第十八話 姫騎士と銀河連邦―1
銀河連邦の艦艇が頭上を通り過ぎたあと、一行は呆然とするジジを促して歩き出した。
とぼとぼ、という擬音通りの足取りで歩きつつ、沈黙に耐えかねたコロンポンが都市の解説を始める。
「あの外周部にあるスラム街が見える? あれは魔王軍の残党……あなたも知ってるエリゴスが取りまとめてる連中が根城にしてる場所よ。文字通りいく当てのない連中の吹き溜まり」
かつて城門があった場所……今は治安騎士団の紙兵とWDが検問所を設けているだけの場所を超えると、コロンポンが言う通りの吹き溜まりにたどり着いた。
「ややこしいことにスラム街にも二種類あってね。中央部にある廃工場を根城にする魔王軍が管理している外周部と、東部にある武王軍管理の場所と……」
コロンポンは沈黙を避けるべく話し続けるが、ジジからの反応はない。
彼は今、それどころではなかった。
記憶の中にある懐かしい王都の光景と、目の前にある光景のギャップに打ちのめされていたのだ。
(あの、美しい石畳。城門から城までまっすぐに続いた、大通り沿いの真っ白な建物。王都にすむ身なりの整った人々。甲冑を着込んだ騎士……訓練の行き届いた衛兵)
ジジは心の中に自分がかつて見た王都を思い描いた。
しかし、実際に目の前にある光景は違う。
土がむき出しの、ところどころに水たまりのある地面。
巨大なトカゲが微かに見えるだけの。入り組んだ道と廃材で作ったようなボロ屋。
地べたに座る薄汚い乞食同然の人外、魔物、よくわからない生き物。
騎士や衛兵は居らず、代わりにいるのは案山子のような機械と紙人形のようなよくわからないもの。
「大丈夫か、ジジ?」
幾度目かのコロンポンの声に、ジジは頭を振った後ようやく振り返った。
「……ごめんなさい、姉さま。だ、大丈夫です」
そう言って大きく深呼吸したジジは、コロンポンの目を真正面から見据えた。
「……さっき、ぼかしていたことを教えてください。あの突撃のあと、何があって……どうして、時空竜は健在なんですか?」
ジジの問いに、コロンポンは少しの躊躇いのあと口を開いた。
「……今君が見ている通り、時空竜は……封印すら出来なかった」
コロンポンの言葉に、ジジがびくりと体を震わせる。
そう、時空竜は……いまだに生きているのだ。
確かに時空竜は真上を向いたままの姿勢で身動き一つとっていない。
しかし、その腹部は呼吸により遠目にもはっきりと動いているし、口からは呼吸と共に水蒸気のように熱い呼気が噴出している。
そして、その身体は封印はおろか、拘束すらされていない。
つまり、この混沌都市という街は、狂暴極まりない怪物の周りに雑多に存在しているのだ。
「姉さまが、サクロ様から得た力を使ったのでは?」
コロンポンは辛そうに首を振った。
「あの後、突撃は失敗した。時空竜が熱線を進化させて、一瞬にして近衛騎士団とエルフの親衛隊を壊滅させたからだ」
その言葉に、アナベルは目を伏せた。
精鋭の、エルフにとって宝石より貴重な機甲戦力は、コロンポンの言う通りあの一瞬で壊滅した。
あの、馴染みだった副官はかろうじで生き残ったが、もはや前線に立てるような体ではなくなってしまった。
「それでも、私たちは諦めきれず走り続けた。武帝と大佐が前に立って、せめて死ぬまではと……。そんな時だった。天上から巨大な光が時空竜に落ちたのは。時空竜の熱線……いえ、それ以上の熱量を持つ強力な攻撃だったそれは、時空竜の全身を一瞬にして焼き尽くした……」
「……それを撃ったのが「ぎんがれんぽう」ですか?」
ジジの問いに、コロンポンは静かに頷く。
