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第十四話 姫騎士と竜王国の終焉―1

 コロンポンは子供の頃、初めて剣を握った時のことを思い返す。

 

 姫騎士と呼ばれるようになったが、そもそも剣を握ったのは単なるサボりの口実だった。

 勉強や礼法の授業が嫌で、半ば強引に始めた剣術に素養があり、あれよあれよという間に姫騎士などと呼ばれ出し、かえって引くに引けなくなったのだ。


 ましてや、竜王国の王族は古の勇者の血を引くという伝承を持つ一族だ。


 評判が高まり、こうなってしまえばもはや普通の姫には戻れない。

 期待に応えるべく、勉強や礼法など比較にならない努力をする必要があった。


 辛かったが、身から出た錆としか言いようがない状態に、歯を食いしばって耐える日々。


 そんなある日。

 父王から従者を付けると突然言われた。

 正直気乗りしなかったのを覚えている……しかし、やってきた少年を見たコロンポンは一瞬で心奪われてしまった。 


 小さく愛らしい、おとぎ話に出て来る竜の使者(天使)のような男の子。

 これが噂に聞く初恋か、と心が揺れるような思いだった。

 だが、王族がそんな気持ちにうつつを抜かす訳にはいかない。

 そんな思いから自制心を懸命に働かせ、努めて姉のように接したが、いつしかタガが緩み、一緒に風呂に入ったり同衾したりするようになってしまった。


 だから、コロンポンは後悔する。

 罰が当たったのかもしれないと。


 王族の義務をサボるために剣を握り。

 ふしだらな思いを懸命に仕えてくれる少年に抱き。

 言い訳をして欲望のままに行動した自分への、罰。


 そそのために竜王国は苦難に見舞われたのではないかと、今も心が痛む。


 それほど、穏やかな日々からの転落は急だった。


 平和だった王国が魔族との戦争に巻き込まれ、劣勢になり、そして……。

 自分自身が騎士団長となり、憧れだった騎士達を死地へと送り出す地獄の日々。

 もちろん自分自身も先頭に立って死地へと赴いた。

 しかし、どんなに強かろうが所詮15歳の女に過ぎない。

 強い魔族の首を獲ることは出来ても、戦争に一人で勝つことは出来ず、コロンポンの日常は死と血肉に覆われてしまった。


 そんな暗黒の日々は勇者の召喚成功と活躍により一旦は終わったが、結局あの日。

 自分自身と父王の責任と業が全て降りかかるかのような出来事が、王都で起きたのだ。


 そう。

 勇者の不在を突いた、魔王本人による王都への奇襲である。

 

