第十六話 姫騎士とエルフとの出会い―2
用語
・装甲擲弾兵連隊
装甲車や歩兵戦闘車(機関砲などを搭載した重武装の装甲戦闘車両)に搭乗した歩兵部隊。
戦車同様の無限軌道による機動力、装甲による防御力、車両の火力を兼ね備えた事により、機甲部隊に随伴してより密接な連携を取る事が出来る。
……のだが、今回アナベル戦闘団に配備された部隊は装甲車両の不足によりトラックに乗車した部隊との混成になっており、完全な装甲擲弾兵とは言い難い。
原因は当然、エルル戦(エルフ帝国、ル連戦争の略)による大損失である。
・アンジェラン
ル連と国境を接していた天使、ケンタウロス、エルフ、人間とその混血が居住する国家。
ル連から強い圧力を受けており、それに対抗するためエルフによる第三帝国と同盟を組んだ。
ルプヴィーロランド攻防戦においてエルフ帝国軍と共に戦っていたが、結果的に彼らの担当する戦線が崩壊した事で第六軍が包囲されることとなってしまった。
・アクヴォマルセーホ
エルフ帝国とオークランドの北部国境間にある国家ベルギエにある地名。
首都パール陥落後退位していたナブリオが皇帝の座に返り咲き、再起をかけた一大決戦アクヴォマルセーホの戦いが行われた地として有名。
ちなみにナブリオはこの戦いで名も無きエルフに討たれ、その長大な生に終わりを遂げた。
数日後。
アナベルは俗世に帰還した時と同様に、自動車に乗って隠遁していた森とエルファリンを結ぶ道路を移動していた。
もっとも、乗っているのは高級車から軍用指揮車に変わり、前回は一台だったのに対し、今回は歩兵を満載したトラック、戦車、装甲車による長大な車列を構成していた。
エルフによる第三帝国親衛隊の重戦車大隊と、トラックや装甲車で機動化した走行擲弾兵連隊を主力とするアナベル戦闘団だ。
貴重な重戦車、新型中戦車、装甲車、高射砲などの重装備と訓練されたエルフ兵士5000名という、今の帝国にとっては至宝と言うべき精鋭たちだ。
(……こんなところに居ていい存在ではない。早く名目だけの調査を済ませ、ル連軍を食い止めるために東部に移動しなければ……)
指揮車の屋根にあるハッチから上半身を乗り出し車列を眺めながら、アナベルは物思いにふけった。
考えるのは今から行く魔の森のことではなく、この無意味な調査の後で向かう東部戦線のことだった。
情報によれば、ル連軍は膨大な兵力を秘密裏に集結させ、一気に戦線を突破する戦術でセートラント東部の防衛線を破りつつあるという。
第六軍亡き後の帝国軍は弱体化が激しい。
ルプヴィーロランド戦で壊滅した同盟国アンジェランの残存部隊が、主力の一部として戦っているほどだという。
(……この部隊を南部から敵の背後に回り込ませて、私が敵の中枢に殴り込みを……)
頭の中の地図の中で自身と戦闘団を動かし続けるアナベル。
彼女はこの段階まで、思いもしなかった。
今率いている部隊の大半が、生きて帰ることが出来ないなど……。
※
そうしてたどり着いた目的地は、アナベルの記憶から大きく変わっていた。
あらかじめ先発させていた工兵隊によって、車両通行可能な道路が通っていたのだ。
「これなら今日中に魔の森にたどり着けますね。ですが、よろしかったのですか? 思い入れのある場所でしょう……」
副官の親衛隊少佐が地図を眺めながらつぶやく。
度重なる激戦で、エルフの特徴である尖った両耳が欠けたベテランだ。
聞けば、アナベルが隠遁していたころ、すでに一端の騎士として戦場にいたといい、若い頃に何度かアナベルと会っていたという。
(私は覚えていないがね……長生きしすぎるとすぐこれだ……)
心中で独り言ちつつ、アナベルは副官に応じた。
「ああ、構わない。私の郷愁よりこの国の未来だ。こんなことは早く済ませ、部隊を向かうべき場所に連れて行かねば」
「やはり、あなたのような方がいれば心強い」
「……よしてくれ。私はただの婆さんだよ。君のようなベテランこそ必要なのだ」