「光が落ちたあと、ダメージを受けた時空竜は、自分を撃った相手……つまり天上に口腔を向けた。銀河連邦という国は……信じられないだろうが、遥か空の彼方……星々の世界を支配する巨大な国家だ。さっき見上げた空飛ぶ船を無数に所有し、王国と周辺にある国々すべてを合わせたよりも巨大な領域を、無数に束ねた程の領域を保有する、想像もできない巨大国家。それが銀河連邦だ」
そして、その巨大国家が持つ最大の軍船。
ハストゥール級宇宙戦艦と呼ばれる船が時空竜の真上数万里から放った主砲がコロンポンたちを助けた光の正体だった。
彼ら地球連邦は、探索中に見つけた地上で巨大な怪物によって原住民が滅ぼされそうなのを見つけ、助けるべく介入してくれたのだと、コロンポンは語った。
「……そんな彼らにとっても想定外だったのは、私たちが巻き込まれないように手加減した主砲では時空竜を仕留めきれないことだった。時空竜による反撃は今言ったハストゥール級宇宙戦艦を破損させて、救世主気取りで地上にやってきた先遣隊を驚愕させた」
主砲が効かず、それどころか反撃で虎の子が傷ついた銀河連邦は原住民救護の部隊を引き上げようとした。
しかし、コロンポンたちにしてみれば降ってわいた勝機を逃がすつもりはなかった。
逃げようと飛びたつ小型の哨戒艇にむりやり飛び乗ったコロンポン、アナベル、武帝の三人は、操縦していた銀河連邦兵にこのまま時空竜の頭部まで連れて行くように頼み込んだ。
銀河連邦兵は原住民の無謀な言葉に困惑し拒もうとしたが、突如割り込むように入った通信の主がその無謀を肯定した。
「栄光ある銀河連邦宇宙軍が、神の名を冠したハストゥール級宇宙戦艦を傷つけられて逃げ帰るというのも格好がつきませぬ。さりとて、勝機なくあの化け物に突撃も美しくはありませぬ……原住民の皆さん。あなた方の勇気に、私は敬意を表しますが……何か勝機がおありで?」
哨戒艇のモニターに映し出されたのは、一人の女だった。
ふわふわとした羽毛の様な物に全身を覆われた、真っ白な人型の存在。
当時は知る由も無かった、昆虫型異星人のカイコガ種族だった。
(見たことない魔族だな……)
(見たことない亜人種だな……)
(見たことないミュータントだな……)
コロンポン、アナベル、武帝の三人は三者三様の感想をそのふわふわ昆虫人に抱いたが、この表情時に細かいことは言わず、唯一の勝機であるコロンポンが託されたサクロの力のことを説明した。
「私には、あの時空竜を封じる特殊な力がある! 信じられないだろうが、私があいつの額に触れれば……」
コロンポンは包み隠さず、皇帝ファーリュナスが構築した魔導プログラムのことを語った。
だが、一方でアナベルは半ば諦めてもいた。
見るからに先進的な異文明の人間が、いきなりこんなことを聞いて協力するはずがないからだ。
この白い妙な女も、勝機はあるのかと聞いてこんな話をされたのでは……。
「……その話乗りました」
白い女はあっさりとコロンポンの話に同意した。
あっけにとられる一向に対し、女はニンマリと薄気味悪い笑みを浮かべると哨戒艇の兵士に命じた。
「原住民から偉大なる英雄王ファーリュナスの名を出されては、拒める訳がありません。これ即ち、彼らもまた古代エドゥディアの民である証し! さあ、行きましょう。無論増援も送りますよ!」
訳も分からないうちに、銀河連邦の態度は一変していた。
先ほど嫌そうにしていた哨戒艇の乗員までもが協力的になり、周りにいる哨戒艇や艦艇が続々と時空竜へと突撃を開始していた。
こうして、突撃の第二幕が始まったのだ。
次回更新は10月9日の予定です。




