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第十四話 姫騎士と竜王国の終焉―4

 逃げ続けた人々が向かった先は、かつて城門があった場所……今はただ魔王たちの黒い炎によって崩れた城壁があるだけの場所だった。


 ジジを抱えた姫騎士がたどり着いた頃には、すでに王都中から生存者が逃げ出し、ごった返していた。


人々の群れが、城門前の狭い広場にひしめく光景は圧倒的な密度だったが、竜王国王都の住民としてはあまりに少なかった。


「これしか……いないのか」


 コロンポンの絞り出した声が震えていた。

 かつて、王城前の中央広場ですら王都の住民全員が入るなどありえなかった。

 それが、全員ではないにしろ城門前の空間に入りきる程度の人間しか王都にいない。


 コロンポンは人々を絶望の眼差しでしばし眺めた。

 そのあとで、疲労と恐怖からか気を失っているジジ少年の顔を肩越しに見つめた。


「そうだ。まだ、終わりではない」


 くじけかけた心をどうにか立て直すと、人々の群れの中から衛兵や兵士を探し出し、声をかけていく。


「おい、兵士や衛兵はぼーっとしてないでこっちに来て整列しろ! これより、最終命令を下す! 集合、集合だ!!!」


 そうして声をかけていくと、みすぼらしいながらもある程度の人数が集まっていく。

 絶望しながら右往左往するよりも、誰かの指揮下に入った方が安心できるからだろうか。

 軍務経験のある貴族やその子息、元兵士の人間も多数参加してくれ、さらに生き残った騎馬を連れた近衛騎士の生き残りまでもがやってきたことで、三百人ほどの兵士と二十ほどの騎兵部隊が組織できた。


 中でも大きかったのが、ジジの父親であるクーロニ伯爵が王城から脱出に成功してやってきたことだ。

 彼は軍人としての能力に定評のある、優秀な人物だった。

 一振りの剣だけを手に、生き残りのメイドや兵士、伯爵夫人などを先導してきた伯爵は疲れ切りながらも未だに意志の強い声でコロンポンに尋ねた。


「無論協力は惜しまないが……。姫騎士様、ここからどうするつもりで? 幸い先ほどの光による攻撃は一時的に止んでいるようですが……」


 伯爵の言う通り、王都を襲った時空竜による恐るべき攻撃は一時的に止んでいた。

 今、あの恐るべき時空竜は、口から光を放った姿勢のまま動きを止めていた。

 その巨体はまるで彫像のように静止し、焼け焦げた空気と硫黄の匂いが漂う中、赤く光る目だけが不気味に瞬いていた。


「すでに集めた兵と男手を用いて崩れた城門の瓦礫を片付けさせています。別動隊には無事な馬車を集めるように指示していますので、馬車が通れる程度に瓦礫が片付いたらけが人をそれに乗せ、住民を脱出させます」

「王都を捨てるか……」


 苦しそうに伯爵がつぶやくが、それに対してコロンポンは迷うことなく、強くうなずいた。


「もはやそれしかありません。魔王軍の残党が心配ですが、そこはかき集めた兵士を護衛につけます」

「……だが、問題は時空竜……いや、あの化け物の光のブレスだ。あれで脱出する民を直接撃たれたらひとたまりもないぞ」

「そこに関しては、考えてあります」

「ほう、なにか手が?」


 驚いた様子を見せた伯爵に対し、コロンポンは一歩下がり、頭を下げた。

 突然の行動に、伯爵は慌てる。


「姫騎士様! おやめください……一体……」

「伯爵。私はこれより、もっとも困難な道をあなたに押し付けてしまいます。ですが、どうか……どうか許してほしいのです」

「姫騎士、様?」

「……あの化け物に対しては、私と残存近衛騎士が突撃を敢行。可能な限り時間を稼ぎます。伯爵はどうか、民と残兵を率い公爵領まで脱出を」


 それを聞いた伯爵は慌てたように口を開こうとするが、顔を上げたコロンポンの目を見ると黙り込んだ。

 そして、大きく深呼吸するとこぶしを胸に当てた。


「……お任せください姫騎士様。このクーロニ、一人の兵士として……竜王国の貴族として。必ずや民を安全な地へと送り届けましょう」

「すまない……すべては、我ら王家の……」

「そう! すべてはあなた方の責任だ!」


 そんな姫騎士とクーロニ伯爵の会話を、突然かき消すかのように割って入る者がいた。

 コロンポンにも、クーロニ伯爵にも聞き覚えのある、独特のだみ声。


「ラトロアス、生きていたの!?」


 姫騎士が驚愕する。

 ラトロアスは崩壊した王城の一室に衛兵を見張りをつけて閉じ込めていたのだ。

 まさか生きているとは、思ってもみなかった。


「このラトロアス、伊達に従軍司祭として鍛えていませんよ。それよりも、あなたに本当に王族の罪を償う気があるというならば、今からやろうとしていることは単なる自己満足の自殺にすぎない」


