第十五話 姫騎士と長生きしすぎたエルフー5
「贖……罪」
総統の言葉に、アナベルは気圧された。
机に座ったままの若いハーフエルフに、万年を生きるハイエルフが圧倒されていた。
罪。
その言葉と、そこから浮かぶ光景がアナベルの心を急速に蝕む。
「その様子だと自覚はあるようだな? お前たちが偉大なる帝国植民地にした仕打ちを、俺は知っているぞ」
仕打ち。
その言葉にアナベルの心が痛みだす。
(そう、八天は……)
「私は……私たちは、滅ぼす気などなかった。皇帝陛下が崩御し、反乱が起き、あなたが戦死して…それでも、この植民地を支えようと必死だった……」
アナベルはしどろもどろになりながら必死に弁解した。
帝国の末期。
皇帝ファーリュナスの崩御で、帝国は一気に衰退した。
結果起きたのが、亜人種、妖精種による大規模蜂起だった。
国家の基盤はそのほとんどが皇帝の魔力に依存していた。
彼の崩御により抑圧の対価として与えられていた豊かさが失われ、抑えられていた亜人種・妖精種の反発心が一斉に爆発したのだ。
もちろん、行政府も手をこまねいていたわけではない。
あらかじめ動きを察知し、反乱の首謀者たちを八天率いる行政府の戦力によって排除し、反乱を防止、早期鎮圧するべく動いていた。
しかし、反乱の広がりの速さは行政府の想像を超えていた。
それだけ、人間や魔法帝国に対する現地人の長年蓄積された恨みは深かったのだ。
植民地全域にまで発展した反乱に対し、行政府は優れた魔法使いである代官自身までもが出陣するまでに追い詰められた。
「皇帝陛下のこれまでのご恩に対し仇で返す行為、見過ごせるわけがないだろう! 反逆者はすべて殺せ!」
代官は檄を飛ばし、八天は同胞に対し刃をふるった。
だが代官までもが反乱軍の手にかかったことにより、八天は決断を迫られた。
「生き残っている人間を見殺しにはできないよ」
「そも、今更我々八天が寝返ったところでどうなる? 我々も、総督府の領域にいる人間も……関係なく皆殺しになるだけであろ」
「さよう。ならば我ら、魔法皇帝の恩に報いるため……最後の一人になるまで戦い続けるべきだ」
アナベル、エリザベス、ベアトリスの三人はこのまま行政府として戦い続けることを決意した。
対して。
「そんな自殺には付き合えない。俺たちオークは抜けさせてもらう。ああ、人間すべてを見捨てる気はない。オークの土地に連れていけるだけは連れていき、保護させてもらう。人間は、娯楽にも繁殖にも必要なんでな」
「朕もそうさせてもらう」
「お、オウメも……」
ナブリオ、翊、オウメは魔法帝国ととて戦い続けることを拒み、自分の種族の繁栄のみを選んだ。
そして……。
「自殺にも、引きこもりにも賛同できん」
「我らの尊厳を踏みにじり続けた人間は、許せん。存在を許さず、尊厳を許さず、そのすべてを滅し、この地をもとの形に戻す。これだけが我らが道だ」
アンドレイとマクジャールは、反乱軍への合流と人間の徹底的なせん滅を主張した。
意見は対立し、議論は紛糾し、八点の関係は粉々になっていった。
かつての友は憎しみの対象となり、そうした対立の最中にも反乱軍は行政府の支配領域を奪い続けていった。
「だから、だから私たちは、アンドレイとマクジャールを倒した後、反乱軍の穏健派と謀って強硬派を暗殺したんだ……」
「それが、裏切りだ」
「裏切ってない!」
総統の言葉に対し、アナベルは激昂した。
「確かに植民地府は崩壊した。けれども、人間という種族を存続させることには成功した。だから今もこうして人間はこの地に存在する。それに聞きましたよ。人間の国が、今はあるそうですね? それもこれも、わたしたちが人間を生き残らせるべく動いたからで……」
次の瞬間、総統の姿が執務机から消えた。
それが高度な魔法による転移だとアナベルは即座に気が付いたが、反応はできなかった。
いきなり眼前に現れた総統に、首を絞められたからだ。
振りほどくことも、反撃もしようとすればできたかもしれないが、アナベルにはできなかった。
代官という存在は、そこまでアナベルにとって大きい存在だった。
「下らん言い訳はやめろ、アナベル。人間を存続させた? それは、吸血鬼やオーク領域で食料代わりに扱われた臣民のことか? 天使領域で奴隷扱いした人間か 龍や鬼に下等生物扱いされ、崇め奉らせた臣民のことか? それとも……」
アナベルの首を絞める総統の手に、ひときわ力が入れられる。
嗚咽が漏れ、苦痛が限度を超えるが、それでもアナベルは振りほどくことが出来なかった。
「それとも、愛玩動物扱いしていたお前の周りの人間のことかアナベル?」
「!!!」
