第三話 姫騎士と親代わりのお姉さん
用語
・ミュータント
ブートハイの汚染による突然変異で誕生した異形の人類の総称。
今回の様な目が三つ程度の者もいれば、完全な人外、ゾンビの様な腐敗した肉体を持つ者など外見は多岐に渡る。
またその多くがある種の超能力に似た特殊能力を持つことから、非常に警戒されている種族でもある。
・旧魔王軍
竜王国と長い間戦争状態にあった魔王率いる魔族の軍勢の残党。
十年前の王都奇襲とそれによって生じた王都崩壊により魔王は死亡し軍勢も壊滅した。
銀河連邦が「知的生命体の権利」を彼らにも主張した事から混沌都市住人として認められた。
・昆虫型知的生命体
非常に物腰柔らかな人格者が多いことで知られる友好的種族。外見以外は欠点が無い、と誰もが口にする。赤ん坊ですら見た者に悲鳴を上げさせるが、話すと本当にいい奴ら。
・神聖アークエンジェル帝国
エルフによる第三帝国の同盟国。帝国とは名ばかりの天使族による都市国家連合で、あまり強い国ではないが技術力に秀でている。
・コンビニ
地球という世界の異世界転移者がよく経営している雑貨屋の総称。彼らの故郷の品を混沌都市に持ち込むスキルによって高品質な品を扱っている事から人気がある。
・銀河連邦製の缶ビール
地球の物や旧王国のエールとは完全に異なる合成酒。
やたらと濃厚だがアルコール度数が低く、常温でも美味しいことから旧王都住民に好まれている。
尚、銀河連邦兵からは忌むべき酒として疎まれている。
・銀河連邦製の端末
いわゆるパソコンやタブレットだが、戦場帰りの中古品のため品質的には最悪である。
・容疑者の処分
治安騎士団は独自の収監施設を持たないため、犯罪者の処分は殺害を除くと列強任せになる。
細かくは罪状と話し合いによるが、概ね銀河連邦預かりが軽い罪、武帝軍預かりが重罪となっている。
・南部の地下ダンジョン
竜王国のあった世界の先史文明の地下墳墓と言われているダンジョン。
かつては王国や近隣国の冒険者が訪れていたが、混沌都市になる前に既に寂れていた。
大尉から逃げる様に駆けた姫騎士が向かったのは、先ほど眺めていた歓楽街だった。
この街の歓楽街とは、かつての竜王国王都における中央教会があった場所を中心にジェネレーターのエネルギーを目当てにした人々が集まって出来場所だ。
ちなみにジェネレーターの恩恵に集まれなかった人々が集まって出来たのが、昼間姫騎士がパトロールしていた市場や露店が広がる地域である。
そんな歓楽街は当然の様に賑わっていた。
客引きと思しき、煌びやかな服装の男女が道行く人々に声を掛ける光景が、あちらこちらで繰り広げられる。
そしてその客層も昼間同様に……いや、それ以上に混沌だ。
右を見ればエルフの軍人を勧誘する少年が見える。
一見すると夜の街にふさわしく無い人間に見えるが、異様に白いその肌と額にある三つ目の目から”ブートハイ”出身のミュータントだと分かる。
そうなると見た目通りの年齢ではないし、汚染による突然変異によって人間離れした異能を持っている事は混沌都市では広く知られている。
実際に、勧誘されたエルフ達は最初こそだらしのない表情で近寄って行ったが、勧誘してきたのがミュータントだと気が付くと露骨に怯えた表情を浮かべていた。
左を見れば下半身が馬や蜘蛛の女たちが銀河連邦から来た観光客と思しき異形の生命体に話しかけている。
女たちは旧魔王軍の生き残りの魔物だ。
一方の異形の生命体……ピッタリと肌に張り付いたツナギの様な服を着た、昆虫の様な頭部をした生命体は、最近よく混沌都市にやってくる銀河連邦の昆虫型知的生命体だ。
こちらの方は一言二言言葉を交わした後、話がまとまったのか腕を組んで店へと入っていった。
このように、世界も出身も種族もバラバラな存在があちこちで欲望に任せてひしめき合う中を、姫騎士は足早に歩いていく。
時折……姫騎士に気が付いた王都時代からの住民が頭を下げるのに対してだけ、悲しそうに胸に手を当て敬礼していく。
