第二話 姫騎士と頼れる年上の部下
用語
・銀河連邦製の艦艇用ジェネレーター
混沌都市への人道援助として供給された銀河連邦で一般的に用いられる艦艇用のジェネレーター。混沌都市の電力をこれ一台で全て賄っている。
正式名称は魔導制御式核融合炉 ARC-77-MF (Arcane Reactor Core 77 - Magical Fusion)。
・陰陽術
自己魔力を用いる旧王都住民の用いる魔術やエルフの用いる精霊と自身の肉体をリンクさせる精霊魔法とは完全に異なる、術式と呼ばれるある種のプログラムを用いた異世界の魔術。
・魔法と魔術
様々な世界の術が混在する混沌都市では、一応区別されている。
魔法は自身以外の要素(マナ、精霊)等を利用するもの。
魔術は自身の魔力や術式等、基本的に自分だけの要素で扱うもの。
ただし、両者のハイブリット的な技を使う異世界人の存在や、新たに両方の要素を混ぜて扱う者もいるのでこういった区別は困難になりつつある。
・大扶桑皇国
タチハナ大尉の世界にある国家。陰陽術と呼ばれる魔術を用いる陰陽兵と呼ばれる兵士を多数保有する極東の大国。地球という世界の大日本帝国や、エルフ帝国の同盟国である大鬼国と似た要素のある国家。
・歓楽街のエッチな店
竜王国王都自治教会が運営ないし場所代を取って運営されている店舗。
力など無いに等しい自治教会が名目とは言え列強扱いされているのも、こうして稼いだ資金を用いて列強幹部に接待や賄賂を贈っているためである。
そして、当然ながら働く王国民たちの生活は厳しい。
・聖職者
竜王国国教”時空竜教会”で竜の信奉者のこと。
・スパイシーなかほり
「普段は甘い匂いなんだが、運動したりしばらく風呂に入ってないと……そこに少しピリッとしたアクセントが加わるんだ……ああ、吸いたい……シャツの中に頭をつっこ(中略)」
(アナベル・シュミット大佐談)
姫騎士が街中で続発するトラブルへの対処を終えたのは、日勤から夜勤の引き継ぐ時間をとうに過ぎた頃だった。
すでに周囲は暗く、市場や露店は閉まり賑わいの中心は歓楽街の方へと移っていた。
姫騎士はふと、人通りの無くなった市場の一画から歓楽街の方を眺める。
銀河連邦製の艦艇用ジェネレーターから供給される電力により、ギラギラと輝くネオンや巨大な液晶ディスプレイが人間の欲を具現化したような映像を次々に映し出す。
こんな風に、仕事で治安騎士団の詰め所に帰るのが遅くなった日には、姫騎士の視界にはいつもあの明かりがある。
「ごめんなさい……みんな」
そして、いつも姫騎士は一言詫びる。
あの明かりの下で、必死に働く旧王都時代からの民達に。
無力な自分の不甲斐なさを。
愚かな自分たち王族の責任を。
かみしめる様に、詫びる。
「また謝っているのか、おぜう」
背後から低く擦れた、優しい声が響く。
若干の驚きと、安心を胸に姫騎士が振り向くと。
そこには彼女の予想通りの人物がいた。
「大尉……。はい、そうです。あの明かりの下で、我が民が必死に頑張っているのは、全てこの身が原因なのですから」
姫騎士が”大尉”と呼んだ人物は年のころ40歳程のでニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべた男性だった。
頬が少しこけ細身で、それでいて肩幅は広く身長は180cm程。
姫騎士には及ばないが中々の体格だ。
エルフ帝国とは異なる黄土色のシンプルなデザインの軍服に制帽。
足首まで覆うマントを身にまとう姿はある種異様な圧を感じさせる。
しかし姫騎士にとってはそうでは無い様で、まるで親しい身内に接するように応対した。
彼こそ、主に夜間パトロールを担当している治安騎士団の一員にして姫騎士の部下。