アナベルが衝撃を受けたのを見て取った総統は、そこで手を離した。
アナベルは地面にへたり込み、むせながら総統の顔を見上げた。
「…私が知らないと思っていたか? お前は昔から人間に友好的だったが、実際は愛玩動物扱いしていただけだ。それで皇帝陛下の忠臣を気取って…何様のつもりだ」
「も、申し訳……」
「謝罪はいい。行動で示せ」
総統は高圧的に命じると、再び空間転移魔法で執務机へと戻った。
そして、「行動?」とつぶやくアナベルに向き直る。
「…死ぬ前に、俺は転生魔法を仕込んでおいた。帝国時代、時折異世界の記憶を持つ奴や、直接異世界から転移してくる奴がいただろう? あれの研究の成果だ。細かい設定ができず、こんな未来に女の身体になってしまったがな」
先ほどまでの断罪とは打って変わって、総統は饒舌だった。
だが、アナベルには総統の言いたいことがわからず、困惑する。
「ふふ、そんな顔をするな。説明してやる。私はな、アナベル。実のところそんなに怒っていないんだよ」
心の底から楽しそうに総統は口を歪めた。
アナベルはそんな総統を見つめることしかできない。
「この地にいた臣民など、所詮は皇帝陛下への忠義薄い犯罪者だ。お前たちも薄々知っていただろう? ここは刑務所……もう少し上等に言っても流刑地だ。だから、あんな連中をひどい目に合わせようと知ったことではない」
「ならば、何を? 私の、贖罪とは……」
「お前にだけは、罪があるのだ。人間を虐げたことではない。皇帝陛下の命であるこの地を治めることを放棄したことだ。なぜかわかるか?」
アナベルはフルフルと首を横に振る。
だが、何か致命的なことが言われるような、そんな予感と恐怖が身を包んでいた。
「八天の中で、お前だけが現地採用ではないからだ。陛下手ずから作成された、魔法生命体。この地にいるエルフとは根本から異なる、人工的に作られた生物。それがお前だ」
「わた、し……」
恐怖が臓腑を冷やす感覚となり、久しく感じていなかった冷や汗が吹き出した。
自らの出自の衝撃故か? 違う。
自分が、存在意義を放り出していたことを知ったからだ。
「わかったようだな? ならば、行動せよアナベル。私はこの地を再び魔法帝国とするべく、統一に乗り出すことにした。だから、貴様にはその尖兵となって働いてもらう」
統一。
その言葉を聞き、アナベルは身震いした。
「そのための、一千万のエルフですか……。しかし、どうやって……エルフの出生率では……」
総統は、やっと聞いてくれたかといわんばかりの笑みを浮かべた。
「我々は、お前たち耳長を人工的に製造できるほどに知っているのだ。裏技、があってな」
くっくっく、とまるで物語の悪役のように笑う総統に、アナベルはいよいよこの話題を聞いたことを後悔していた。
だが、拒むという発想自体がすでに消失しているため、恐怖しつつ聞き続けることしかできない。
「人間とエルフの間には、当然ハーフエルフしか生まれない。血の濃淡や能力の差はあるが、たいていは純粋なエルフより劣る。だが、母胎の胎児に強力な魔力を照射すれば、ほぼ純粋なエルフを生み出せる」
「ハーフエルフを、エルフに!?」
アナベルは驚愕しつつ納得していた。
エルフ同士で子供ができる可能性は低く、エルフの女性が孕む可能性もまた低いのだが、人間の女性がエルフの男性と子供を作ろうとした場合は例外なのだ。
つまりその方法でハーフエルフをエルフにできれば、人間並みの速さでエルフの人口を増やせる……。
そこまで考えたところで、アナベルは気が付いてしまった。
エルファリンの通りで感じた、違和感の理由に。
異種族がいない。
この理由は単純だ。
統一を目指す。つまりは大規模な侵略を企図しているのだから、厄介な異国人を排斥しているのだ。
人間がいない理由。
急増したエルフ人口。
その、方法。
つまり……。
「人間を……エルフの繁殖のために……」
「そうだアナベル。人間たちは人口増加のための施設に強制収容している」
言葉とは裏腹に、総統は愉悦に満ちた口調で言った。
二百年足らずで人口を十倍以上にしたことを考えれば、その施設の内情は地獄としか言いようがないはずだ。
人間が、家畜のごとく扱われる光景を考えたアナベルは思わず涙を流すが、それでも総統に逆らう気が起きない。
全て、自らが招いた結果だからだ。
「そう落ち込むなアナベル。統一事業が完遂されれば、我が国の人間の扱いは緩和される」
そう言って笑い声をあげる総統の声を、アナベルはすっかりひび割れた心で聞いていた。
こうして、ハイエルフ アナベル・シュミットはエルフによる第三帝国親衛隊大佐として世俗へと復帰した。
次回更新は8月31日の予定です。




