第十話 姫騎士と逆転の一手
用語
・スレインたちの世界の火砲
青銅製の砲身に火薬と鉄製の弾を詰めて発射する、地球で言う所の15世紀の頃に近い火砲。
遺跡帝国のドワーフによって製造される最新兵器。
・聖剣テルペラウレ
アナベル大佐の世界において、古代帝国時代にエルフが神々より譲り渡されたと伝承に伝わる聖剣。
輝きの剣の異名を持ち、全てを照らし障壁を取り除くとされる。
エルフによる第三帝国では伝説の存在で、現物は失われたとされているが……。
大佐が切り札を取り出し、姫騎士が突撃の姿勢をとったその時。
”成功者”の面々は迷っていた。
最初の襲撃で得た姫騎士の頑強さと大佐の遠距離火力を封じるべく行ったこの戦術は、ここまで非常にうまく機能していた。
だが、その優位が不可解な行動によって中断を余儀なくされたからだ。
『スレイン、どうするの? 詠唱は完了してる。炎雷を放つ?』
『スレインさん、こちらは回復魔法、防御魔法共に大丈夫です。あの大砲の攻撃にも対応できます』
『スレイン、こっちもいけるわよ。残存の全ての矢には破砕の付与を付けてある。あのデカいお姫様をひき肉に出来るわ』
魔術師、神官、シーフから、矢継ぎ早に通信魔法による報告がスレインに上がってくる。
スレイン自身も負傷などなく、先ほどの爆発をうまく潜り抜けることができていた。
なので、このまま炎雷による攻撃を行い矢と再びのスレインによる近接戦闘で止めをさせば、全て終わる……筈なのだが。
(……相手の動きが不可解だ。先ほどあのエルフはわざと短槍を格納して俺の攻撃を受けた。その後で擲弾を投げつけ、今度は大砲。何か企んでいるのは間違いないが……こちらを視認もできないのに大砲など持ち出して何をするつもりなんだ?)
スレインは必死に考え続けたが、答えは出なかった。
もし、スレインたちにエルフによる第三帝国の持つ近代兵器に関する知識があれば状況は変わっていたかもしれない。
彼らにとって大砲とは、あくまでも鉄の塊を撃ちだし、密集した兵や城壁を崩すためのものだった。
断じて個人に対して用いる者でもないし、断じて砲弾が爆発などするものでもなかった。
無論、彼らもここまでにダンジョン内で遭遇した冒険者の持つ装備や尋問から、ある程度の知識は得ている。
しかし、その大半はダンジョン内で彼らが保有していた武器に限定されており、主に小銃や短機関銃。
良くて軽機関銃や手榴弾のものだった。
故に、分からない。
大佐が出現させた太い筒が、全てを吹き飛ばす恐ろしい代物だとは気が付けない。
飛んでくるものが、単なる鉄の塊以外のものだと、思い至る事ができない。
『一度見に回る。敵に切り札を切らせてから仕留めるぞ。後衛の所に全員集合。全力の防御魔法で身を守るぞ』
だから、スレインはいつもと同じように最も安全だと思う選択肢を選んだ。
彼は仲間を……今回は神官の少女を信じていたからだ。
彼女の防御魔法は、どんな攻撃をも防ぐことができると信頼していたからだ。
そうして、信頼する仲間の元にスレインがたどり着いた時だった。
ばしゅうううううううううううう!