彼女にとって、この場所を歩くのはある種の自傷行為だった。
かつての王都を知り、そしてこうなった原因を作ってしまった者として……。
「酷い顔ね、王女様」
不意に声がかけられる。
少し低めの、女性の声だ。
気が付くと人通りは少なくなり、比較的落ち着いた場所へと姫騎士はやって来ていた。
夢中で歩いている内に、目的の場所へとたどり着いていたのだ。
かつての竜王国王都において、その荘厳さで知られた時空竜教の中央教会。
その跡地に建てられた……娼館だ。
「イリ姉……」
ホッとしたような声で姫騎士が名を呼ぶと、女性は微笑んだ。
入り口の壁に設けられた、受付口。
そこから上半身を出し、カウンターに肘を付いている黒いスーツ姿の女性こそ、タチハナ大尉が言っていた元聖職者の女性だ。
イリアン・ダスアン。
竜王国王都が混沌都市と呼ばれるようになった頃から旧王国民達をまとめ上げ、必死に資金を稼ぐことで列強の地位を保ってきた元聖職者にして、娼館の主……兼娼婦だ。
今では自治教会の幹部としてこうして受付や経営の方に回っている事が多いが、それでも現役というだけあって齢四十を過ぎてもその妖艶な魅力は健在だ。
実際、姫騎士の目から見ても美しい女性に見える。
(でも……昔のイリ姉の方が……)
姫騎士の脳裏にかつてのイリアンの姿が浮かんでくる。
銀河連邦製の上質なスーツではなく……エルフ帝国の同盟国である神聖アークエンジェル帝国の職人が作った工芸品の様な眼鏡ではなく、異世界人がスキルで買い込ん出来たシャンプーの香りもしない……。
粗末なローブを着て、眼鏡が無いので目を細めていた、王都時代の彼女の姿が……。
「また感傷的になってるの? あなたも懲りないわねえ」
心配混じりの声によって懐古は終わる。
姫騎士は少女に戻りかけた気持ちを振り払い、本題を口にした。
「ごめん……ねえ、ちょっと休みたいんだけど……いいかな?」
おずおずと姫騎士が言うと、イリアンは手元の台帳に目を通した。
「大丈夫よ。今日はお客も……今ちょうど最後のお客がお帰りよ」
イリアンがそう言うと、ちょうど娼館の扉が開いた。
銀河連邦宇宙軍の佐官の軍服を着た若い男が、部下や護衛と思しき数人の男と共に出て来る。
姫騎士が気を使って背を向けると、彼らも察したのか何も言わずに見送りの娼婦たちと軽く抱き合い、去っていく。
先ほどまでの場所と違い、ここがやや人通りが少なく落ち着いた雰囲気である理由がこれだ。
この元中央教会跡地の娼館は高級路線を取っており、その顧客の大半がああいった列強の大物や裕福な者たちなのだ。
時折迷い込んだ観光客やアウトローも、料金とイリアンの腕っぷしを見るとあっさりと帰っていく。
だからこそ、姫騎士はこうして遅くなったときなどは官舎という名のボロ屋ではなく、イリアンの所にやってくる。
「……ふふふ。お風呂すぐに準備するから、一緒に入りましょ?」
「うん……」
少しだけ頬を赤らめつつ、姫騎士は嬉しそうに頷いた。
※
そうして、入浴後。
二人はイリアンイリアンの自室で遅い夕食を囲んでいた。
いつもは近くにある食事処から運んでもらった物を食べるイリアンだが、こうして姫騎士がやってきた時は自分で料理して食べさせるのが常だった。
とはいえ、料理自体は質素で簡単なものだ。
薄く切ったパンに刻んだ野菜の漬物と、潰した茹で卵とマヨネーズを和えたサラダ、そしてイリアンお手製の燻製肉をたっぷりと挟んだサンドイッチだ。
「どうよ。これならサイトウがやってるコンビニのサンドイッチより美味しいわよ」
イリアンが自慢げに言うと、姫騎士は思わず唇をなめた。
疲労と空腹が耐えがたい程のスパイスとなり、目の前のサンドイッチを魅力的に見せる。
「あそこのも美味しいけど、ちょっとパンが柔らかすぎるの。スキルで故郷の物を買って具現化出来るらしいけど……あれ系の異能持ちの子達のせいで、すっかり舌が肥えちゃったわ」
「王国の頃は粗食粗食で、いっつもおかゆばかりだったからね」
