第十六話 姫騎士とエルフとの出会い―6
「そうして、私たちは時空竜へと突撃したんだ。大佐や武王……そして彼らの部下や近衛騎士団が命を懸けて私を導いてくれなければ、到底時空竜の元にはたどり着けなかった」
コロンポンの言葉が不意に耳に入り、アナベルの長い追憶は中断された。
気づかぬうちに、追憶とコロンポンがジジに語る内容がシンクロしていたようだ。
「では、時空竜は封印できたのですか?」
ジジが尋ねると、コロンポンは曖昧に頷いた。
その様子にジジは怪訝な表情を浮かべた。
(……まあ、ああいう肯定の仕方になるか)
アナベルもコロンポンの反応に同意するしかなかった。
とはいえ、その実態を口頭で伝えるのは難しい。
「ジジ少年。時空竜の現状は実際に見た方が早い。今の話は、時空の歪みで集った様々な勢力が協力して時空竜を封じた。それだけわかればいい」
アナベルがそう言うと、ジジは静かに頷いた。
(実際、これ以上何も知らない少年に語るには、あの後起きたことは難しいからな)
ジジの顔を見ながらアナベルは肩を落とした。
結局、あの後の突撃は失敗した。
アナベルと武王。
近衛騎士団、エルフ帝国親衛隊、武王軍は状況もわからぬ中、時空竜という強大な脅威と騎士の少女を支えるためだけに戦い続けた。
自走砲や高射砲は絶えず魔力装填弾を放ち、近衛騎士、戦車、歩兵たちはコロンポンから注意を逸らすため散り散りに突貫した。
無数のアウトローや拳法使い、そして少数の超能力者たちは武王の指揮のもと時空竜の攻撃を受け止めようと自らの持つ超常的な力を全力で行使して壁となった。
そうした付け焼刃の連携は、当初はうまく機能した。
時空竜の熱線は数秒間武王軍に防がれた後、的確に親衛隊や近衛騎士を焼き消したが、その犠牲でコロンポンたちは無傷で時空竜に向かい走り続けた。
アナベルははっきりと覚えている。
武王の「この調子なら半数は生き残れるな!」という声を。
だが、皮肉なことにその発言の直後だった。
時空竜の攻撃が変化……いや、「進化」したのは。
そうして放たれた時空竜の次の熱線は、異様に長い溜めの後に放たれた。
武王が受け止めた時から換算すると五倍近い魔力が込められたそれは、一陣の光だった熱線から、光の雨のように分散し、個々の標的を追尾する拡散追尾熱線へと変わった。
武王軍の異能者を回避し、一挙にエルフ軍と近衛騎士団に到達した熱線は、一撃で親衛隊の半数を葬り、近衛騎士団を全滅させた。
セブンス重戦車が一瞬で爆散し、白銀の鎧をまとった重騎兵を一瞬で蒸発させる。
超能力で障壁を張り、闘気で熱線を防ごうとする拳法使いを鞭のようにしなる熱線が背後から貫き、超人たちを消し炭に変える。
そんな恐ろしい光景を光の雨の真下で見ていたコロンポン、アナベル、武王は息を呑み、嘆き、そして死を覚悟した。
(……そういった意味で、真にコロンポンを助け時空竜を倒したのはやはり彼ら……そしてあの男なのだ)
アナベルは苛立ちを含んだ感情を胸に、あの時のことを思い出した。
空飛ぶ無数の軍艦と、コロンポンの陰から飛び出してきたあの男の顔を。
銀河連邦の宇宙艦隊、そしてタチハナ・オニメイという化け物のことを。
あの人知を超えた存在のことをこの剣と魔法の世界から来た少年に語るには、アナベルとコロンポンの語彙はあまりにも貧弱すぎた。
「そうして時空竜を倒した後、私たちは協力して王都……正確には王都だった場所を復興させた。幸い、助けてくれた勢力の中には短期間で膨大な物資を融通できる者がいたから、街はすぐに復興できた」
「街の統治はどこがしているのですか?」
「王都……今は混沌都市と呼ばれる街は、ラトロアス司教が代表を務める竜王国王都自治教会が統治している。とはいえ基本的な行政だけで、実際の統治権は列強による分割統治よ」
コロンポンがジジに混沌都市のことを教えるのを聞きつつ、アナベルは腕時計をチラリと見た。
もう夜も遅い。憩いの時間もそろそろお開きにするべきだった。
「コロちゃん、ジジ、そろそろお開きにして寝ようか。特にジジは毒の消耗もあるだろう」
アナベルがそう言うと、ジジは目に見えて残念そうな顔をしたが、コロンポンが頭を撫でるとあっさり頷いた。
この語らいによって主従の絆がすっかりもとに戻った事をアナベルは素直に喜んだ。
そうして、一行は身支度をして眠りについた。
ジジは簡易寝台で、コロンポンはその下の寝袋でだ。
アナベルはテントの外での不寝番を買って出た。
コロンポンは交代する事を申し出たが、アナベルが固辞したのだ。
(……これくらいの役得があってもいいでしょう)
そんな思いがアナベルの心によぎる。
そんな少し邪なアナベルの思惑通り、二人っきりのテントからは小さく語らう主従の声と、ジジがコロンポンの寝袋に入り込む微かな衣擦れが聞こえた。
(……あの時、コロちゃんや武王と会って思い出した。人間という種族が持つ本来の自由闊達で天真爛漫な姿。わたしたち上位種によって抑圧されていない、本来の姿……)
アナベルは今でも思い出す。
熱線に焼かれ、エルフたちが焼け死ぬ地獄絵図の中。
たった一人巨大な時空竜の額の上で煤と血に塗れ立つコロンポンや英雄たちの姿を。
それは、空虚なハイエルフの胸にかつて抱いていた人間という種族への熱い執着と愛を思い起こさせた。
(コロちゃん……愛おしい我が推し。それが思い人と出会ってあんなにイチャラブするなんて……こんな感動がまだわたしの中にあったなんて)
指揮していた親衛隊の壊滅によりエルフ帝国内の地位をほぼ失ったアナベルだったが、代わりにかけがえのないものを取り戻した。
人間という種族を愛でるというかつて失われたライフワークだ。
テント内の囁きと衣擦れを肴に、アナベルは夢見心地にスキットルを傾けた。
回想が終わり、一行はついに混沌都市へ。
次回更新は10月1日の予定です。