そうとしか形容できない、彼らには到底聞き覚えの無い音が響いた。
彼らにとっては大砲と結びつかない音に、反応が遅れる。
やや遅れて、遠見の術で大佐達を偵察していた魔術師の女が叫んだ。
「スレイン! 敵が大砲を」
魔術師の女の声はそこまでで途切れた。
38cmロケット砲の砲弾は、彼らが思う鉄の弾による壁の破壊などに止まらない破壊力をいかんなく発揮。
地下にある石造りのダンジョン。
その基本構造自体を歪ませ、崩壊させる程の威力を周囲にまき散らしたからだ。
「光壁よ我らを守れ!!!」
そんな状況でも神官が防御魔法を、先ほどまでの壁としての展開では無く、一定範囲を取り囲む球形で展開させることに成功したのは僥倖と言えた。
もしこれが失敗していれば、彼らはロケット砲による爆発によって周囲にまき散らされ、全方位から飛び掛かってくるダンジョンだった物によって細切れにされていただろう。
「馬鹿な!? こんなことをすればダンジョン自体が……一緒に死ぬ気なのか?」
スレインが、らしからぬ焦った声で叫ぶ。
全力の防御魔法によって気を失いかける神官も、発動寸前の炎雷をキープするために集中している魔術師も、鋭敏な感覚で周囲を索敵していたシーフも、全員が同じように焦りと恐怖の表情でその光景を眺めていた。
一瞬前まで松明によりぼんやりと照らされていた石と土で出来たダンジョンが、砂時計をひっくり返したかのように急速に崩壊し、下に下に沈み込んでいた。
尋常ならざる爆発によって壁という壁が吹き飛び、衝撃によって地盤と柱がダメージを受けたからだ。
これにより上層からの重みにこの階層以下の構造物が耐えられない。
即ち、姫騎士たちも成功者も……全員が生き埋めになる以外ないのだ。
「死なば諸共とはな……一国の姫の覚悟を見誤ったか……やむを得ん。脱出を……ん?」
スレインが悔しそうに呟きつつ剣を鞘に納め、懐に入れていたとある物を取り出そうとしたその時だった。
崩落が、止まっていた。
「なにこれ……いきなり何なの?」
シーフが青ざめた表情で周囲を見回す。
まるで砂時計の時間が止まったように、すべての崩落が止まっていた。
光壁の外側には微かに見える床と一部の壁、そして土埃だけが見えた。
「……マズイ! スレイン、脱出を急いで! 奴らが……」
「どうした! 何が見えた!?」
遠見の術で大佐たちを偵察していた魔術師の女が叫んだ。
だが、流石のスレインも不可解な状況に対し、確認をせざるを得なかった。
それが、致命的な遅れになる。
「この階層全体があのエルフの魔力で覆われている! 私たちは文字通り奴の手の中に……」
魔術師の恐怖によって擦れた絶叫が終わる前に、一瞬にして土埃が晴れた。
そして、成功者たちは見た。
可視化される程に魔力を通して、崩落するダンジョン全てを強大な無数の手によって支える一人のエルフ……。
そのエルフが、先ほどまでとは違い通常通り生えている両手で抜き放つ一振りの剣を。
壁を全て失ったこの階層全体に舞い散り、視界を遮り彼らを隠していた浮遊する土、石全てを吸い込む一振りの剣を。
「なんて、魔力量だ」
スレインが、冷静沈着な男が驚きの感情も露に呟いた。
スレインと同様に驚愕する成功者の面々に、勝ち誇るような大佐の声が響く。
魔力通信に対するある種のハッキングだ。
『聖剣テルペラウレ……輝きの剣だ。見られたことを光栄に思ってくれ……偉大なる魔法帝国時代の遺産……我らエルフが神々より賜りし偉大なる剣だ』
その声が終わると同時に、全ての土埃が大佐の持つ聖剣テルペラウレに吸い込まれた。
そうして成功者たちの眼前に見えたのは、光壁のすぐ近くで拳を大きく振りかぶる姫騎士の姿だった。
「見えて、近づければ……あんたたちには負けない!」
姫騎士の絶叫と共に振るわれた拳によって、光壁はあっけなく砕け散った。
姫騎士と成功者を遮るものは、何も無くなった。
絶望した成功者の面々が凍りつく。
だが、スレインは諦めない。
剣を抜き直し、叫ぶ。
「戦闘隊形!」
いつもと違わぬ冷静な指示だった。
魔術師は杖を構え、神官は唇をかみ切りながら意識を保ち、シーフは矢をつがえた。
成功者たちは姫騎士を迎え撃つべく素早く動きだした。
やっと本業に一息つきましたが、すぐに第二ラウンドが始まりそうで憂鬱です(笑)
次回更新は5月26日の予定です。