薄暗い部屋でうずくまる
これは、僕の物語だ。
ただ普通に暮らしていた高校生だったけど、ある日突然見知らぬところに来てしまったんだ。
何もわからないまま始まった異世界はちょっと過酷だった。
今日は確か金曜日で、代わり映えのない放課後だったはずだ。
高校からの帰り道を自転車ではなく徒歩だった。いつもの通学路でも歩いて帰る時は景色が違って見えるもので、普段は気づかない小さな発見があったりして暇つぶしに別の道を歩いてみたりした。
家から高校までの距離は3kmくらいあって歩いて帰るにはかなり時間がかかる。だがなぜ徒歩だったかといえば朝自転車に乗ろうとしたらパンクしてたからで、歩いて登校したから遅刻したんだ。不良ってわけじゃないけど真面目な高校生でもない。高校に入ってみたもののやりたいことを見つけられず不完全燃焼な毎日を持て余すだけの怠惰な17歳。それが僕だ。名前なんて覚えてもらうほどのものじゃない。
通学路は友達の誰とも違うのでいつもひとりだった。自転車で通る道をただなぞるばかりではつまらないので脇道にそれて歩いた。長い時間歩くのはダルいけれど急ぐ必要もないのでかまわない。部活をやってない僕は放課後の時間を持て余していたのだ。
今になってなんでそんなことを考えているかというと、今日の僕が何か間違えたんじゃないかって思ったからだ。別の道を歩いていたらアレと遭遇することはなかったのかもしれないし、そうであればきっと何事もない金曜日を週末の開放感でだらけきって過ごしていたはずだ。
とにかく今の状況が飲み込めないので現実逃避をしている。
帰りにパン屋に寄ってひとりで食べきれないほどのパンを買い込んだまではいい。それからしばらく歩いた先で突然目の前が真っ白になった。それは目の前だけでなく僕の周り全てが白く包まれているようだったのは覚えている。そして足元には輝く魔法陣があったのだ。
あの魔法陣が何かの罠で僕がそこに迷いこんだ、あるいは誘い込まれたのであれば避ける道があったかもしれないってことを考えていた。
突然現れた魔法陣によって連れてこられた場所が素敵なところだったらそんな考えにはならなかったんだ。最初は期待してたよ?いわゆる異世界の冒険の扉が開けたんだって思った。だけど、今の僕は薄暗い部屋でうずくまって膝を抱えている。これが何かの間違いで、夢なら今すぐ覚めてほしいと願った。
スマホをポケットから取り出して時間を確かめた。午後七時三十七分。ここへ来てから二時間ほど経ったのだろうか。そして画面には圏外の表示もある。建造物の構造によっては電波を遮断することもあり得るけれど、ここはきっとそういうものじゃないだろう。僕の知る世界ではないと思う。そうでなければあんなものが存在していいはずがない。対峙しただけで足がすくんで生きた心地がしなかった。脇に置いた剣が現実を物語る。やらなければ僕がどうなっていたかわからないんだ。しかたないだろう?もう人でないとしても人の形をしたものをこの剣で斬った後味の悪さはどうにも拭えない。人の死に直面することなんて滅多に起こらない。ましてや僕が終わらせることになるなんて。家畜や害獣、釣った魚に至るまで命を奪うことをかわいそうという風潮があるけど、食べるためだったり自分が死なないためだったりしたら嫌でも殺すことになるだろ?僕は僕が死なないために剣を振るったんだ。相手はゾンビだったし気に病むことはないはずだ。
うだうだ考えていてもしょうがない。目の前の宝箱を開けて気分を変えよう。
主人公の元の世界での名前は出てきません。