 ジジと入浴中だったコロンポンは状況を把握すると、素早く近衛騎士団を招集して出撃した。


「姉さま!」


 甲冑を着込む暇すらなく、胸甲のみで騎乗したコロンポンのことをジジが呼ぶ。

 人前での「姫騎士様」ではなく、二人きりの時の呼び名で叫んでいるのを聞いて、コロンポンは胸が張り裂けそうになった。


「……城門方面へ向かうぞ! 敵を迎え撃つ!」


 だが、個人的な感傷を抱いて言い状況ではない。

 出陣するコロンポンと近衛騎士団を見送るジジの視線を背に、一路敵がいるであろう城門方向へと向かった。


 ……しかし、全ては遅すぎた。

 馬で二十分も走らないうちに、コロンポンと近衛騎士団は最悪の存在と出会ってしまった。


「黒き炎よ!」


 城門付近から避難しようと道を塞ぐ住民を縫うように走る近衛騎士団に、邪炎と呼ばれる魔力を帯びた炎が襲い掛かったのだ。

 避難中の住民ごと、近衛騎士団の隊列の中心が炎に包まれ、おおよそ三分の一が倒れた。


「エリゴス、貴様!」


 後方の惨劇には目もくれず、駆ける足を緩めずにコロンポンは邪炎が放たれた方角へと馬を進め、透明化して潜んでいた存在へと斬りつけた。


 騎馬の跳躍のまま不可視の相手へと斬りつけるという並大抵の騎兵では出来ない荒業に、近衛騎士たちが惨劇も忘れて見入る。


 しかしそんな思いなど無に帰す存在が、あっさりと剣を受け止めて現れた。


「姫騎士~……会いたかったよ~♪」


 魔族特有の露出度の高い装いの、半人半蛇の巨大な女。

 魔王の娘にして、魔王軍幹部にして魔公爵の位階を持つ恐るべき魔人、エリゴスだ。


「私は会いたくなかったよ……この付きまとい女!」


 騎馬を巧みに操り着地しつつ、コロンポンは凄んだ。


 このエリゴスという魔族は、戦争中常と言っていい程コロンポンに執着してきた存在だった。

 魔王軍の最重要目標である勇者一行には目もくれず、常に勇者の支援に当たるコロンポンとばかり戦っていた。

 

 そのため魔王軍内でも疎まれているという噂が、竜王国側にまで流れるほどだった。

 とはいえ、それ故にこの局面でも勇者に倒されずに生きているのだが……。


 そんな奇妙な魔族であるエリゴスだが、その実力は本物だ。

 しかもその手段は悪辣卑劣に尽きる。

 コロンポンを誘い出すために捕虜や民衆を人質や脅迫して手駒にするのは日常茶飯事。

 その癖、真っ向勝負でも単体で騎士団や一個軍に匹敵する力を持つ……。


 そんな恐るべき存在が、最悪の状態で現れたのだ。

 精鋭である近衛騎士たちが、絶望の眼差しをエリゴスに向ける。


「あー、酷いなあコロちゃん……」

「ふざけるな! そこを退け、エリゴス……お前を倒して、私は城門に向かうのだ」

 

 コロンポンはそう言って再び跳躍しようと体に力を入れるが、それを見たエリゴスは慌てたように両手をまるで降参、とでも言うように上げた。


「……どういうつもりだ? まさか今更降伏しようとでも……」


 コロンポンは視線でエリゴスを殺さんばかりに睨みつけた。

 この蛇の魔人が、捕虜や一般人をどう扱って来たかよく知っているからだ。


「いや、もちろんそんなことはしないよ。今日は父上と黒騎士殿も一緒だからね。いくら私でも命は惜しい訳よ」


 エリゴスはそう言ってカラカラと笑うが、コロンポンは城門方向の様子が気が気ではなかった。

 魔王自ら側近を率いてとは聞いていたが、エリゴスの言う事が本当ならその側近とは四天王筆頭の黒騎士なのだ。

 あの勇者たちですら苦戦する相手まで来ているのなら……ましてや、今眼前にいるエリゴスですら、コロンポンと近衛騎士団が全力を尽くして勝てるかどうか……。


「そんな難しい顔しないで? わたしは父上や黒騎士殿とは違う……ねえコロちゃん……私と一緒に来ない?」

「また、その話か……」


 エリゴスのこの話は毎度おなじみだった。

 何が気に入ったのやら、なぜかエリゴスはコロンポンを愛玩動物のように手元に置きたいと考えているらしく、止めを刺せるような状態でも見逃し、こうして勧誘してきたのだ。


「そうよ、何度だって言うわ。あなたは素晴らしいのコロちゃん。見た目や強さもだけど、魂が素晴らしい♡ 様々な罪の意識で自分をザクザクと刺しながら、さらに自傷行為同然の鍛錬をこなし、その上で小さな悦楽に依存するその姿勢……最高……本当に最高なの……」