「そんなことはありませんよ。あの時も、そう言いながら私どもをナブリオの軍勢から救ってくださった」
その言葉を聞いて、アナベルは思わず傷だらけの副官の顔をまじまじと見つめてしまった。
今のやり取りに覚えがあったのだ。
「アクヴォマルセーホの戦い……孤島から帰還したナブリオを撃破したあの決戦の最中、若い騎士と同じような会話をしたが……君だったのか。大きくなったな、あのお嬢ちゃんが」
本来エルフ女性にとって侮蔑の言葉である「お嬢ちゃん」という言葉をかけられたにも関わらず、副官は嬉しそうに目を細めた。
未熟者扱いする罵倒であると同時に、ある一定以上親密な関係となった年長者のエルフと若いエルフの間で使われる場合に限っては、最上級の親愛の言葉だからだ。
「あなたはあなたが思っている以上に、我々エルフ種族の希望となっているのです。ですからどうか、あまり塞ぎこまないでください。あなたが深刻な顔をすれば、若い兵は怯えてしまいます」
副官の言葉を聞いて、アナベルは思わず赤面した。
どうやら、ルプヴィーロランド戦以来気持ちばかり焦っていたようだと、自省する。
「……自分を婆さんだと卑下しながら、全部背負い込もうとする……気持ちと行動がちぐはぐだな……」
「そうですよ。もっと大きく構えていてください」
そう言ってカラカラと笑う副官に救われた心地で、幾分軽くなった心で、アナベルは深呼吸した。
そして、今自分が出来ることにまい進しようと心に決める。
「よし、全隊進め! 目標、森の奥にある広場!」
「広場……工兵隊が切り開いた道の終点部分ですね。そこに何があるのですか?」
副官が地図を眺めながら訪ねてくる。
ここまで、目標地点がそこだという情報以外は何も伝えていなかったので、無理もない。
「古い魔法陣がある、ただの広場だ。昔何度か魔法式の解読もして、無害で無意味な術式なことは確定しているから、心配はない」
「なるほど。総統閣下が言っているのは、そこなのですね」
「そういうことだ。たどり着いたら周辺に斥候を出して、そのあとで調査隊が科学調査を行う。それがすんだら、任務完了だ」
アナベルの説明を聞いた副官が無線で手際よく指示を出すと、森の入り口で待機していた部隊が瞬く間に行軍隊形に移り、進み始めた。
重量50トンの重戦車が不安だったが、工兵隊の努力の賜物か、低速ながら部隊は確実に進めた。
「しかし大佐。その魔法陣というのは、いったい何の目的で設置されたのですか?」
しばらくすると、副官が尋ねてきた。
激しく揺れる指揮車内で、気を紛らわそうとしたのかもしれない。
そう察しを付けたアナベルは、脳裏から古い記憶を思い出して教えてやることにした。
「確か、古代帝国の皇帝陛下の行幸の折だった……この森は時空の歪みがあり、そこから通じる異界に邪悪な竜があると兵がが仰られた。そして陛下は自ら転移の魔法陣を描かれると、私たちが呆然とする中陛下はその異界へ赴き、瞬く間に邪悪な竜を封印して戻られた」
こともなげに言ったアナベルの壮大な話に、副官はあっけにとられたように目をパチパチとさせた。
そんな副官を見て今度はアナベルがカラカラと笑った。
「何万年も前の話だ。すでに言ったが、魔法陣に力はない。目的である邪悪な竜がいないからだ。特定用途の魔法陣は強力だが、他の用途には使えない。この場合邪悪な竜も、転移すべき陛下もおられないからな」
「なるほど……つまり竜と陛下がいない限りは何も起こらないのですね」
副官の言葉にアナベルは大きくうなずいた。
そう、その通りなのだ。
「そうだ。邪悪な竜も、陛下も……もう、おられないのだからな」
アナベルの郷愁を帯びた言葉は、部隊の最後尾にいた彼女の指揮車が、半径4キロの巨大な広場に入った瞬間に否定された。
なぜならアナベル戦闘団の面々は……。
静謐な森から、炎上する中世都市へと一瞬にして移動してしまったからだ。
唖然とするエルフたちを、直立する巨大なトカゲが見下ろしていた。
次回更新は9月9日の予定です。




