第十九話 姫騎士と治安騎士団本部
困惑するジジを伴いコロンポンは混沌都市の中央にある治安騎士団本部へと帰還した。
その本部を見て、ジジがさらに困惑する。
なぜならその本部は、ハストゥール級宇宙戦艦とにらみ合う時空竜のまさに足元にあったからだ。
また、立地もさることながらその建物の貧相さにもジジは驚いた。
彼は知る由もないが、銀河連邦が供与した簡易建築……日本出身の異世界人風に言うならば二階建てのプレハブ小屋で構成されたその本部は、剣と魔法の世界の人間から見ても貧相と言わざるを得なかった。
「じゃあ、わたしはここで」
絶句するジジを眺めつつ、アナベル大佐とはそこで別れた。
治安騎士団本部にエルフ帝国の駐留軍大佐が気安くいくのはまずいのだ。
別れ際にコロンポンとたっぷりハグをした後、エルフの大佐は名残惜しそうに去っていった。
そして二人でWDが歩哨として立つプレハブ小屋に入ると、入り口わきでオニメイ大尉とジャングが食事をとっていた。
彼らは疲れた様子でビールを飲みながらプデチゲをつついていた。
どことなく煤けた様子なのは、コロンポンが頼んでいた治安活動が激闘だったのだ。
「おお、姐さんおかえり! その様子だと無事ダンジョンを解放できたらしいな」
ジャングが米粒を飛ばしながら叫ぶ。
オニメイ大尉も箸をいったん置くと、立ち上がってコロンポンの肩を軽く叩いた。
「こっちはなかなか大変だったが、戦車を出してどうにか混乱は抑え込んだ。銀河連邦の連中も幸い出てこなかったし、上々だよ。そっちはどうだ……ん? そのぼうずは……」
そこでオニメイ大尉はようやくコロンポンの後ろに隠れるようにたたずんでいたジジに気が付いた。
ジジのために擁護すると、彼とて王国貴族としての研鑽をコロンポンと別れて以来積んでいた一端の騎士である。
初対面の異世界人程度にこのように怯えた様子を見せるような少年ではない。
だが、数年ぶりに再会した愛おしい『姉さま』との再会が、元来の甘え気質を復活させていた。
そんなジジの様子を察したのか、コロンポンは優しくジジの背中を支えて自分の前に立たせる。
「オニメイ大尉。ジャング、紹介しよう。この子はジジ。竜王国貴族クーロニ伯爵公子ジジ。私の従者で、竜王国からの非公式の使者よ」
竜王国からの使者という言葉は、オニメイ大尉たちに衝撃を与えた。
竜王国と混沌都市との連絡が途絶えて久しい。
しかしこの連絡が通じるとすれば、自治教会は名実ともに列強として成り立つことが出来る。
「ということは、竜王国は、時空を超える手段を得たということか?」
オニメイ大尉の問いに、コロンポンは首を横に振った。
「詳細は後で。ただ言えるのは……まだ確かな往来は不可能なのよ」
コロンポンの言葉にジジもうなずく。
「はい。僕がここに来た方法は、竜王国の人間が簡単に行えるものではありません。それ以外の人間でも、かなり難易度の高い方法を用いる必要があるので……」
竜王国の民が遺跡帝国のダンジョンへ入るのは、極めて困難だ。
現地の冒険者を雇えば可能だろうが、勝手に他国の冒険者に依頼を出すということは当該国への軍事行動と同義ととられるのふつうである。
つまり、友好国でもない遺跡帝国に「失われた王都へ連絡を取りたい」などと言ってダンジョンへ入ることを依頼するのはかなり困難なのだ。
ちなみにジジが用いたダンジョン深部から混沌都市側へ移動する方法自体が、成功者のような上位冒険者を必須とする困難な案件であり、その点でも難易度は高いのだった。
そう言った事情はぼかしつつ行われた説明を聞いたオニメイ大尉は事情を察したのか、その場は引き下がった。
「そういうことならいいが……。ところで公子閣下。ここに来た目的は? この混沌都市に、王国貴族が何を求めに?」
オニメイ大尉のねっとりとした視線に対し、ジジは真っ直ぐに答えた。
「王都の民を故郷へ帰還させるために。……そして、姫騎士様――貴女を助けるために」
その言葉に、コロンポンの表情がわずかに曇る。
「……話した通りだ。すでにここは竜王国の王都ではない。混沌都市。文字通りの混沌の中、多くの者たちが生きる糧を求めている。だからこそ、私は均衡を崩す選択を取ることは出来ない」
重い沈黙が落ちた。
竜王国の亡霊と、新しい秩序。
その狭間で、二人の想いが噛み合わない。
オニメイ大尉が、やれやれと肩をすくめて言った。
「まあ、落ち着こうか。ここは一旦そこは置いておいて、イリアンさんと自治教会の司祭様に相談するべきではないかな?」
姫騎士は渋い顔をしたが、やがて小さく頷いた。
「……そうだな。ジジ、いいか?」
コロンポンの問いに、ジジはうつむきつつ頷いた。
案内されたのは歓楽街の裏手――先日姫騎士が宿泊した娼館のさらに奥。
そこに立つ古びた石造りの建物が、名ばかりの列強である自治教会の本部だった。