そう言って二人で笑い合う。
混沌都市になってから、生活の全てが変わってしまった。
懐かしむ日々ではあるが、今となってはあの頃の粗末な衣食住には戻れないだろう。
旧王都住民には、いつもそんな感傷が心にあった。
「さあ、食べましょう。お腹空いたでしょう? いつも通り七つ半でいい?」
「イリ姉は? いっつも半分で足りるの?」
「私も四十過ぎだからね。客が来ない日はこれでいいのよ。食べ過ぎたら西通りの宿屋のおかみさんみたいになっちゃうわ」
「ははは、あのブヨブヨのおばさんね」
昔話をしつつ、かつては豪華だった軽食を……イリアンは半分、姫騎士は7つ目の前に置き、銀河連邦製の缶ビールを二人して開けて小さく乾杯した。
ニホン出身者が持ち込んだ酒は、彼女らには些か冷たすぎたのだ。
その点銀河連邦で一般的なこの缶ビールは、常温で呑んでも美味しいのだった。
「……けどねえ。あなたまーた腕が太くなったわね。いい加減にしないとまた服が破けるわよ?」
「だ、だって仕方ないよ。毎日仕事で動いてるし……」
「いつもそう言うじゃない。けど、本当にいい加減にしないと。今だって腕太すぎて一人じゃ洗えない場所があって、私に洗ってもらいにこうして来てるじゃない」
「そ、そんなことない! 一人で洗えるよ」
缶ビールを飲み、時折サンドイッチにかぶりつきつつ、二人は他愛のない会話をする。
イリアンは知っていた。
こんな、何気ない時間が……。
この全てを背負ってしまった可哀想な姫騎士の、小さな救いであることを……。
そうして心の休養である食事を終えると、身支度を整えて二人は同じベットに入った。
当然、イリアンの身体に合わせたベットは姫騎士には小さすぎる。
足など完全にはみ出している始末だ。
それでも、姫騎士はここに来るとこうして一緒に寝る事を好んだ。
イリアンも、そんな姫騎士の気持ちを分かっているので、まるでサイズの大きすぎる抱き枕を抱くようにして姫騎士の頭を包み込んでやる。
「……こんな事しか出来なくてごめんね、王女様。何か協力できればいいのだけれど……」
いつものスタイルで微睡始めた所で、イリアンが小さな声で囁いた。
夢見心地でイリアンの胸の中でウトウトしていた姫騎士は、少し瞼を開けるとイリアンの顔を見つめる。
「どうしたの急に?」
「……身体洗ってるときに気が付いたの。あなた、随分と疲れてるわよ。足はパンパンだし、肩なんて岩みたい」
そう言われた姫騎士は図星を付かれた、という風に呻いた。
事実だったからだ。
ここのところの腕利きによるトラブルの多発は、どうしても彼女の負担増加に繋がっていたからだ。
今日の昼間のアウトローの様なレベルならばいいが、下手な相手だと三十分前後も大捕り物をする羽目になる。
パトロール班ではそういった事態に対応する事は難しいし、タチハナ大尉や他の騎士団員に頼むにしても、姫騎士以上の実力かつ周辺に被害を出さない戦闘スタイルの者はいないため、自然に姫騎士の負担は増えてしまう。
おまけに、今日はタチハナ大尉が代行してくれているからいいものの、事件というのはただ捕まえるだけではなく事後の事務処理というのも馬鹿にならない負担となるものだ。
未だに慣れない銀河連邦製の端末やエルフ帝国製のタイプライターを太い指でたたき、そうしてまとめた書類を事務員と協力して関係する列強や勢力に提出して容疑者の処分に関する話し合いをまとめる……。
ともすれば現場以外の仕事の方が重大で、労苦が多いのだ。
「ここのところ、街でトラブルが多くて。おまけに、犯人が結構強い人ばかりなせいで事後処理も大変で……はぁ……正直、しんどい」
姫騎士は思わず愚痴をこぼした。
事実、彼女の疲弊は明らかだ。
特に事務処理と大きな胸から来る肩こりは深刻な状態になっており、風呂でイリアンは肩甲骨から肩、首まで全てが骨で覆われた様に硬くなった姫騎士の身体を見て心配になり、だからこそこうして話を振ったのだ。
「腕利きが……あれ、ひょっとして……」