 ラトロアスの言葉にクーロニ伯爵が激高し、一歩踏み出そうとするが、コロンポンはそれを制した。

 しかし、ラトロアスの言葉はコロンポンの自身に一番深く突き刺さっていた。


(自己満足? 自殺? )


 その言葉は、王家の責任と民への義務の間で揺れる心を容赦なく抉った。

 それでも、彼女は唇を噛み締め、吐き出すように言った。


「……それは否定できません。ですが、たとえ自殺であろうと……自己満足であろうと……誰かが足止めしなくてはならないのです。ならば、それはわたしがやるべきなのです」

「それはそうだ。私が言いたいのは、足止めというなら勝算が必要ということだ。あの化け物の攻撃を回避し、防ぎ。接近して効果のある一撃を叩き込む、そういった方法が」


 ラトロアスの言葉に、姫騎士は眩暈を感じた。

 あの巨大な、人間への憎悪にまみれた存在に対しそんなことが可能なのだろうか?

 だが、ラトロアスはそんなコロンポンの考えなどお見通しといった風に笑みを浮かべた。


「私を誰だと? 時空竜に関する研究で私の右に出る者など竜王国にはいない。行くなら、彼女を連れて行きなさい」


 そういって、ラトロアスは背後に連れていた人影を前にグイっと押し出した。

 その意外な存在に、コロンポンは思わず声を上げてしまう。


「さ、サクロ様!?」


 王都に唯一残っていた勇者サクロは寝間着姿のまま、寝ぼけた半眼で「うにぃ……」と呻いた。

 勇者とは言うが、到底戦えるような存在には見えないし、その通りであることをコロンポンを始め王都中の人間が知っていた。


「馬鹿な。サクロ様をそのような危険な目には……。むしろ避難民と一緒に脱出させるべきでは?」


 コロンポンの言う事ももっともだ。

 サクロには確かに魔王にも匹敵するほどの魔力が宿っているが、それを放つための魔力適性や感知能力が一切ない。

 それどころか転移したせいで生じた魔力によって身体が蝕まれ、半ば気絶するように眠り続けていたのだ。


「馬鹿なことを言うな。彼女は今こそ活躍するためにこの世界にやってきたのだ。時空竜を撃破するために、聖騎士王が仕組んだのかもしれん」

「話が見えないのだが……サクロ様に一体……」

「このお方は剣だ」

「剣?」


 ラトロアスの言葉を聞いて、思わずコロンポンはサクロをまじまじと見つめた。


「うに……」


 熱があるのか赤っぽい顔をさらに赤らめて、また子猫のように呻く。

 意味が分からず、伯爵共々コロンポンはラトロアスの方を見た。

 心なしか悲しげな表情を浮かべ、異端の司祭は答えた。


「聖典外伝によれば、聖騎士王は時空竜を封じるため、膨大な魔力を持つ人間を”生きた剣”に変え、それを用いて時空竜を封じた」


 ラトロアスは一瞬、悲しげな目をサクロに向けた。


「サクロ様の状態は、まさにそれに匹敵する。彼女こそがその剣だ」


 コロンポンが息を呑む。


「ここまで言えば。後はわかるな、姫騎士?」


 ラトロアスの言葉が、じわじわとコロンポンの心に染み入ってきた。

 嫌な想像がよぎる。

 コロンポンは再び、ジジと同じくらいの歳の少女を見た。


「剣になったサクロ様は、どうなる?」

「……無機物になった存在が、戻るすべはない」

「……具体的な方法は?」

「時空竜の光をサクロ様に浴びせろ。それ自体が、剣を成す手段となる」


 コロンポンがその言葉の衝撃を咀嚼する間もなく、瓦礫の撤去と馬車の出発準備を終えたとの報告が入った。

 コロンポンは心の葛藤を処理する間もなく、決断をすることになった。

ようやっとコロンポンの回想終わりです。

次回から大佐の回想です。


次回更新は7月31日の予定です。

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