 この、エリゴスの戯言に対するコロンポンの返答は常に決まっていた。


「やかましいこの蛇女! そこを退け、押しとおる!」







「副長、残存兵力は?」


 エリゴスに啖呵を切ってから、近衛騎士団とコロンポンが敗走するまでは僅か数分だった。

 城門付近に行くどころではない。

 もはや城壁の残存兵力との連絡や避難民の誘導すら出来ない程、王都は追い詰められている事がはっきりとしてしまったのだ。


「……五十名程……大半が先ほどの邪炎を逃れた後衛です。前衛にいた者は先ほどのエリゴスとの一戦でほぼ壊滅しました……」

「そう、か……」


 姫騎士は苦しそうに応えた。

 戦前は三千名を数え、コロンポンが団長を引き継いだ時点でも千五百名を数えた近衛騎士団が、わずか五十人にまで減った。


「……王城へ一旦引くぞ。宮廷魔術師と国軍の残存部隊と合流する。総力戦だ、王城を守るぞ! あそこに行けば、戦力はまだある!!」


 そう言って団員を励ますコロンポンに、団員の声が上がる。

 だが、皆知っていた。

 すでに王都は実質的に陥落し、その守る範囲が王城にまで縮小されているという事実に。


 だが、それでもまだ希望はあるとコロンポンは思っていた。

 国軍には新兵が多いとはいえ王都守備隊5000名がいたはずだ。

 そして、宮廷魔術師たち。

 竜王国最高の魔力と知識を持ち、先の勇者召喚儀式を主導した、魔導の最高峰。


 竜王国の守護竜であり国教の象徴、信仰の対象である時空竜を管理する彼らは、強大な力を持ちつつも未だに戦争には参加せず無傷なのだ。

 王城が戦火に晒される局面になったのは遺憾だが、この事態だからこそ投入可能な最高戦力。


「戦力は、まだあるさ」


 コロンポンは、自分に言い聞かせるように呟いた。

 疾走する騎兵たちは、程なく最後の希望の場所である王城へとたどり着いた。







「すまぬ……」


 残存部隊の総力を尽くした王城守備の献策は、父王の謝罪と共に否定された。

 国王自らが宮廷魔術師たちと国軍2000名を率いて近衛騎士団の出撃と呼応して出陣。

 

 そして、魔王と四天王筆頭の黒騎士によって壊滅の憂き目を見たのだと、そう知らされた。


「そんな……なぜ、なぜ……」


 コロンポンはあまりのことに呻く事しか出来ない。

 それに対し、父王の周囲にいた騎士や大臣たちが口々に言葉を投げかけた。


「城壁にいる勇敢な残存部隊が魔王たちを足止め……」

「勇気に報いる必要が……」

「近衛騎士団が敵の耳目を引き付けている内に……」

「敵の火力が予想外……」


 なるほど。

 姫騎士は心中のごく表層ではそれらの言葉を納得しようと努めた。

 だが、一言。

 なぜ、一言言ってくれなかったのか。

 そんな思いが心を満たす。

 怒声が喉まで上がってくる。

 父王の周りの無能どもを切り殺したい衝動が腕を振るわせる。


(……無意味な行為だ。今は、今は……。現実的な事を考えねば)


 そう思い、頭を下げる父王。

 言い訳を続ける家臣団。

 そして、怒りに震える姫騎士が佇み続ける。


 誰もがこんなことをしている状態ではないと分かっている。

 周囲にいる誰もが、分かっている。

 それでも、その無意味から抜け出せない。


(……せめて、ジジと一緒に居ようか)


 とうとう、コロンポンの脳裏に完全な逃避が浮かんだその時だった。

 父王が、がばりと頭を上げたのは。


 誰もが驚愕し、びくりと体を震わせた。

 同時に、なにか妙案があるのかと国王の声に期待を寄せる。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――次元竜の封印を解こう」


 永遠にも感じられた沈黙の後、痛々しいまでに擦れた声で国王は呟いた。

 姫騎士コロンポンは、今もこの言葉を思い出し、後悔に苛まれる。

 なぜなら、竜王国の終焉を告げる言葉だったからだ。

という訳で姫騎士視点です。

次回は姫騎士視点の後編。

王様のやらかしです。


次回は更新は7月10日の予定です。

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