すると不意に。
イリアンが妙な声を上げた。
「なんか知ってるの?」
甘える様にイリアンの胸に顔をうずめて居た姫騎士は思わず顔を上げた。
このツラい状態が終わるのなら、藁にもすがりたかった。
「あくまで、お客さんから聞いた噂話よ。期待しないでね」
「いいから、聞かせて。何があったの?」
眠そうな瞳に期待の光を宿し姫騎士が尋ねる。
イリアンは無関係だったら悪いなと罪悪感を抱えつつ、自身が知る事を話した。
「南部の地下ダンジョン……あそこでね」
「うん」
姫騎士は頷いた。
竜王国時代からある南部にある地下ダンジョンは、王国時代こそ探索され尽くして誰も見向きもしない場所だった。
だが、混沌都市と呼ばれるようになってからは深部から大量のモンスターが湧きだし、魔力が満ち始めた結果様々な先史文明の遺産や財宝、さらにはまだ見ぬ異世界の物品までもが湧きだす有力な狩場へと変貌を遂げていた。
当然、そうなると現れるのが”冒険者”である。
竜王国王都自治教会は颯爽と冒険者ギルドを立ち上げ、探索者の主力を王国民からエルフやアウトローへと切り替え、依頼を斡旋したのだ。
今では金目の物を目当てに潜るアルバイト感覚の各世界の実力者や、武器になるものや希少な物を求める各勢力の依頼を手に潜る専業冒険者で賑わう、そんな場所だ。
「魔物の群れが湧きだして、入り口に入れないって噂があるんだって。冒険者ギルドは否定して、今も依頼を斡旋し続けてるんだけど、いざ行ってみると入り口にいる魔物のせいで探索どころか中にも……」
イリアンがそこまで行ったところで、姫騎士はガバリと身を起こした。
あまりに勢い良すぎて、イリアンまで跳ねる様に一緒に身体を起こされることになった。
「わ、わ、わっ」
「あ、ごめんイリ姉……で、それって本当なの? 何も聞いてないけど?」
姫騎士は目をギラギラと怒りに染めて言った。
イリアンは思わず怯えつつ頷く。
「ダンジョン探索が出来ないとなると、自治教会は大損だから隠してるみたい。他の勢力や冒険者も、事件があるって騒いであなたや銀河連邦が出張ってくるのが嫌みたいで……武帝が帰ってくるまで放置してるって話よ」
ダンジョン探索の利権の大半は自治教会とアウトロー、エルフ帝国が持っている。
これは各勢力の拠点の立地や自治教会と治安騎士団の反目、それに列強最大勢力である銀河連邦への反発などの様々な要因ゆえだが……何はともあれ姫騎士達治安騎士団と銀河連邦は、少なくとも勢力としてはダンジョンという場所からは排除されている。
「……くそ……しょうもない理由で事件放置したあげく、街に金稼げなくなった冒険者を燻らせて治安悪化……許せない……許せないわ、エリゴス!!!」
姫騎士は凶暴な猟犬の様に怒りを込めて吠えた。
その怒りの対象の名はエリゴス。
10年前竜王国王都を奇襲して、王都崩壊のきっかけを作った魔王。
その娘、”魔公爵エリゴス”。
混沌都市における、残存する魔物全てを統率する現在の魔物の頭目であり、ある種の反社会勢力のリーダーでもある。
「明日はぶっ殺す!」
姫騎士は物騒な叫びを上げると、イリアンを抱き寄せて眠りに付いた。
登場人物
・イリアン・ダスアン
元時空竜教の司祭で41歳。
理由あって信仰を捨て、現在は娼館経営のトップ兼娼婦を務めている。
現在でもかなりの人気の持ち主で、常連には各勢力の大物が軒を連ねている。
またかなりの腕利きでもあり、メイスと回復魔法の達人。
・魔公爵エリゴス
亡くなった魔王の娘。生き残り、現在は残存魔族と魔物たちを統率して反社会的勢力を築いている。
姫騎士とは犬猿の仲……と言われている。
という訳で、今のところここまでです。
次回から話が動いていくと思いますので、よろしくお願いします。
次回更新は4月8日の予定です。
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追伸 豆腐メンタルなので、お手柔らかにお願いします……。




