第十七話 姫騎士と混沌都市
朝日が顔に当たる温かい感触で、コロンポンは目を覚ました。
久しぶりの苦闘と負傷によるものか、ジジと同衾したためか、眠りは深かったようだ。
いつもは一瞬で覚醒する意識が、まだまどろみに絡み取られていた。
「ジジ……」
小さく名を呼び、腕に軽く力を入れると、ぷにぷにと柔らかかった昔とは違い、すっかりたくましく筋肉質になった少年の身体が感じられた。
ただ寄り添って寝ていたつもりが、いつの間にか抱きしめていたようだ。
「よかった……ふあぁ。起きないと……」
ジジの体温と安心感がさらなる眠気を呼び込むが、さすがに起きなければならない。
コロンポンの不在の間、必死に治安維持に奔走しているだろう留守番組のことを思えば、何としても今日中には帰還しなければならないからだ。
そうして体に力を入れ瞼をこじ開ける。
すると、視界に妙なものが入った。
テントの入口のジッパー。
その上部がちょうど人間の頭部くらい開いていた。
それだけならば、ただの閉め忘れなのだが……。
その隙間には、人間の顔があった。
ぎょろぎょろと血走った眼でコロンポンを見つめ、頬まで裂けるような薄気味悪い笑みを浮かべた女の顔だ。
その女と、驚いて見開いたコロンポンの視線が交差し、瞬間女が目をさらに大きく見開いた。
「うわっ!」
思わず悲鳴を上げ、コロンポンは飛び起きた。
反射的に胸に抱きかかえるように庇ったジジが、くぐもった声を上げるのが微かに聞こえた。
「ジジ、起きて!」
コロンポンが寝ぼけたジジの顔へ一瞬目をやりつつ叫ぶ。
そうしてテントの入口へ目を戻すと薄気味悪い笑みを浮かべた女の顔は消えていた。
代わりに少し驚いたような表情のアナベルがテントのジッパーを開けて顔を出した。
「ど、どどどうしたんだいコロちゃん?」
「えっ……あ……あー、その」
よほど驚いたのか汗をかき、少し息を切らせているアナベルの方を見つつ、コロンポンは再び周囲を見渡す。
当然、先ほどの女などどこにもいない。
そもそも、最強のエルフが見張る場所に誰が来るというのだろうか。
コロンポンは自信を納得させると、おずおずとアナベル、そして自身の乳房に顔を埋めて顔を真っ赤にしているジジへ謝罪した。
「ごめんなさい二人とも。少し、怖い夢を見たようです」
二人は笑って許してくれた。
そのことに安堵したコロンポンは、アナベルが自信と同じようにホッとした表情を浮かべていたことに気が付かなかった。
そうして一波乱あった起床の後、アナベルが用意したお湯で顔を洗い、同じくアナベルが用意した黒パンに豚肉の缶詰を挟んだものとコーヒーの朝食をとった。
初めてのコーヒーに顔をしかめるジジに、コロンポンは角砂糖を五つも入れて混ぜ、フーフーと覚ましてやっていた。
アナベルはそんな二人を、ぎょろぎょろと血走った眼をして、頬まで裂けるような薄気味悪い笑みを浮かべてひそかに眺めていた……。
※
「そういえば、夕べは昔のことばかりで忘れていたけど、あのあと……脱出した人々はどうなったんだ?」
」
朝食のあとキャンプを撤収した一行は、荷物を大佐のヌルハンダーによって収納し、混沌都市へ歩き出した。
戦闘は大佐、その後ろをコロンポンが進み、病み上がりのジジをまるでお姫様のように抱きかかえている。
ジジはコロンポンの腕の中で揺られながら口を開いた。
「あのあと、姉さまと別れた僕たちは北の公爵領に落ち延びました。そこで……」
ジジは王都脱出民の苦難の日々を語った。
コロンポンはぽろぽろと涙を流し、幾度かジジをぎゅっと抱きしめた。
「そう、だったのか。公爵め。約定に反して随分と阿漕な真似を……」
歯切りするコロンポンの顔を見上げながら、ジジは思い出していた。
公爵領に集結した王派閥の貴族たちが噂していたことを。
王都の封印は魔王軍を閉じ込めておくためだけではない。
国王による致命的な失態を隠すためだ、という噂だった。
聞いた際ジジは根も葉もない噂に過ぎないと気にしていなかった。
しかし今考えれば、あれは事実無根の噂では無かった。
封印障壁の向こうに王都が無いことを、
そして、その原因が王による時空竜解放にあったことを、少なくとも公爵領の上層部は知っていたのだ。
(だからこそのあの待遇だったのかもしれない。なるほど、そう考えれば納得もいく)
公爵派の人間からの王都の人間への扱いは非道だと感じていたが、彼らが王都崩壊の顛末を知っていたとすれば見方も変わってくる。
みすみす国を崩壊させた勢力の残党など、住まわしてやっているだけでも温情だという意識があったのだろう。
(それでも、僕は!)