異世界転移者にして異界の魔法技術”陰陽術” の使い手。
大扶桑皇国軍人、タチハナ オニメイ大尉だ。
彼は姫騎士の言葉を聞くと、姫騎士と同じように歓楽街の方を眺めた。
「あまり気に病むな。お父上の決断も、おぜうの頑張りも……皆が認めている事だ。現に俺の行きつけの店でおぜうの事を悪くいう奴はいない」
「……大尉の行きつけの店って……えっちなお店でしょう?」
「何を言う。酒を飲みながらご婦人が接客してくれるだけの店だぞ」
「どうせお酒の後は二階に行くのでしょう?」
姫騎士は半眼で指摘した。
旧王国民系のそういった類の店は、二階が宿屋を兼ねている事が多いのだ。
……当然、気に入った女性(もしくは男性を)を連れ込むようになっている。
「ご婦人を寝かしつけるのも紳士の役割だよ」
「えっち」
タチハナを軽く叱ると、姫騎士は軽くではあるが笑った。
感傷が消し飛ばされ、姫騎士の表情に元気が戻る。
「しかし、随分と忙しかったようだな。日中のパトロール班も随分働いていたようだ」
治安騎士団と言うくらいなので、流石に姫騎士だけで日中のパトロールを行っているわけでは無い。
それなりの規模の部隊が活動しており、戦闘力があまり高くない犯罪者への対応を行っているのだ。
「うん。今日……というか、今週に入ってからずっとこう。たしかにトラブルの件数自体は変わってないけど、その原因になってるのが強い人ばかりで……私が行かないと対応できないから」
「ふむ……」
混沌都市は確かにお世辞にも治安がいい場所とは言えないが、それでもある種の秩序というものがある。
今日姫騎士が対処した案件の犯人たちの様な、戦闘力の高い連中が日の高い時間からトラプルを起こすような事は、通常ならないはずなのだ。
その、無いはずの事が多発している。
「どうも、裏がありそうだな」
「うん、そう思う。……ねえ大尉、どうすればいいと思う?」
姫騎士の問いに、しかしタチハナは応えなかった。
少し不安そうな姫騎士の顔を見上げると、笑みに少し意地の悪さを混ざる。
「そうさな。今日のところはもう休む事だ。引き継ぎ書類は俺が書いておくから、詰め所には来ないで直帰しろ」
タチハナの言葉に姫騎士の表情が曇る。
その曇りを見て、タチハナは苦笑した。
「おぜう……また徹夜で捜査のつもりか? もう二十も半ばなんだから、身体を労るってことを覚えろ。イリアンさんの所にでも行って風呂に入って寝ちまえ」
イリアン。
姫騎士が正式に姫騎士だった頃からの付き合いである、王国の元聖職者だ。
15歳からガムシャラに働いてきた姫騎士にとって、母親の様な存在でもある。
「でも……」
尚もぐずる姫騎士に対して、タチハナはとうとう切り札を切ることにした。
「いいから、とっとと帰って風呂に入れ。おぜう、身体からスパイシーなかほりがするぞ?」
決定打だった。
姫騎士は自分の身体の臭いを嗅ぐと、顔を真っ赤にして駆け出した。
それを見て、タチハナは声を出して笑った。
見えなくなるまで笑い続け、その大きな背が見えなくなると同時に、ピタリと笑いを止めた。
そして、先ほどまで常に浮かべて……否、貼り付けていた人のよさそうな笑みを解いた。
「くっく……いい女になったなあ」
愉悦に震える声で呟くと、ニヤけた口を手で覆った。
白い手袋の甲に、真っ赤な五芒星が輝いていた。
登場人物
・タチハナ オニメイ大尉
竜王国治安騎士団団員で、主に夜間のパトロール及びパトロール班の管理を担当している。
天青という世界から異世界転移してきた凄腕の陰陽兵。
普段はニコニコとしたおじさんだが、時折姫騎士を見る目がヤバイとの噂。
※という訳で二話目です。
あらすじ部分のイイ感じ男が出てくるまでで結構かかりそうです。
本当にごめんなさい。




