹っ飛んで前向きな気分になれた。


 「私はメアリィよ。気軽に呼んで。あなたはなんて名前なの?」

 

 ああ。名前ね。名無しの権兵衛です。この世界に来て名前を失いました。なんて言えないから、


 「実は僕の名前は聞き取りづらいらしくて、※※※※※※※※」

  

 ノイズになったのを聴いたメアリィは目を丸くしている。

 

 「じゃあ、お父さまはそこでつまづいたのね。名前とか肩書きとかそういうので威厳を保とうとするから。うーん。そうか。名前ね〜。私が考えてもいいかしら?」


 メアリィは、僕の名前がノイズのようになる違和感を全く動揺する素振りなく、屈託のない笑みを浮かべた。


 「うん。かまわないよ。」


 おもちゃ箱を見つけた子供のようにメアリィは、嬉しそうに微笑む。


 「え〜と。待ってね。ちょっとだけ待ってね。う〜、んん。あっ、アーサーってどうかな?」


 子供っぽい表情はなんとも可愛らしい。

 だけど、アーサーか、恐れ多いな。何も持たない僕が物語の中のアーサー王と同じ名前をもらうなんて。


 「うん。いいよ。アーサーだね。ありがとう。」


 僕の名前はアーサー。さしづめ裸の王様だな。


 「さて、この品物を見てお父さまは頭を抱えていたのよね。外では迷宮のことで何かあるし。私が当てていい?」


 「うん。」


 メアリィはとても楽しそうだ。

 僕も楽しくなる。


 「どれも上等な品だわ。私だってなかなか観る機会はないもの。新しい迷宮?そんなことはないかぁ。」

 

 品物を見ながら、天井を見ながら、笑いながら、目を細めながら。

 メアリィはコロコロと表情が変わる。


 「緊急招集と関わりがあるなら納得なんだけど、腕試しの迷宮は誰も深くは潜ってないのよね。」


 顔に手を当てて考え込む。


 「考えられるとしたら、攻略でもしない限りあり得ないのよ。」


 僕は黙ってうなづく。


 「でもね。一人では攻略できないと思うわ。それだけは解けないの。降参ね。どうやってこれだけの物を持って帰れたのかしら。」


 メアリィは軽やかに笑う。

 メアリィに賭けてもいいと思った。メアリィなら僕の話しを信用してくれるかもしれない。


 「僕は、迷宮の中に召喚されたんだ。そして喋る石を見つけて、その石の助けを得て迷宮の主を倒したんだ。」


 「攻略したの?本当に?」


 「うん。」


 「話しがいろいろ過ぎてよくわからないわ。ちょっと待って・・・」


 メアリィは混乱している。


 「召喚って、な〜に?それから喋る石って?・・・石って、もしかして、願いの石とか運命の石っていう・・・」 


 うなづいてみる。


 「うそ!そうなんだ。本当にあるんだ。昔話で何度も聴かされたわ。願いが叶っても幸せになれないっていうお話しよ。」


 童話か何かですか?

 

 「それって見ても平気?や、でも怖いからやめておくわ。それでも信じる。だってそうでもないと攻略できる迷宮ではないもの。」


 メアリィが僕の話を信じてくれる。不覚にも目頭が熱くなった。


 「メアリィはすごいね。僕だったら信じるなんて難しいのに。」


 「そうかな?」


 「そうだよ。」


 あっさり受け入れてくれるから安心した。


 「召喚って言ったけど僕はこの世界とは違う場所から、魔法陣で迷宮に飛ばされたんだ。」


 ふ〜っと息をついてメアリィは今まででいちばん目が輝いてる。


 「なによ。そんなのわたしにも思いつかないわ。」


 証拠を見せるよ。スマホを差し出す。


 「これは僕のいた世界のもので、僕の使う言語で書かれているんだ。」


 メアリィの顔が近づいてドキドキする。

 この無邪気さは危うい。


 「これが文字なんだ。私たちのものと全然違うね。どう読むの?」

 

 見慣れぬ文字にメアリィは眉を寄せる。

 僕は指輪を外してテーブルに置く。

 メアリィは置かれた指輪を珍しそうに見ていた。


 僕の発する言葉は、この世界では意味を持たない。何を言おうと彼女はそれを受け取れない。


 「君に出逢えてよかった。君にとっては些細なことだとしても、僕はこのときを忘れない。一生の宝だ。」


 キザなことを言うつもりはなかったけれど、相手に伝わらないとわかれば何でも言える。「愛してる」なんて言ってしまってもけして伝わない。


 言い終えた後、彼女は飛び上がって何かを言っているようだけど、指輪をはめるまでは会話にならない。

 この時の彼女を見て僕には馴染みのある姿に思えた。

 テレビの中で歌って踊る、笑顔を振りまいてファンを魅了する姿。僕には一生手の届くはずのない存在。そう、アイドルだ。

 僕の目の前にいるメアリィは僕にとってアイドルそのものだった。

 指輪をはめた手をメアリィに向ける。


 「この指輪のおかげで、会話が成り立つんだ。」


 メアリィは興奮した様子で身をのりだしてくる。

 ドキドキしっぱなしの僕は、彼女のはしゃぐ姿に目を奪われてしまう。


 「魔王が悪魔を使役したっていうお話に出てくるわ。」


 「悪魔じゃないよ。魔族。」



 ドアがノックされてギルドマスターが顔を出す。


 「食事ができているが、二人はどうする?」


 「ここで食べる!」


 立ち上がって父に向かって言うメアリィはとても無邪気だ。


 「お前が取りにきなさい。彼の分もね。」


 マスターは、僕から話を聞きたいはずだ。なのに娘を見知らぬ男と同席させたままで気にならないのだろうか?それとも娘を信用しているから任せておけるということなのか。

 どうにも今の展開が飲み込めずにいる。

 当然のように僕まで食事をいただけるのは何か不思議な気分だ。

 換金してもらうまで僕はこの世界のお金を持っていないというのに。


 夕食をいただいた後もメアリィは話しを求めてきた。

 僕の話しをこんなに聴いてくれる人は初めてだった。


 「迷宮の主ってどんなだったの?」


 あれは気持ち悪い奴だった。


 「真っ黒な人型でね、目が大きくてギラギラしてた。胸のところに真っ赤な宝玉が埋まってて」


 「宝玉を見たの?魔力耐性が弱い人だと宝玉の魔力にあてられちゃうって聞いたわ。」


 「うん。僕も実際危なかったんだ。主を倒したら意識が飛んじゃって、」


 「どうして助かったの?」


 「それは、アースラが、石の声がね、僕を引き留めてくれたんだ。」


 「すごいわ。石って人を助けてくれるんだ。」


 メアリィの目はずっと輝いたまま、彼女は僕の話を聴いてくれている。


 こんなにも人と話すのはいつぶりだろう。


 どれだけ話しただろう。

 ずっとこの時間が続けば良いと思った。

 女の子とこんなに話せる時がくるなんて夢のようだった。


 話しているうちにだんだん眠くなって、僕ら2人ともテーブルに突っ伏して眠ってしまった。


 

 物音で目が覚めて、顔を上げると入り口にギルドマスターがいた。

 

 「ここじゃ寝づらいだろう。私の執務室ならベッドとソファがある。娘は私が運ぶからついてきなさい。」


 娘を抱き上げるマスターの顔は優しい父親の顔だった。

 ここへきてようやくヒロインの登場です。

 主人公が名前をもらえてよかった。

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