ジジは決意を新たにした。
公爵側の心情に当然の理由があろうとも、苦難の中にいる仲間や民をこれ以上放置することはジジにはできなかった。
なんとしても、状況を打破するために王都をもとの世界に戻し、竜王国を再び完全な形に戻さなかければならない。
「姉さま、実はお願いしたいことが……」
ジジがそこまで言った時だった。
アナベルが足を止め、コロンポンも同時に歩みを止めた。
何事かと言葉が詰まるジジを、なぜかコロンポンが再び抱きしめた。
「ね、姉さま一体何を……?」
困惑するジジに対しコロンポン、そしてアナベルもしばし沈黙していた。
やがて、ジジがしびれを切らしかけた頃、アナベルが静かに口を開いた。
「……ジジ少年。昨日ぼかしていた部分の理由、そして結果がここから見える。君が求めていることは察しがつくが、まずはこの光景を見てほしい」
「ジジ……王都が、混沌都市と呼ばれている理由……それがこれだ」
アナベル、そしてコロンポンがジジに語り掛ける。
そして、困惑するジジを抱きしめる力が緩んだ。
「二人とも一体何を……」
二人の言葉の意味が分からず困惑するジジがゆっくりと振り向く。
そして、その光景が目に入った。
そこは王都を一望できる小高い丘だった。
あの時空竜との戦いでも燃え残ったのであろう道脇の大木がジジの記憶と一致していたので間違いなかった。
しかし、一致していたのはそれだけだった。
美しく荘厳な城壁と都の中央に白く輝く王城の尖塔は影もない。
見えるのは、城壁だった周辺に広がる遠目にも薄汚れた貧民街。
そして都の中央。
かつて王城があった場所にそびえる巨大な影……。
天上に向けて咆哮を上げる姿勢のまま微動だにしない巨大な二足歩行のトカゲの姿だった。
「な、んだ……あれ……」
ジジはただ呻く事しか出来ない。
それほどまでに理解不能な光景だった。
あまりの衝撃に、ジジはコロンポンの腕をはねのける様にして地面に降り立ち、かつての王都……混沌都市の方へ近づいていく。
丘をもう少しだけ登ったそこからは、巨大なトカゲ……時空竜を中心に広がる街並みがよりはっきりと見えた。
鎧やローブを着込んだ騎士や冒険者。
革で出来た独特の服装にモヒカンや禿頭のアウトロー。
軍服を着込み男をナンパしているエルフ帝国の兵士。
身体にピッタリとフィットした独特な服を着こんだ人外。
身体の一部を機械に置き換えたサイボーグ。
道々をパトロールするロボット兵士と紙でできた歩兵。
多様、という言葉では到底足りないような数多くの住民が闊歩する、異様な街。
「これが、王都?」
唖然とするジジの視界が、不意に暗くなる。
何かがジジたちの上にやって来て、太陽を隠したのだ。
思わず上を見上げたジジの視界に広がるのは、空を覆い尽くす程に大きな、巨大な鉄の塊としか形容できないものだった。
「なんだあれは!?」
混乱して叫んだジジの肩に、コロンポンの手が置かれる。
そして、大きなコロンポンの身体がジジを背後から優しく抱きしめた。
「大丈夫……銀河連邦という国の、空飛ぶ船だから……」
「あいつら、軍用艦船は地上に降ろすなと言ってるのにまた守ってないな。原住民は巡洋艦と輸送船の区別がつかないと思って見下してるんだ」
コロンポンが説明する陰で、アナベルが吐き捨てるように言っているのがジジには聞こえたが、意味は分からなかった。
ただ。
ジジが考えていたような、単純な解決方法が通じないことだけは、よく理解できた。
という訳で第二章最終話でした。
次回より
第三章 姫騎士と混沌都市治安騎士団 開始予定です。
次回更新は10月6日の予定です。