内部では香が焚かれ、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。
奥の間で待っていたのは、中年から初老になったラトロアス司祭だった。
かつて竜王国の国教会を率いていた男。
彼は姫騎士を見るなり、懐かしげに眉を寄せた。
「また無茶をしているな、姫騎士殿。……だが、よくぞ今回の混乱を解決した。もう少し市街での死傷者を減らしてくれれば文句無し……」
そして、ジジに視線を移した瞬間、司祭は椅子から腰を浮かせた。
「――ジジ伯爵公子!? まさか、竜王国から……!」
「よく……僕がジジだと分かりましたね」
ジジが驚きに目を見張ると、司祭は微笑んだ。
「主要貴族と子弟の顔くらい、忘れはせん。王国の血筋を見誤るほど老いちゃいないよ」
彼は王国との連絡が再び通じたのかと嬉しそうな、それでいて怪訝な表情を見せた。
しかしジジが事情を説明すると、静かに安堵の息を漏らした。
「王国には悪いが、ここは現状――混沌ながらも安定している。今さら王都との通信が再開しても、誰も喜ばんだろう。むしろ、警戒から駐留軍の増加すらあり得る」
その言葉にジジの顔が曇る。
実のところ彼は楽観していたのだ。
竜王国から王都に来れば、誰もが喜び、簡単に話は進むと思っていた。
「僕は公爵領で苦しんでいる王都民の帰還……そして姫騎士様を助けるために来ました。ですが、ことは簡単ではないようです。司祭様、僕は一体どうしたら……」
司祭はニヤリと口角を上げる。
まさに待っていたというような表情に、コロンポンは怪訝そうに顔を歪めた。
「ならば話は早い。――治安騎士団団長。人手不足で困っておるのだろう?このジジ伯爵公子を、新たな団員として迎えればよいではないか」
姫騎士は言葉を失った。
司祭は続ける。
「ダンジョンを通じた帰還は帝国が敵対的な対応をした以上、現状不可能だ。そしてこちら側も情勢の不穏さから住民帰還は困難。ならば、もう一つの目的……姫騎士コロンポンを助ける。こちらを実行すれば問題あるまい」
「だが、ジジは――」
コロンポンはためらうように何かを言いかけ、思いとどまった。
目的を果たせないジジに対し、危ないことをしてほしくないなどといえば、どれほど傷つくか思い至ったからだ。
そして、言いかけた姫騎士の言葉をジジが遮った。
「王国貴族として、姫騎士様を助けるのは当然のことです。治安騎士団に参加させてください」
そのまっすぐな瞳に、姫騎士はしばし口を噤んだ。
やがて、かすかに頷き返した。
「……分かった。だが、命令には従ってもらうぞ。団員として、な」
「はい!」
ジジの声が響き、古びた教会の空気がわずかに温かくなった。
そして、ジジはラトロアスの方へと向き直った。
「ですが、住民の帰還もあきらめませんよ。どうにか、道を探ってみます」
「王国貴族として当然のことだな。無論、私も同じ気持ちだ。私の方でもできることは協力するよ」
こうして、ジジは再びコロンポンに仕えることとなった。
※
そうして、コロンポンとジジが治安騎士団本部へと戻った後。
司祭室の奥の陰からオニメイ大尉が姿を現した。
「上出来だな、司祭殿」
「そちらこそ、見事な根回しだ。姫騎士を現場で支えるのがそなた、政治的に守るのがわし、というわけだ。最近の精神的不調も伯爵公子閣下がいれば落ち着くだろう」
二人は薄く笑い合う。
司祭は小さく嘆息して呟いた。
「ジジ……いい若者だ。コロンポンを支えるにはやや頼りないが……まあ、姫騎士があれだけデカいからな」
「はっ、確かにな。あのエルフのばばあも最初は嫌がっていたが、今では認めたようだし……ちょうどいい」
オニメイ大尉は鼻で笑う。
彼の方も、アナベル大佐のことを警戒し、嫌っているのだ。
「あのエルフ……すっかり身内気取りだ。イリアンも当初は訝しんでいたが、すっかりほだされおって。……人間を犬っころみたいに扱う者を……」
ラトロアスも吐き捨てるように言った。
彼らは、共通してアナベル大佐を敵視する。
だが、そこで司祭はアナベル大佐以上に警戒する者たちの名を出した。
「ふむ。だが、“武帝”と“一人艦隊”はどうする?」
司祭の言葉に、大尉の表情が歪む。
そんなオニメイ大尉に司祭は続ける。
「……あの二人は“ガチ恋勢”だからな。伯爵公子閣下と姫騎士がいちゃつく姿でも見せようものなら――血の雨が降るぞ」
司祭の言葉にオニメイ大尉はしばし考え込み、つぶやく。
「方策を練らねばな……計画のためにも」
オニメイ大尉はその言葉と共に、陰に姿をくらました。
陰陽術を用いて治安騎士団本部へと戻ったのだ。
ラトロアスは嘆息しつつ、大尉が消えた影をしばらく眺めていた。
というわけで、ここで第二部終了です。
次の第三部からジジが加わっての活動となります。
しばしプロットを練りますので、しばらくお待ちください。




